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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(12)

第六章 「血と技」(12)

 煙の中から脱出した荒野は、深々と深呼吸をした。
 喉も、目も熱い。ひりひりする。涙と鼻水が、際限なく出てくる。頭痛がする……。
 気分は、最悪だ。
 涙にかすむ視界の中に、銀ヘルメットのテンが姿を現した。短い問答のすえ、ぐったりとしたままのガクの体を「安全なところにつれていけ」といって、テンに手渡す。
 荒野は、自分の制服で包んだガス弾を持っていた。来る途中で荒野が目撃したガス弾は六発。最低でもあと五発、落ちた場所で煙を吐き続けている。
 そっちも、一刻も早く処理しなければならないが……。
『……まずは、こいつだな……』
 荒野は、駆け出す。
 今か抱えているボンベを、川に捨てるつもりだった。この付近で一番近い、妥当な廃棄場所だ。
 駅のホームを擦り抜けて、川に向かう。
 ホームにいた人々が、白い煙をたなびかせ、電車並の速度で線路の上を疾走する荒野を目撃して目を丸くしているのを視界の隅に確認したが、今の荒野にはそんなことに構っている余裕はない。

 ボンベは、中身をかなり放出したせいか、見た目よりはかなり軽い。おそらく、極限まで軽量化をしているのだろう。内圧に対する耐久性は考慮されているが、外からの衝撃には、弱い。故意に壊れやすくしている、という面もあるのだろう。
 それに、投げ易いように、バルブの周りに取っ手がついていた。
『……この、悪質ないたずら専用に、わざわざつくったもんだな……これは……』
 荒野はそう推測し、ボンベの形状から推察できる悪意に、ひそかに身震いする。
 わざわざガスに白い色をつけて視認性を高めているのも……精神的ないやがらせ、が、一番の理由だろう……。
 あれだけの高度から飛来していたのだから、ランチャーかなにかを使用したのだと、最初は思ったのだが……手で投げた、とすると……。
『……やな、相手だ……』
 荒野は、そう思う。
 やり口の悪辣さと、身体能力の高さ、それに、タイミングからしても、このガス弾を用意し、使用したのは……。
『……おれたちに、明確な悪意を持っている。
 おれたちについての、詳細なデータを持っている。
 おれたちのことを、今もどこからか監視している。
 そして……六主家以上の能力を持っている可能性が、高い……』
 目的は分からないが……今回の敵は……荒野たちに明確な害意を持っている……茅や三人組と同等の存在だ……。
 と、荒野は結論する。
 そして……これは、後で佐久間現象に確認するつもりだが……佐久間現象を扇動して動かしたのも、そいつらである可能性が、高い。
『……一族キラーとして、育てられた姫……』
 それと、それをバックアップしている六主家の者も、いる筈だった……

 その時ホームに居合わせた人々は、荒野が通過したすぐ後に、二十人ほどのゴシック・ロリータ・ファッションに身を包んだ若い女性たちが、笑いざわめきながら、やはり人間離れした速度で駆けていったのを目撃した。
 もちろん、その中には駅員も含まれていた訳だが、誰何したり注意したりする間もなく通り過ぎていったので、駅のホーム上にいた目撃者たちは、結局、呆然と立ちすくむことしかできなかった。
 少し後に、この出来事を元にした都市伝説がいくつか巷間で流布するようになるのだが、それはまた別の話である。

 そこまでいくルートとして、荒野は鉄道上を選択する。目が涙でかすんでいるし、この雨のせいで見通しはもともとかなり悪い。今、荒野がフルスピードでかける場所として、公道上や凹凸のある民家の上は不適切だ。
 線路に沿ってしばらくいけば、川にかかっている鉄橋にでる。そこで、川の中にぶちこむつもりだった。
 疾走しじめた荒野に、すぐに追いついてきた黒い一団があった。
「お手伝いしますわ、加納の……」
「……秦野さんたち、か……」
 礼を言おうとして、荒野は激しく咳き込む。
 かすむ目でちらりとみると、秦野の女たちは、二十人くらいの団体で、ガスを噴出し続けるボンベをキャッチボールしながら、荒野の後をついてくる。
 ボンベをキャッチボールしているのは、一人に長く持たせてるよりは、ガスの影響を受けるのが少なくなるからだろう……。
「無理にしゃべろうとしないで……。
 お宅のお姫様の指示に、従っただけです」
『……茅か……』
 荒野はその言葉に甘えて発声を節約し、黙って頷いく。
「……この先の、川に……」
 と、短く言った。
 実際、荒野の喉は、ガスでかなり痛んでいる。声を出すだけでも、つらい。
 荒野の言葉に、秦野の一人が頷き、荒野に耳打ちする。
「……ボンベはすべて、回収しました……」
 その他の秦野は、笑いざわめきながら、荒野を追い抜いていった。今の荒野は目もかすんでいるし体調も万全ではないので、全力で走っているつもりでも、ともすれば足がもつれがちになる。
 結局、五百メートルほど走って荒野が鉄橋の上にたどり着く頃には、秦野の女たちの姿は見えなくなっていた。川の中にボンベを捨てて、何処かへと散った後なのだろう。
 荒野も、制服の上着でくるんでいてもまだ白い煙を吐き続けているボンベを、制服の上着ごと川に捨てた。上着のポケットにはなにも入っていないので、惜しくはない。得たいの知れない薬剤をたっぷり吸い込んだ上着をクリーニングに出すよりは、廃棄する方が安全だった。
 それから、ワイシャツの胸ポケットに差し込んでいた携帯を取り出し、茅にかける。
 荒野が以後の経過を尋ねると、催涙ガスは、すでに雨で沈静化している。玉木が放送でそれとなく確認したところ、今のところ、商店街にいた人々で、体調の不良を訴えてきた者はいない。
 催涙ガスの一件は、アトラクション用の発煙弾が、予以上の煙を吐き出した……という風に説明されている。
 そして……鉄橋の上で、荒野は初めてガクの暴走について、知らされた。
 現在のところ、テン、二宮舎が対応して、商店街近くの雑居ビルの屋上から出ないようにしている。楓も現地に向かっており、孫子も、今にでも援護射撃を行える体勢にある……と、茅は説明してくれた。
 それを聞いた荒野は……濡れて冷えきった体の温度が、さらに何度か低下したかのような錯覚に捕らわれた。
 通常の二宮でさえ、理性を失えば、扱いに困るというのに……ガクは、二宮以上の能力を持っている……。
 そして、荒野自身は、現在、バーサーカー・モードに入ったガクを取り押さえられるほど、万全な体調にはない。現在の荒野が駆けつけていっても、かえって足手まといになる筈だ……。
『……楓……』
 茅が名前を挙げた人々の中では、一度ガクを取り押さえた経験のある楓が、一番頼りになりそうだった。
『ガクを……悪者に、するなよ……』
 奇しくも、荒野は、茅と同じようなことを、祈っていた。

[つづき]
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