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「髪長姫は最後に笑う。」 第五章(107)

第五章 「友と敵」(107)

 今回の稽古は、楓が十二回ほど投げられた所で、荒神が「やめ」を宣言して終わった。時間にして二十分足らずの短時間だったが、スーツ姿で涼しい顔をしている荒神とは対照的に、楓の方は汗だくになって肩で息をしている。荒神が止めなくとも、このまましばらく続けていれば、楓はぶっ倒れていただろう……と、荒野は思った。
 適当に手を抜く、ということができない真面目な性分、というのも、なかなかやっかいだよなぁ……とも、思った。
 実際、止めを宣言されて、一旦、路上に降り立った楓は、すぐにぐらぐらと揺れはじめ、そのままがくりと膝をついた。
 立っていることも困難なほど、体力を消耗しているらしい……。

 荒神を相手にまともに立ち回って、この程度で済んでいるのは僥倖、というべきなのだが、そのことの意味を理解しているのは、その場にいた中では、荒神と荒野、それに、シルヴィ・姉崎くらいだろう。
 楓自身は、自分の優秀さに、あきれるほど自覚ない……と、荒野は、常々思っている。

 三人組や孫子は、そもそも、一族の水準というものを知らない。ただただ、気配を絶ちながら、あれほど激しい動きを今まで続けていた楓を、感嘆のまなざしでみている。より正確にいうと、荒神と楓、二人の動きに等しく感嘆している筈なのだが……荒神については、すでに「最強」の異名について予備知識を持っていたので、その分、楓に対するものよりは、驚きの度合いが軽減されている。
 普段、一緒に過ごしている楓が……「最強」の荒神に認められた存在であることを、実際にさまざまと見せつけられた形である。

 三人組と孫子の四人の中で、ただ感嘆するばかりなのが、ガクとノリ。
 感嘆はしながらも、なにやら考え込む顔付きになっているのが、孫子とテン。その二人のうち、孫子は何も言わなかったが、テンは「対抗手段を考えている」と明言した上で、荒野にいくつかの質問さえ、した。テンの話によると、徳川篤朗に「三人用の武器を設計してみろ」と、指示されたらしい。そして、テンは、その武器を使用する仮想敵として、「一族の者」を想定しているらしい……。
 島で生活していた時、三人を育てた「じっちゃん」に、
「一族の思惑を、軽く飛び越えてみろ」
 といった意味のことを言われたらしく、テンも、その他の二人も、その言葉を遺言として受け止めているらしい。

 その話しを聞いたことで、荒野は、その「じっちゃん」という人物の立場と思惑が、ますます分からなくなった。
 その、「じっちゃん」という人物は、三人の特殊性を理解した上で、三人を、一族にとって有益な人材になるよう、教育するつもりはなかったらしい……。
 その辺の姿勢は、茅を「一族の一員」として育てなかった仁明に通じる所があるのだが……果たして、仁明やじっしゃんは、なにを思ってそうした教育方針を採用したのか……その方針を決定づけたのは、仁明やじっちゃん個人の判断なのか、それとも、もっと上に、未だ荒野たちには姿が見えない「プランナー」が存在し、その意向どおりに動いていただけなのか……。
『……推測をするにしても……』
 まだまだ、手持ちのピースが少なすぎる、と、荒野は思った。
「姫の仮説」について荒野たちが握っている情報は、あまりにも少なすぎるし、そうした今の段階で、空白部分を無理に想像で埋めようとすれば、実態とかけはなれた想像図しか、できない……。
 今の時点で、余計な先入観を持っても……こちらが有利になる、というメリットは、ないのだった……。
 加えて、こちらから新たな情報を求めて能動的に動けば、ヤブヘビになって、呼ばなくてもいい敵を呼び寄せてしまう可能性も、少なくはなかった。
『まぁ……気長にやるさ……』
 結局、この土地に居着いての長期戦、を想定している荒野としては、そう思うより他、選択肢はなかった。

「荒野、遅いの」
 マンションに帰ると、茅が荒野の帰りを待っていた。玄関に出迎えた茅は、明らかに不満顔だった。
「早く、お風呂、沸いているの。昨日はざっとしか洗ってないから、今夜は丁寧に洗ってもらうの……」
 茅は、いつにななく強引さで荒野の腕を引いて風呂場へと向かう。
「……ま、また、一緒にはいるのか?」
 荒野は内心で冷や汗をかく。
 朝のシャワーなどは、時間がないから一緒に浴びたりするが……今のような、時間に余裕がある時に、茅と一緒に全裸で過ごして……理性を保てる自信が、なかった。
「いいけど……また、昨日みたいに、なっちゃうぞ……」
「髪を洗ってからなら、それでも、いいの」
 茅の返答は端的だった。
「今までは、体力的に自信がなかったから、遠慮してたけど……昨日、試してみて、今日の授業に差し支えなかったから、今夜からは、荒野さえよかったら、毎日でもいいの。
 毎日、えっちな匂いをさせて、二人の肌にしみつけて、ガクにみせつけてやるの……」
「か……茅、さん……」
 荒野が身の危険を感じて若干引き気味になると、
「荒野……茅とえっちするの、嫌い?」
 茅が、躊躇いをみせる荒野の顔を不思議そうにみて、首を傾げる。
「茅は、好き。
 荒野も、荒野とえっちするのも、大好き。
 いつも感じ過ぎて、怖くなって、今までは、あまり求めなかったけど……もう、いいの。
 近くなり過ぎるのが怖くなるより……近寄るのを怖がって、荒野が遠くなるほうが、ずっと怖い……。
 だから、もう、我慢しないの……」
 そんなことを言われて、茅にぎゅーっと抱きつかれれば、荒野とて若い……やりたい盛りの年頃の、男性である。
 本人のやる気の有無にかかわらず、体のほうが反応する。荒野に体を密着させていた茅は、すぐにその変化に気づいた。
「荒野……今、大きくしても、駄目。
 お風呂から上がったら、また、ゆっくり……して。可愛がって……」
 茅は飛び上がって荒野の首に抱きつき、両足を荒野の腰に巻き付けて、耳元に口を寄せて、そう囁く。

 荒野は、茅に言われた通りにした。

[つづき]
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