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彼女はくノ一! 第五話 (98)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(98)

 ガクの手足に絡んだ鎖は、一方の端を厳重に屋上の周囲の手摺りに巻き付けられて、固定された。
 突如出現した、テンの見知らぬ少年たちによって、ガクの身動きは封じられたかに見えたが……。
「……うっそう……」
 鎖で縛められたガクが、足に力を込め、両手を振るわせ、力を込めると……スチール製の手摺りの、鎖巻き付けられた部分が、ガクに向かって徐々に凹んでいく。
 最初は緩やかな変化だったが、ガクが喉の奥から絞り出すようなうなり声を上げながら全身に力を込めはじめると、スチール製の手摺りは、鎖が巻き付いた部分から飴のように曲がり始め……屋上の中心付近にいるガクの方に、引き寄せられていく。
 鎖の多くは、ガクの手足……主に、銀色に光るプロテクターの部分に巻き付いていたわけだが……その、鎖が巻き付いた部分が、負荷に音を上げ、軋みを上げて、弾け壊れていく……。
「……鎖、緩めて!
 このままじゃあ、手摺りの前に、ガクの体が壊れちゃうよ!」
 テンが、悲鳴のような声を上げる。
 少年たちは慌て手摺りに巻き付いていた鎖を解きはじめるが、何分、強烈な力でガクに引っ張られつつ、だから、思うようにほどけない。
 テンの手足に、赤い血が伝いはじめる。
 二宮舎人が、テンと手摺りを繋ぐ鎖を鉄扇を振るって力任せにぶち切っていく。少年たちも、時間はかかったのものの、一本、また一本、と、手摺りに巻き付いた鎖を解いていく。

 手摺りに巻き付いた鎖が大方解かれると、今度は、ガクの方が、自分の手足に巻き付いた鎖を乱暴に払いはじめた。最初は、一本や二本筒づつ手で握り、力任せに引っ張って引きちぎっていたが、そのうち面倒になったのか、その場で手足を滅茶苦茶に振るいはじめる。ブレイクダンスにも似たガクの動きに伴って、十本近い鉄の鎖が、うねりながら軽々と振り回される。
 ガクを中心として、十本の鎖が半円形を描いて、ぶんぶんと宙を切る。
 遠巻きにしていたガクや二宮舎人、それに少年たちは、軌道の予測がつきにくい鎖を避けながら、なおかつ、ほどけた鎖が、遠心力によって不意に外に飛び出ていくのも、回収しなければならなかった。地上数十メートルからいきなり金属製の鎖が降ってきたら……下にいる者に、確実に被害を与える……。

「……クスリも効かない、拘束するのも駄目……」
 二宮舎人は、鎖を避けながら、テンに向かってうっそりといった。
「ってことは……あの大暴れしているお嬢さんが、力尽きて抵抗できなくなるまで、逃がさない……持久戦、ってことか?」
「……それも……」
 危うく下に向かって落ちるところだった鎖の端を、危ういところで掴みながら、テンが答える。
「……だって……ガク、あんなに血が出ているし……それに、ここ、町中だし……」
 すでに、ガクの手足から、決して少なくはない量の血が、ぼたぼたと流れている。鎖が絡んだまま暴れたから、プロテクターが圧力を受けて潰れ、中の手足を傷つけているらしい。
 相変わらず、雨は降り続けている。天は厚い雲に覆われ、日が落ちているわけでもないのに、あたりはかなり薄暗い。
 こんな日に、上を見上げる人は少ない……のと、それに、近くには、このビルより高い建物はないので、今のところ、この騒ぎはあまり注目を集めていないようだが……長引けば、確実に目撃者を、増やす。
 いずれにせよ……長時間、というのは……確実に、まずい。
 長引けば長引くほど……リスクは大きくなる。

「状況は……わかりました!」
 びゅん、と、風を切って、柿色の塊が、テンと二宮舎人の背中から、ガクに向かって突進する。
「……ガクを……止めます!」

「おい! あれ!」
「……無茶だ!」
 柿色の忍装束の少女……楓が、まっしぐらに鎖を振り回すガクに向かうのを見て、少年たちが驚きの声を上げる。
 楓は、唸りを上げて振り回される鎖を、器用に避けられるだけ避け……それでも間に合わない時は、渾身の力を込めて、自分に向かってくる鎖に六角を当て、軌道を変える。

 それまで、滅茶苦茶に鎖を振り回していたガクが、自分の方に向かってくる楓の存在に気づき……今度は、鎖を束にして持ち直し、明確に、楓に当てようとして、鎖を振るう。

「……あの……」
 少し離れた場所で、才賀孫子は、スタン弾を装填し終わったライフルを、慌てて構える。
 この天候下では、精密射撃は、難しいというのに……。
「……お馬鹿くノ一!」

 ガクは、数本の鎖を束にして持ち、鞭のように振るって楓の体をなぎ払おうとした。
 しかし……束にして持った鎖の、手元に近いあたりに大きな衝撃があり、鎖がばらける。
 衝撃は一度では終わらず……二度、三度、と続いた。
 衝撃がある都度に、鎖に、十字型の花が咲く。
 ……孫子が発射したスタン弾は、確実にガクの方に近づいていた。

 慌てて、ガクは握っていた鎖を離し、地面に転がる。
 そのすぐ上、ついさっきまでガクの体があった所を、孫子のスタン弾がかすめていく。

 地面に転がったガクは、いきなり襟首を掴まれ、
「……師匠の真似ー!」
 そのまま、凄い力で……真上に放り出された。
 ガクの体は、為す術もなく高々と空に向かう。

「皆さん、鎖を!」
 楓は短くそういい、地面に放り出されていた鎖を何本か素早く拾い上げ、自分で放り上げたガクの後を追うように垂直方向に跳躍する。
 ガクと楓の体がほぼ同じ高さになった瞬間を狙って……楓は、両手で、左右から、ガクの体に鎖を巻き付け、自分の方に引き寄せる。
 自由落下中のガクは……鎖を手で払おうとしたが……。
 落下中も、下方から、次々に鎖が投げつけられ、今や密着した楓の体ごと、ガクの体を縛めはじめる。

 ガクの体ごと鎖で縛められた楓が屋上に着地する頃には、何重にも巻き付いた鎖で、楓の体にガクがぶら下がっている、という感じになっていた。
 ガクは、唸りを上げてもがこうとしているが……鎖で簀巻き状態になり、地面に足がついていない状態では、どうしようもない。
「……はい。ご苦労さん……」
 ガクの背後に近づいた二宮舎人がうっそりとそういいながら、ガクのうなじに針を打ち込んだ。
 暴れようとしていたガクの全身から力が抜ける。

「……なるほどなぁ……あんたが噂の、長の、二番弟子かぁ……」
 二宮舎人は自分の顎を撫でながら、覆面姿の楓の顔を見ながら、そういう。
「あれくらい無茶じゃなければ……あの人の弟子は、務まらないか……。
 ところで……」
 二宮舎人は、呆れたような感心したような、複雑な表情をしている。
「……その恰好は……趣味なのかい?」

[つつき]
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