第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(76)
店の中に入ってよくみると、三人の周囲にたむろしてなにやら言い合っている若い女性の一団の中に、樋口未樹や羽生譲などの知った顔があった。それと、以前、マンドゴドラのCMを撮影した時にお世話になった人たちの顔も、ちたりほらりと見える。
「楓ちゃんと茅ちゃん、来たー!」
その中の一人、羽生譲が店内に入って来た二人を見つけて駆け寄ってくる。羽生の後に、スーツ姿の二人の見知らぬ女性たちがついてきて、品定めをするような目付きで茅と楓の全身に視線をはわせている。
「……どうです? 二人とも、上玉でしょ?」
羽生は、後をついてきた二人のほうに振り向いて、そう尋ねた。羽生に話しを振られた二人組は、顔を見わせて頷いた。
「あ。この人たちな、いつもお世話になっている貸衣裳の会社の人たち。
商店街のゴスロリ関係でも、タイアップしてくれることになったんで、よかったらモデルとして協力してやってくれい!
孫子ちゃんとか三人の方は、もう了解とれているんだがな……」
楓と茅は、顔を見合わせる。
その背から、どやどやと数人の制服姿の生徒たちが入って来た。撮影作業のアシスタントを務める、放送部員の生徒たちだった。
放送部員たちは、到着するなり先に来て待っていた写真館のご隠居の指示を受けて、手慣れた動作で機材の準備をしはじめる。
「……羽生さん、三人のセット、第一弾、終わりました!」
三人の椅子を跳びはねるようにして作業をしていた美容師さんが、羽生に向かって声をかける。
「お疲れーっす!」
羽生が返事をするのと、スース姿の女性たちがハンガーに掛かった衣装を抱えてくるのは、ほぼ同時だった。
「早く着替えてください! 時間押しているんですから!」
三人は椅子から降りてポンチョを脱ぐのと同時に、スーツ姿の女性たちに店の奥へと連れて行かれてる。
「はいはい! 茅ちゃんも楓ちゃんも、ぼさぼさしない! さっさと空いた椅子に座る!」
ぐいぐい背中を押す羽生譲。
「か、茅は、この髪、切るつもりはないの……」
「はいはい。わかっていますよー……」
肩を振って抵抗をする茅を、顔見知りの美容師さんが、茅の腕を取って強引椅子のほうに連れていく。
にこやかな表情と穏やかな物腰だが、有無をいわせぬ迫力があった。
「こんな奇麗なおぐし、滅多なことでは切りませんから……
ほんの少し、毛先をそろえる程度に切って、後は、衣装に合わせてセットするだけだから……」
楓のほうも、別の人たちに捕まって、椅子に座らされている。
楓たちが髪をいじくられている間に、背後でわっと歓声があがった。「きれー!」、「かわいー!」、「かっこいー!」など声が乱れ飛んでいる。
鏡越しに確認すると、あの三人組みが、フリルとかリボンをふんだんにあしらった、ひらひらーっとしたスカート姿で、照れたようなきまりが悪そうな表情をして立っていた。
『……うわぁ……』
その様子をみた楓は、目を見開いた。
考えてみると、この三人のスカート姿をみるのは初めてになるわけだが……思いの外、似合っていた。
まだ中性的な身体のラインの中に、ほのかに女性らしい雰囲気が見えかくれして、同性の楓からみても、そことはない色気を放っているようにみえた。
『……この子たち……』
もう少し成長したら、とんでもない美人さんになってしまうんじゃないだろか……と、楓は思った。普段は子供らしい言動の方の印象が強いのであまり気にしたことがなかったが、こうして改めてみてみると、外見的にも十分すぎるほどに整っているのである。
今でも、成熟しはじめる寸前の、蕾を思わせる清冽な美しさを感じさせる。
三人は順番待ち用の椅子に座らされ、メイクをされてはご隠居の前に引き立てられ、何枚か写真を撮られては交替する、ということをしばらく続けていた。写真を撮られていない時間は、別の衣装に着替えたり、メイクを直されたりする。ほとんど毛先を揃えるだけだったので、楓よりもはやく解放された茅も、三人と似たり寄ったりの衣装を渡されて、着替えさせられ、その流れに入った。
室内での撮影、ということもあってか、ご隠居のコンディションも上々で、周囲のアシスタントに細かい指示を出しては立て続けにシャッターを切っている。アシスタントとしてご隠居の指示を受ける放送部員たちにしても、以前に経験した作業なので手慣れた様子で指示に従っている。
ご隠居が羽生譲にデジタル一眼レフを手渡してメモリーの中身をノートパソコンにコピーしているところで、
「……っちーっす……」
とかいって、荒野が店に入って来た。
私服であるところをみると、学校から真っすぐこっちにきた楓たちとは違い、一旦帰宅してからこっちに来たらしい。
来る早々、荒野はそばにいた女性たちに肩を掴まれ、有無もいわさず、楓のとなりの、つい先ほどまで茅が座っていた椅子に座らされる。
すぐに上半身にポンチョをかぶせられ、頭の角度を調整しただけで、美容師さんがじゃかじゃか威勢よく音をたてて荒野の髪に鋏を入れはじめた。
特に抵抗するでもなく、さるるがままになっていた荒野は、ふと鏡越しに、三人組と茅が着用している、華麗、と、いえないこともない衣装に目を止め、心持ち、顔を青ざめさせた。
荒野の様子を横目で見て……ああいう衣装にこれから着替えさせられるのか……と、内心、恐慌をきたしているのに違いない……と、楓は思った。
楓自身そう思っていたから、荒野の気持ちは、手に取るように想像できた。
「……おれ……カットモデル、と、聞いていたけど……」
案の定、荒野はそんな風に愚痴りはじめた。
……もっといってやれもっといってやれ……と、楓は思った。
「うん。カットモデルも、やるよ。当然」
そばにいた羽生譲は、平然と答える。
「……何分、ゴスロリコンテストのほうが、ほとんどノリと勢いでバタバタと決行することになっちまったからね……。
その関係で、急いで協賛企業探していたら、ちょうどこちちらが……」
「はい。わたくしどもは、貸衣裳の外に、コスプレ関係のオーダーメイドなども手掛けておりまして……。
コンテスト期間中、商店街の空き店舗をお貸しいただくことを条件に、皆様方にモデルさんを引き受けていただく、ということに急遽、決定いたしまして……」
「お……おれ、聞いてないんだけど……」
狼狽えまくる荒野。
しかし、羽生譲とスーツをびしっと決めたおねーさんが相手では、ろくな抵抗もできないのであった……。
「いやー……何分、急な話しなんで、タイアップが決まったのも、つい昨日なんだな……」
「こちらはモデルさんのギャラが浮きますし、期間限定のテストショップも開けますし……」
「こっちはこっちで、商店街にはないサプライズになるし……」
着替えて、髪やメイクを服装に合わせて整え直して、撮影して……というその日の作業は、深夜にまで及んだ。
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つづき]
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