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「髪長姫は最後に笑う。」 第五章(118)

第五章 「友と敵」(118)

 実は荒野には、樋口明日樹の不安というのが、かなり容易に想像できた。

 樋口明日樹には、玉木たちへのように、荒野たちの事情を遂一説明しているわけではない。しかし、明日樹は、楓がこの土地に来た初日、楓が香也の上に落下してきているのを目撃している。当然、楓と前後して現れた荒野たちに対しても、かなり不審な目でみている所がある。
 それでも明日樹が、今まで正面から楓や荒野などの出自を問いつめようとしていないのは……多分、はっきりと聞いてしまえば、明日樹を取り巻く今までの平穏な日常の在り方が、足元から崩れ去ってしまう……そんな予感めいた思いを抱いているからではないか……。
 樋口明日樹は、もともと感受性が鋭いほうであるし、玉木たちと違って「普通であること」に対する指向性が強い。
 荒野たちになにかしら普通ではない背景なり事情なりがあることを漠然と察しつつ、根本的な部分には、あえて踏み入れようとはしない……というスタンスを、明日樹は一貫して保持している。

 標準とか平均から大きく外れることを、異常なまでに怖がる。言い方を変えると、危機感を刺激される要素からはあえて目を反らし、「見ないふりをする」。
 これは、荒野が知る限り、少し古風ではあるものの、典型的な日本人の価値観であり処世訓だった筈で……その意味ではむしろ、荒野たちの正体をあけすけに話しても、少しも引く所のない羽生譲や玉木たちのような存在の方が、同質性への指向が強い日本社会では、少数派である、ともいえた。

 その樋口明日樹が、何故、あえて標準的な対応策に反してまで、荒野に意見じみたことをいったのかといえば……香也の存在……しか、理由はない。
 ボランティア云々、は、むしろ口実であり……樋口明日樹にしてみれば、次第に荒野や楓たちと行動を共にすることが多くなっている香也を……以前の通り、自分の元にいつまでも引き留めておきたい、というのが、本音なのではないだろうか?

 しかし……明日樹本人にもいったように、それを決定するのは……あくまで、香也本人の意志、なのであり……。
 さらに、しかし。
 ……かといって、荒野などがどのようにいったとしても、今現在、明日樹が感じている筈のフラストレーションは、軽減することはないだろう……。
 ……松島楓、才賀孫子、加納荒野、加納茅……それに、ガク、テン、ノリの三人も含めて、全員が揃って香也の前から姿を消し、香也と明日樹の周辺が、以前の通りの静けさを取り戻せば……あるいは、樋口明日樹は、心の底から安堵できるのかも、知れない。
 が……ここまで来た以上、当然のことながら、荒野はそのような選択をするつもりは、ないのであった……。

『……面倒だよなあ、いろいろと……』
 授業を受けながらそんなことを考え、荒野は心中でこっそりとため息をついた。
 明日樹の反応は……たまたま周囲にいた荒野たち一族の存在を勘づきはじめた一般人の、典型的な反応、でもある……。
 これから、荒野たちの存在と行動が目立てば目立つほど……荒野たちの存在自体に、苛立ちを感じる者の数も増える筈であった……。
 玉木たちといろいろ画策しているのは、そうした反応への対応策でもあったのだが……。
『佐久間は大……衆操作や心理戦を得意とする……』
 例えばこの先……樋口明日樹や同じ学校に通う生徒たちが、「荒野たちの敵」として立ちはだかってきたとしたら……荒野は……。
『その時は……尻尾を巻いて、逃げるしかないな……』
 ここまで居心地が良い土地を離れるとなると、正直、かなり名残惜しいのだが……たまたまその場に居合わせた、というだけの一般人を、本気で相手にするわけにもいかないのであった……。

 当面の荒野の仕事は……そういう事態に陥らないよう、足場を固めること。
 そのためには、絶えず、先手を打ち続けなければならない……。
『本当……面倒、だよなあ……』
 荒野は、心の中でそう独りごちた。
 一カ所に腰を落ち着かせ、知人増えれば……今度は、その知人が、敵に回ったときの時を、考慮しなければならない……。
 本当……面倒で、やっかいだ……。

 そうやって一人で陰鬱な未来図を想像してばかりもいられないので、放課後、荒野は、気配を消してざっと学校を見回ってみた。自分たち意外の一族の痕跡がないかどうか確認するために、同じクラスの生徒や教師などの動向にも、普段から眼を光らせている。
 三島のいう「ブレイン・ハッキング」を行うことが可能な佐久間相手にそうしたセオリーがどこまで通用するのか甚だ心許ない限りだが……なにもしないよりは遙かにマシに思えたので、荒野は転入してきて以来、定期的にこうして自主的な哨戒任務を行っている。
 もちろん、楓にも普段から注意を呼びかけてはいる。楓の性格を考えれば、荒野が想像する以上に念を入れて周辺のチェックを怠らないでいるのは十分想像できたが……だからといって、自分や茅の身の安全のことまで含めて、他人任せにするほど、荒野は怠惰にはできていない。
 そうした哨戒任務は、いつも通り、「異常なし」という結果に終わったが、身の安全を守るための代償と思えば、そのために必要な時間と労力も、別に惜しくはなかった。

 いろいろと不安になって、予定外の見回りをしてしまったため、下校するのが三十分ほど遅れてしまった。この日は、美容院に行く予定になっていたが、人数の多さを考えれば、どの道、多少の順番待ちの時間が出来るはずであり……この際、レディーファーストでいってもらおう……と、荒野は思い、一旦、マンションに帰って着替えてくることにした。
 それで、荒野が指定された美容院に着いたのは、予定していた時刻よりも四十分ほど遅れていた。
 荒野が到着した時、茅と三人組はすでに髪をセットし終わっていたらしく、撮影作業に入っていた。楓だけが、椅子に座っていいように髪を弄くられている。
 荒野が店内に入っていって、
「……っちーっす……」
 樋口未樹がまっしぐらに荒野のほうにやってきて、がっしりと荒野の二の腕を掴んだ。
「さ、荒野君! こっちこっち!」
 他の、名前を知らない店員さんが、未樹とは反対側の荒野の腕を掴み、ずりずりと引きずるようにして、楓の隣の椅子に座らせる。
「はい、上着をお預かりしまーす!」
 未樹がそういってハンガーをかざす。
 荒野がいそいそと上着を脱いで手渡すと、即座に別の店員の手によって、荒野にポンチョがかぶせられた。
 その時になってようやく、荒野は、鏡の中の三人の風体に異常さに、気づいた。
「……おれ……カットモデル、と、聞いていたけど……」
 その時の荒野の表情は、見事にひきつっていた。
「うん。カットモデルも、やるよ。当然」
 そばにいた羽生譲は、平然と答える。
「……何分、ゴスロリコンテストのほうが、ほとんどノリと勢いでバタバタと決行することになっちまったからね……。
 その関係で、急いで協賛企業探していたら、ちょうどこちちらが……」
「はい。わたくしどもは、貸衣裳の外に、コスプレ関係のオーダーメイドなども手掛けておりまして……。
 コンテスト期間中、商店街の空き店舗をお貸しいただくことを条件に、皆様方にモデルさんを引き受けていただく、ということに急遽、決定いたしまして……」
「お……おれ、聞いてないんだけど……」
 などという荒野の抗議も虚しく、既に髪に鋏を入れられている荒野は、逃げることもできない状態にあった。

[つづき]
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