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彼女はくノ一! 第五話 (79)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(79)

 ガクが指で触れている先端部は、摩擦でかなりの熱を持っていた。
「……ねえ、テン……これ、金属部分が熱くなっても、本体部分に影響ないかな?」
「一応、熱を遮断する材料は挟んでいるけど……そうだね、グラスファイバー部分は熱に弱いし、断熱の工夫は、もう少し考えて見る……」
 テンは、ガクの疑問に答えて、一人頷いた。
「あと……その他にも、思いついた改良点とかあったら、どんどんいってね。
 ここは材料もあるし、設備も整っている。
 トクツーさんも自由に使っていい、っていってくれたから、いくらでも改良版を再生産できるから……」
 もともと、六節棍は、孫子のライフルに比べれば、よっぽど単純な構造をしている。作ろうと思えば、短時間でいくらでも作れるのであった。
『……六節棍のほうが落ち着いたら……』
 テンは、そんなこと思っていた。
『いよいよ、ボクら専用の武器だ……。
 かのうこうやにも、他の六主家にも頼らないでいられるだけの力を、手に入れる……』

「……前にも話していた通り……」
 その日の夕食前に、真理は背筋を延ばして、同居人一同に話しはじめた。
「……明日から、かなり長期に渡って、この家を留守にします。人数が多くなったので、家事の分担については心配していませんが……。
 くれぐれも、譲さん。
 以前のように、管理責任を放棄することなど、しないように……」
 真理は、年末、いろいろな偶然が重なって、香也と孫子を何日も二人きりにしたことをいっている。
 羽生譲もわきまえたもので、「はっ!」と短く答えて頭を下げる。

 その時の真理の言葉どおり、真理とノリは、朝方、まだ早い時間に、外出用の改まった衣服を身につけて、ワゴン車ででかけていった。
 狩野家の人々は、総出で家の前の公道に出て、それを見送る。
「……あーあ……」
「……いっちゃった……」
 見送ったガクとテンが、そんなことをいいあう。
 物心ついて以来、三人はいつも一緒にいた。
 たかが数日とはいえ、これほど長い時間離れ離れになるのは初めてのこのとであり、まったく不安がないといえば、やはり嘘になる。
 出掛けていったノリの表情に、まったく曇りがなかったのも、気になった。
 ノリの顔は、この土地に来てから初めての経験する遠出と、それに、これからの数日間、写真やコピーでしか見られなかった順也の絵を、間近で、生でいくらでもみられる、という期待に輝いていた。
「……ノリちゃんがいっちゃって、やっぱ寂しい?」
 同じように見送りにでていた羽生譲が、二人に尋ねる。
 ガクは、「……ううん」と首を振り、テンは「少し……」と頷いた。
「……さ。朝ごはんにしよう……」
 羽生譲がそういうと、全員がぞろぞろ家の中に入っていった。

「……というわけで……」
 朝食の卓を囲みながら、羽生譲はその場にいた全員の顔を見渡して、しゃべりはじめる。
「……これから、かなり長期に渡って真理さんが不在なわけだが……だからといって、これをチャンスとむやみにこーちゃんのこと、押し倒したりしないように……。
 特に……そこの二人……」
 そういって、羽生譲は、箸で楓と孫子を指さす。
 楓は顔を伏せて、孫子はあさっての方に顔を背けた。
「……なにも即答しない、ということは、なにかたくらんでいたな……」
 羽生譲は、そっとため息をついた。
「駄目だよー……二人とも……こーちゃんは共有財産なんだから……。
 どうせ襲うのなら、籖引きかなんかで順番を決めてだな……」
「え! 本当!」
「共有財産なの!」
「羽生さん!」
 ガク、テン、香也の三人が、ほとんど同時に叫ぶ。
「めったなこと、言わないでください! この二人が本気にしたらどうするんですか!」
 普段、温厚な香也に似合わぬ剣幕だった。
 よっぽど……これ以上、自分をとりまく人間関係が複雑さを増すのを、警戒しているらしい……。
「……冗談。冗談だよ、こーちゃん……」
 羽生譲は、ぱたぱたと手を振った。
「真理さんに念を押されたから、立場上、こっちも最初に釘を差しておかなければなーって……。
 だから、こーちゃんを押し倒すのは、本当に禁止……。
 ありそうもないけど、こーちゃんのほうが求めてきたら……こっちとしても、なにもいえんけど……」
 普段の言動から察する限り、そういう場合は、真理さんも、とやかくいわないだろう……と、羽生譲は判断する。
 それを聞いて、孫子は、誰にも気づかれないように、ひっそりと笑った。
 孫子には……あのクスリが、あるのだった……。
『後は……二人きりになる機会をなんとか作って……』
 香也の場合、実はそれが難しかったりするのだが、孫子はなんとでもできるだろう、と、思っている。
「……そんで、今日は土曜日なわけだけど、皆さんのご予定は?」
 羽生譲が、その場にいた全員に向かって、そう尋ねる。
 普段はそんなことを詮索する人ではないだが、真理に念を押されたからか、いつもより責任を感じているようだった。
「ボクとノリは、午前中、茅ちゃんに付き合って、プール……」
 テンがそう答え、ガクが頷く。
「……んー……。
 ぼくのほうは、なんか放送部の人たちが描いてもらいたい絵があるからって、その下絵をとるために、近場にスケッチに……」
 香也は、片手をあげる。
「あっ……わたしも、そっちについていきます。
 一度、現場も見ておきたいし……」
「……んで、孫子ちゃんは、商店街で、マスコットガールのお仕事、と……」
 羽生譲がそう確認されると、以前からの約束である以上、孫子としても頷かない訳にはいかないのだった……。
 いつもなら、あのファッションを決めて外出できる、となると、心躍るものなのだが……今日に限って、その高揚は、ない……。
 放送部と行動を共にするから、二人っきりではないとはいえ……楓と香也が一緒にいて、自分だけが別行動をするとなると、孫子の心の底に、釈然としない想いが残るのであった……。

[つづき]
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