第五章 「友と敵」(106)
狩野家での夕食の時、三人組に「今度の木曜日、美容院に行くから空けておけ」と言い渡し、カットモデルの件について簡単に説明する。三人は、単純に「お店で髪を切ってもらう」ということだけで、はしゃいでいた。島ではお互い同士で切り合っていたらしい。人里離れた場所で暮らしている時のおれレベルだな、と、荒野は思った。
夕食をすませ、いったんマンションに引き上げた荒野は、茅がいれてくれた紅茶を飲みながら考えに沈んでいた。
いつの間にか……自分が、この土地に居続けることを、かなり優先していることに、荒野は気づいていた。
先程、真里がふと口にした「不法投棄ゴミ」の処理の問題を、真剣に考え始めているのがその証拠で……そんなもん、確固たる財源もなにもない、学生が主体になった急造団体には手が余る、というのは……少し考えれば、誰にでも分かることだ。
市や県などの地方自治体が手をつけかねている、というのは、相応の事情なり理由なりがある筈なのである。
加えて、当然のことながら、真里の話を聞いていない玉木や有働は、そこまでのことは考えていない……なのに、荒野は、「どうしたら根本的な解決ができるのか」を、本気で考えはじめている。
この土地に、深入りしすぎたかな……と、荒野は、いまさらながらに、そう思った。
そして、立ち上がり、
「……ちょっと、隣りのプレハブにいってくる……」
と、茅に声をかけた。
思い返せば……荒野が香也がアトリエ代わりにしているプレハブに赴くのは、自分の気持ちに整理をつけ、落ち着かせるためだ……という気がする。そこにいけば何が解決する、というわけでは、もちろん、ないのだが……。
そうした、何かにつけて迷い、惑う自分自身の弱さを見つめ、自覚するのには、いい場所だった。
香也は、決して、別に荒野の疑問や惑いに的確な助言をくれる訳ではないのだが……単純にその背中を眺めているだけで、不思議と気分が落ち着いた。
「……来てたんだ……」
しばらくして、荒野の来訪に気づいた香也が、静かにそう声をかけてくる。
「うん。少し前から」
香也の言葉も静かなものだったが、荒野の返答も、聞きようにとっては、ひどく素っ気なく響いた。
「学校の帰りに聞いたボランティアとか……あれ、玉木さんの?」
香也は、「玉木さんのアイデア?」と聞くべき所を、適当に端折って尋ねてくる。
「玉木と有働くんの合作だな。
玉木は商店街に人を呼びたいだけらしいけど、有働くんは根が真面目だから……」
荒野は、そう答えた。
「動機はどうでもいいけど、自分が、誰かの役にたてる……誰かに必要とされるって、いいことだよね……」
「……ああ……」
この時、荒野はひどく複雑な表情をして頷いたのだが、荒野に背を向けていた香也には、その表情を確認をできなかった。
「そう……だな。
とてもいいこと、なんだよな……」
荒野は「……多分」と、口の中で小さく付け加える。
荒野は、香也のこうした素直さに、時折、気後れに近い感情を覚える時がある。その時々に感じたことを率直に語ることができる彼に比べれば……自分は、なんと複雑に屈折していることか……。
そんなことを思いながら、荒野は、自分の絵に向き合い続ける香也の背中を見つめ続ける。見つめ続けるうちに、ふと、プレハブの外の空気が、妙な具合にざわつきはじめたのを、感じる。
『……なに?』
と軽く眉を顰めていたのも、わずかに数秒で、遠くに間違えようもない、強力な術者の気配を感知したことで……荒野は、雰囲気が変化した原因を即座に理解した。
荒神が帰って来て、楓が出迎えようとしている。
「また……はじまったか……」
二人の「稽古」が、これからはじまるわけだが……。
荒野は、小さな呟きを漏らす。
「今回は、ギャラリーが多いかな……」
楓の気配を後を、数人分の気配が追っているような感じがあった……。
どうやら、孫子や三人組が、楓の後を追っているらしい……。
『さて……どうするかな……』
荒野は、少し考える。
荒神と楓の「稽古」には……楓のほうは、実戦さながらのガチンコモードで臨む。今夜も、楓は、完全武装態勢で荒神にあたって行くのだろう。楓は、もともと、根が真面目だし、完全武装して本気でかかっていっても、未だ荒神の「本気」を引き出せていない……ということにも気づいているから、少々焦りも感じている……ようだ。
ムキになって突っ掛かって行く楓を、荒神が軽くいなし続けている、というのが現状なのだが……。
『それでも……』
「ガチンコモードの楓」も、「恐らくは素手で、それをなんなくいなす荒神」の姿も……三人や孫子にとっては、それなりに衝撃的な光景である筈、だった。
荒野自身は、何年も前に荒神に同じような稽古をつけてもらっているので、感覚が鈍化している部分があるのだが……殺る気満々でつっかかっていく弟子と、軽々とそれを避け続ける師匠、という風景は、同じ一族のものにとっては、『レベルの違い』をさまざまと感じさせる光景である……らしい。
少し前、同じ一族のシルヴィでさえ……あの二人の稽古風景をみたとたん、顔色を失っていたし……。
『……様子をみにいってた方が、無難かな?』
そう思った荒野が、腰を上げようとした、ちょうどその時……。
こんこん、プレハブの入り口を、控えめにノックする音がした。
「……はぁい……」
からからとサッシの引き戸が開かれて、シルヴィ・姉崎が顔だけを覗かせた。
「コウ……今、いいかな?」
いよいよ、自分が出て行かなくては、ならないようだ……と、荒野は思った。
「……才賀のやつは、今、出て行ったところだぞ」
荒野がプレハブの外に出てそういうと、シルヴィは、「I, Know」と答えた。
「……今、コウジンとカエデのシミュレーション・プログラム、みてる……」
この家の人々の動向ぐらい、シルヴィが押さえていたとしても、荒野は別に不思議には思わない。地道な情報収集は、姉崎が得意とする所だ。
「じゃあ、おれの方に、用?」
荒野は、単刀直入に尋ねた。
「……んー……どちらかというと、コウに、かな……」
珍しく、シルヴィは言葉を濁す。
「ソンシ……カエデとコウジンのあれみたら……自信、無くさない?」
「……ヴィが、なにを考えているのかは、大体分かった……」
荒野はゆっくり首を振る。
シルヴィと孫子は、まだ付き合い初めて日が浅い。だから、お互いの性格を把握しきっていないのは、仕方がないのかもしれないが……。
「才賀の性格だと……格差を理解すればするほど、絶望するよりは、燃える。
あいつ、すっげぇ負けず嫌いだから……」
荒野の口調に、若干、苦々しいニュアンスが混じってしまったのは、仕方がないところだろう。
荒野は、これまでになんどか、孫子のそうした性格に振り回され、後始末に苦慮した経験があった……。
より性格を期するなら「孫子と楓の対抗意識が際限なくエスカレートした結果、勃発した何回かの騒動」に、苦労をしいられてきた、というべきなのかもしれない。
「……素直に落ち込んでくれるほど、可愛げのある性格なら、おれも苦労しないんだけどねぇ……」
荒野がしみじみとした口調でそういって、ゆっくりと首を横に振ると、シルヴィにも思い当たる節があるのか、
「……Oh!」
と、手のひらで口を覆うポーズのまま、凍りついた。そしてシルヴィは、
「I see, understand……」
と、続けた。
[
つづき]
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