第五章 「友と敵」(124)
傘を下駄箱前傘立てに差し込み、上履きに履き替えて、技術書の詰まった段ボールを抱え、コンピュータ実習室に向かう。
薄暗く、誰もいない学校内はしんと静まり返っている。
この雨だと、運動部の生徒も来ていないのではないのか……と、荒野は、ふと思った。
実習室には、確かに、二十人程度の生徒たちがたむろしていた。
パソコンを操作する斉藤遙を中心にしたグループと、一人で黙々とタイピングしている者、それから、、二人とか三人で一つの画面をみながらなにか話し合っている者など、実習室の生徒たちの態度は多様で、男子と女子が半々くらい、みんな学校の制服を着用している、という以外に、共通点はない。
時期が時期だから、流石に三年生はいなくて、二年と一年が半々くらいだった。
大半は、放送部だったりパソコン部だったりで、荒野が顔を覚えていた生徒たちだったが、ちらほらと初めてみるような顔も点在している。
廊下の窓からそこまで観察し、荒野は、引き戸をガラリと開き、実習室の中に入っていった。
「っちーっす……」
といって荒野が入っていくと、何人かの生徒たちが顔を上げ、軽い驚きの声をあげる。
「これ……茅からの差し入れ、第一弾。
話しは聞いていると思うけど、コンピュータ関係の、本ね……」
どかり、と、荒野が片手で抱えてきた段ボール箱を床に置くと、その音で、なさらに何人かの生徒が荒野に注目する。
「あ。あの……」
荒野のほうに駆け寄ってきた堺雅史が、やたらでかい荷物と荒野の顔を見比べて、困ったような顔をする。
「これ……一人で、持ってきたんですか?
本、ですよね、これ……」
「うん。本」
荒野は頷いた。
「茅が、昨日のうちに読み終わった分、持っていけって。
茅、今、ご飯炊いているから。差し入れ第二弾に、おにぎりもってくるって……」
「こ、これ……全部、読み終えて……持ってきたんですか?」
堺雅史は、さらになんともいえない表情になる。
「今、先輩、軽々と抱えていたじゃない。
きっと、見かけほど……」
堺の背後から歩み寄ってきた柏あんなが、段ボールの強度を増すために巻き付けておいたビニール紐に手をかけ、
「んっ!」
と、動かそうとする。
「……あれ? 全然……。
ええ……やっ! やっ!」
少し力を込めても動かない、ということを悟った柏あんなは、今度は渾身の力を込めて、顔を真っ赤に染めて、段ボールを動かそうとする。
「はぁ……駄目……」
しかし、しばらく試してみてから、ようやくあきらめたらしく、ぺたん、と、床に尻餅をついた。
そのまま、肩を大きく上下させて、荒い息をついている。
「……これ、全然、重い……。
ぴくりとも、動かない……」
「当たり前だよう……」
堺雅史が、首を振りながら、柏あんなに諭すようにいった。
「本……って、紙の束だよ?
そんなのがこんなにいっぱい、ぎっしりと詰まってたら……かなりの重さに……」
「でも……加納先輩、さっき、軽々と担いでいた! それも、片手で!」
柏あんながそう指摘すると、遠巻きにして一連のやりとりを観ていた生徒たちがざわめきはじめる。
柏あんなは、一見して華奢な外観に相違して、幼少時から空手の道場に通っている、根っからの体育会系として有名だった。フィジカルな能力でいえば、そこいらの運動不足な男子生徒は、足元にも及ばない。
「い、いやぁ……これ、コツがあるんだよ……」
やばいかな……と、思いながら、荒野は、今度は両手で段ボールの紐に手をかけ、わざと、「よっ」というかけ声をかけて、段ボールを肩に乗せる。
「……ほら、最初に勢いをつけて、こうやって肩に乗っけて……後は、重心の問題で……」
にこやかに、荒野は、なるべくなんでもないことのように思わせるべく、説明を試みる。
「……あと……」
床にぺたん、と座り込んだまま、柏あんなは、荒野をみあげる。
「それだけの本……一日二日で全部読める、って……」
「……それは……」
荒野は、段ボールを肩に乗せたまま、少し考え込む振りをした。
「……あー。
ここだけの話し、なんだがな……。
茅、少し特殊な……体質、というか、病気、というか……ナントカ症候群、って、難しい病名があるそうだけど、一種の、器質障害なんだ、ここの……」
そういって荒野は、空いている方の指で、自分のこめかみを、コツコツと叩く。
「……とにかく、一度見たことは、絶対に忘れない、という珍しい体質でな……。
ここにいる人たちも見かけたことないかな? 茅が、こう、ぱらぱらーって本、めくっているところ。
茅、あれで書いていることを、視覚的に全部覚えて……後で、暇がある時にでも、頭の中の本を、反芻して読み直したりできるそうだ……」
下手に全部を隠すより、部分的に本当のことをいったほうが、もっともらしく聞こえるもんだ。
何人かの生徒が頷いたり、「ああ、あれ……」と呟いたりしている。普段、茅のことを見かける機会が多い生徒たちには、思い当たる節があったのだろう。
「よっ」
とかけ声をかけて、わざと大仰な動作で、荒野は段ボールを床に降ろす。そして、その上に腰掛けた。
「あの通り、いろいろと変な所があるヤツだし、不審に思うのはよくわかるけど……できれば、茅と、今後も仲良くしてやってくれないかな……」
にこやかにそういって、柏あんなの顔を覗き込む。
「べ、べつに、そんな……」
柏あんなは聞き取れない小声で何事か呟き、眼をそらした。
「あ。
じゃあ、茅ちゃんが長期入院していたのって……」
「うん。
何分、かなり珍しい体質だからね。
オマケに、ペーパーテストの心配をする必要もないわけだし……偉い先生たちが、なかなか手放しくれなかったんだ……。
おかげで、妙に感情表現が下手なヤツになっちゃったけど……」
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つづき]
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