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彼女はくノ一! 第五話 (81)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(81)

「おっかえりー!」
 家に帰ると、ガクが元気な声で出迎えてくれ、三人にタオルを手渡してくれる。傘は差していたものの、今日は風が強く、体もかなり濡れていたから、これはありがたかった。
「今、あったかいおうどんできるから、炬燵にでも入っていて……」
 ガクはそういって、三人を居間に通し、お茶をいれてくれる。先程、香也の携帯に「何時頃帰るのか?」というメールが入ったので、「あと、十五分ほどで着く」と返信しておいたのだが……ここまで至れり尽くせりの出迎えがあるとは、思ってもみなかった。
「だって、真理さんに、留守中、家のことを頼む、って、頼まれちゃったもん……」
 人数分のどんぶりをお盆に乗せて居間に運び込みながら、ガクとノリはそういった。
 二人の話しによると、家事も一通り、真理に教えられているという。 
「……ありがとうございます……」
 有働は、思いも寄らず、昼食を御馳走された形で、大きな背を丸めて恐縮している。
「……あ、おいし……」
 一口、口をつけて、うどんの汁を味わった楓が、小さくそういった。シンプルな料理だが、ちゃんと出汁が効いている。それ以上に、暖かいものが胃のなかにしみていく感覚は、冷えきった体に心地よかった。
「……プールは、もういってきたんですか?」
 少し体が暖まって人心地がついた楓は、ガクとテンに、確認のため、そう尋ねる。朝、二人は、「茅と一緒にプールに行く」とかいっていた。今日は学校が休みだし、荒野も一緒だったのだろう。
「うん。いってきた」
「朝一から、二時間、泳いできた」
 二人は、屈託なく答えた。
 家に帰ってきて、メールで香也に連絡して昼食が必要かどうか確認し、冷蔵庫にある材料で、作れる物を作った、というところなのだろう。
「加納君……もう一人の荒野君も、一緒だったのですか?」
 有働も、楓の質問に、そう重ねた。この少年は、明らかに自分より年下であるガクやテンに対しても、丁寧な言葉遣いを崩さなかった。
「うん。一緒」
「それから、まいかおねーちゃんと、おつきのちっこいのも、一緒……」
 おつきのちっこいの、とは、栗田精一のことだろう。たしかに栗田は同年代の少年の中に入ると小柄なほうではあるが……この二人よりは、明らかに、大きい。
「そう。その栗田も、一緒一緒」
 ガクはそういって、うどんの白い麺を威勢よく音をたてて啜った。
 その様子があまりにも無心でうまそうだったので、それを見ていた人々も、同じように無心になって自分のどんぶりに取り組みはじめる。
 しばらく、居間の中に麺を啜る音だけが響いた。

「……いやあ、御馳走様でした……。
 おいしかった……」
 最後にどんぶりを傾け、汁の大半をごくごく喉を鳴らせて飲み干した有働勇作は、晴れ晴れとした顔をしてそういった。まんざら、お世辞でもないらしい。
「ぼくは、これからいったん家に帰って、着替えてから学校に行こうと思います……」
 有働は、学校のコンピュータ実習室にパソコン部と放送部の生徒が何人か詰めているで、そちらの様子をみてくるという。
「……それから、商店街の方に顔をだしてみて、なにか手伝えることがあれば……」
 有働も、なにかと多忙なのであった。
「じゃあ、わたしも学校の方に行ってみます……」
 楓も、そういって頷く。
 パソコン部の生徒たちが煮詰まっていたりしないか、心配だった。
「……んー……。
 ぼくは……これ、今スケッチしてきたの、仕上げたい……」
 香也は、そういってスケッチブックを掲げた。
「……で、さっき撮った写真、何枚かコピーしてもらいたいんだけど……」
 香也がそういいだしたので、楓と有働、それに香也は、羽生の部屋に行ってパソコンを立ち上げ、USBケーブルで有働のデジカメと接続し、何枚かの画像データをハードディスクにコピーし、プリンタも立ち上げて、ハードコピーをプリントアウトして、香也に手渡した。
 
 それから、商店街に手伝いに行く、というガクとテン、それに、有働の三人を玄関で送り出すと、家にいるのは香也と楓の二人だけになった。
「……んー……。
 じゃあ……」
 といってスケッチブックと先程プリントアウトした紙を小脇に抱えて庭に出ようとする香也の背を……。
「……え?」
 香也の背中の布地を、楓は、特に意識をしないまま、指でしっかりと掴んでいる。
 玄関で足止めをくらった形の香也も驚いたが、何げなく引き留めていた楓の方も、驚いていた。
「……んー……。
 ……なに?」
 香也が、楓の方を振り返って、首を傾げる。
 ほかに何か、済ませていない用事があったのかな……と、その顔は、本気で不思議がっていた。
「……あ、あの……」
 楓の方も困っている。
 自分が、何故香也の後ろ髪を引くような真似をするのか、分からない……訳では、実はないのだが……無意識リの願望を、自分の体が忠実に反映してしまっていることに、驚いている。
「あの、ですね……」
 楓は、俯いてしまう。
 どうしようか……と、ゴチャゴチャ考えた末、
「め、珍しいですね……二人きりになるなんて……」
 とかなんとかいって、「わはは……」と乾いた声で笑う。
 それから、香也の服を離し、
「ごめんなさい! ひきとめちゃって! 特に用事とかはないです!」
 と頭を下げる。
 楓は、「……なんとなく……今、二人きりなんだなぁ……」と思ったら、不如意に手が伸びて、服を掴んでいた……とかなんとか、口の中でごもごも不明瞭に呟く。

[つづき]
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