第五章 「友と敵」(102)
その日の午前中、荒野は授業に身が入らなかった。
『……なんか……』
周囲が……荒野を、荒野たちの背中を、荒野たちがまるで想定していなかった方向に追いやろうとしている……。
と、いうような感触を、今の荒野は持っている。
今までの荒野は、自分と、あとせいぜい、茅や楓くらいまでを含めた、ごくごく狭い範囲のことさえ、考えていればよかった。
しかし……。
『……昨日、玉木と有働君が来た前後から……』
周囲の、荒野たちが住む、この周辺との関係までを含めた、かなり広い範囲のことまで考えなければならないような具合になっているわけで……。
『正直……』
気が重い、と、荒野は思う。
荒野の器量に対して、荷物が勝ちすぎている……とも、思う。
ついこの間まで、上から指示にしたがって動くだけだった若造に……大状況自体を、自分たちの有利になるように、動かせ、変えて見せろ、と、いわれても……。
玉木たちが昨日、荒野に提案してきたことは、つまりは、そういうことだった。
そして荒野は、その提案を却下する、具体的な根拠を、なんら持っていないのだった……。
今朝、本田三枝に指摘されたことから考えても……綻びは、すでにあちこちに見え隠れしている。そして、こうした綻びは……時間がたてばたつほど多く、大きくなっていく筈で……。
玉木たちがいう通り……決定的に、荒野たちの正体が露になるのが早いか、それとも……荒野たちの正体がなんであれ、周囲の人々があまり気にかけない状況を構築するのが早いか……。
もはや、「時間との戦い」といっても、過言ではなかった。
「加納君……なに、難しい顔、してんの?」
昼休み、給食を食べ終えた後、本田三枝がそう声をかけてくる。
「ひょっとして……今朝いったこと、気にしていたりする?
心配しなくてもいいよ、別に、わたし、言いふらしたりしないから……」
「あ……ああ。
そっちの方もあれだけど、もうちょっと気掛かりなことがあって、そっちの方のことで、少し考え事、してた……」
「……もしかして、妹さんのこと?」
「んー……。
それも、多少は、はいっているのか……。
でも、うん。大丈夫。
多分、なんとかなるから……」
荒野がそういいかけた所で、
「……やっほー! 格好いいこーや君、いるかねー?
放送部が直々に呼び出しだよーん……」
とかなんとか、能天気な声を張り上げて、玉木珠美が教室内に入って来る。
玉木は、荒野の席まで近づいた所で、ようやく羽田歩の存在に気づき、
「……ありゃ? お邪魔だった?」
と本田三枝に尋ねた。
「い、いえ……別に……たいしたこと、話してないから……」
そういって本田は、小走りに教室の外に出て行く。
「……憎いね、このこの。
カッコいい荒野君は、カッコいいからなぁ……」
玉木はそういいながら、荒野に顔を近付け、
「……例の件の打ち合わせ。
ここではなんだから、放送室で……」
と、小声で囁く。
「……ああ。そうだな……」
荒野は返事をしながら、同じ教室内の自分の席で読書に勤しんでいた才賀孫子に声をかけた。
「おい。才賀。
お前にも関係あることだ。ちょっと付き合え!」
「……カッコいいこーや君、あそこで才賀さんに声をかけたのはナイスだったねー……」
放送部に行く道すがら、玉木珠美はそんな話題を振った。
「あれで、教室内の誰も、わたしがカッコいいこーや君呼び出したの、個人的な用件だとは思わなくなったよ……」
「……えーと……。
おれのほうの、個人的な用件だとは思うけど……」
「……そりゃ、そーだけどさぁ……」
荒野が平然とした様子だったので、玉木は不満顔で口を尖らせた。
「……才賀さん、この朴念仁にいってやっていってやって!」
「いうだけ、無駄……ですわ」
孫子の返答は、にべもない。
「この子……他人のことにばかりかまけている癖に……自分のことには、随分と鈍感ですから……」
「……まさか、まさか……」
玉木珠美は、戦慄した。
「カッコいいこーや君……校内の女子に、自分がどういう目でみられているか……」
「まるで、自覚している様子がありませんわ……。
誰も、指摘する人がいませんでしたし……」
玉木は「……あたぁー……」といって、天を仰いだ。
「おれ……。
女子の間で……なんか、変な風に見られているのか?」
まるで自覚がないのに、なんか大変ないわれようをしている荒野は、徐々に不安になってきた。
「ま……その話しは、廊下ではなんなんで、放送部でゆっくりと……」
玉木珠美は、がっくりと肩を落としていた。
「意外に天然だったんだなぁ……カッコいいこーや君……」
「というより、今まで、そこまで気を回す余裕がなかったのだと……」
孫子が、例によって荒野には理解不能なフォローを入れる。
「あ。玉木さん、ちょうどよかった……。
今、曲が切れる所です。アナウンス、お願いします……」
放送部には、すでに有働勇作が来ていた。有働の言葉を玉木は、「おーけーおーけー」と軽く手を振って受け止め、有働の手から原稿を受け取って、マイクの前の椅子に座った。
ちょうど、放送で流れていたイージーリスニングの面白みのないBGMが、途絶える。
そこで、玉木はすかさずマイクのスイッチを入れ、いつもとはまるで違った、はきはきしたしゃべり方で、「風邪の予防が」どうのこうのとか「風紀委員からお知らせです」とか、あんまり真面目に聞いている者はいないのではないのか、という、学校関係のオフォシャルな情報をアナウンスし始める。
最後に次の曲の曲名を告げて、玉木がマイクのスイッチを切ると、すかさず、有働が年代物のコンソールを操作して、次の曲を流し始めた。
「あの……校内放送の声……玉木だったのか……」
呆然とつぶやく荒野。
順当に考えれば、放送部の誰かがやっていることは、容易に想像がついた筈だが……いつもの玉木と今のとりすました声との間にイメージのギャップがありすぎて、こうして実物を拝見するまで、両者を結びつけられなかった……。
「ふっふっふ……女子アナ志望は伊達ではないのだよ!」
「……玉木さんは、うちで一番発声が正確ですから……」
玉木は得意そうに胸をそらし、有働もフォローを入れる。
「そんなことよりも、だ。
今日、お呼びだししたのは他でもなぁい!」
「……加納が意外に鈍感で、自分のことには気が回らない件について、ですわね?」
「そうそう。
カッコいい荒野君は、自分の外見について自覚が足りなすぎるよ!
このイケ面だよ! このふわっふわの銀髪だよ! 三学期という半端な時期に来た謎の転校生だよ!
これでどうして女子の注目を集めないでいられようか!
……って、ちがーう!
才賀さん、人が珍しく真面目にやろうとしているんだから、変な方向に話しをずらさないで!」
「……その話しじゃあ、ありませんの?」
孫子は軽く眉を顰めた。
この面子で、昼休みにわざわざ集まって話し合うようなことが……。
「……才賀には、まだ詳しく話していなかったな……」
荒野は軽くため息をついて、才賀孫子に自分たちの思惑を話しはじめた。
茅や三人組を相手に昨夜説明したことの繰り返しだったから、比較的手際よく説明できた。
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つづき]
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