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彼女はくノ一! 第五話 (99)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(99)

「そこは、そっちの下が噛んでいるから……ああ、それじゃあない!
 そっちの人が右手に持っているやつ、先にこうやって持ってきて……」
 ガクは、楓に抱っこされた形で、何十本という鎖にぐぐるまきにされている。適当に投げ付けられたものだから、ほどくのにも手間がかかる……と、思われたが、途中からテンがテキパキと指示を出しながらこんがらがった鎖を解きはじめ、二宮舎人と数人がその周囲でテンが解いた鎖を手で持って、外に引いている……という感じになった。
「……佐久間の形質、ってのも、便利なもんだなあ……」
 鎖をほどくのを手伝いながら、二宮舎人が感嘆する。一族の関係者でさえ、佐久間と直に対面したことがある者は、少ない。
 特に説明を受けた訳ではないが、二宮舎人は、佐久間現象に続いてテンと接触したことで、二人に共通する資質に気づいている。
「……お前ら、正確な記憶力と、それに……目測も、ほとんど完璧にできるだろ……」
「おじさん……ゴツい見かけによらず、観察力は鋭いね……」
 テンは、手を休めずにそう答えることで、舎人の憶測を半ば認めた。
「……でも、ボクの場合、佐久間の技までhs受け継いでないから、扇動とか洗脳とかはできないよ……」
「やれないでいい、そんなもん……」
 何故か、舎人はげんなりとした顔をしていた。
「二十四時間三百六十五日、マスメディアが垂れ流しているじゃねーか……。
 あれを買え、これを買え、って……」
 舎人によると、資本主義と結び付いたコマーシャリズムも、洗脳や扇動の一種であるらしい。もっとも、そうしたコマーシャリズムには強制力はないから、洗脳や扇動と完全に同一視するもの難がある。
 つまり、完全に正解とはいえないが、反面、完全に不正解というわけでもない。
「それ……なんだよね……」
 テンは、舎人の軽口に、意外に真剣な顔で頷く。
「ボクたちを育ててくれたじっちゃんがよく言っていたことだけど……一族ができることは、もう、一般人もできるようになっている。
 機械とか科学技術の力を借りて、っていうことだけど……」
 舎人は黙って頷き、テンの話の先を即した。
「そんな……以前ほど、一族のアドバンテージが失われてきているこの現代で……おじさんは、どうして一族であろうとするの?
 足抜け、っていうんだっけ?
 そういうのして、一般人として、生活しようとは思わなかった?」
 テンが、一族の内部で、現役で働いている人間にあったら、ぶつけて見たいと思っていた質問だ。
「……直球で……しかも、なかなか答えにくい質問だなあ、それは……」
 舎人は、そういった後、しばらく黙り込んだ。
 その間も、テンは、抱き合った形でぐるぐる巻きにされている楓とガクの回りをせわしなく駆け回って、鎖を解いている。
「……おれはな、二宮の傍流の出だ。
 ここ何代か、親父の代までは、二宮の形質がほとんどでてなくって……かろうじて本家との繋がりは残っていたが、実態はほとんど一般人、っていう、ごく普通の家庭に生まれた……。
 で、おれも……ごく普通の一般人として生活していったんだろうが……ある年齢から、急にガタイが大きくなりはじめ、力も強くなりだしてな……。
 で、そのころ、たまたま町のチンピラに目をつけられて、カツアゲされそうになってな……そん時に、意識を失って……。
 気がついたら、血の海の中に一人でぽつんと立っていた……。
 どうも、隔世遺伝、ってやつだったらしい……」
 だから……と、二宮舎人は、続ける。
「今日のこいつのことも、他人事とは思えなくてな……。
 一族の血を受け継いだのは、たまたまだったが……自分の性質に気づいた後、一族であろうとしたのは……おれ自身の、意志だ……」
 テンは、手を止めて周囲を見渡す。
 ガクの捕獲に協力してくれた少年たちは、かなり数が減っていたが、何人かは残って、ひしゃげて役に立たなくなった手摺りの撤去作業などを行っている。
 この少年たちにも……それぞれ、思うところは、あるのだろう……。
「……一族、っていっても、いろいろな人がいるんだね……」
「そうだな……。
 賢いやつ、調子だけはいいやつ、とか馬鹿なやつ……いろいろなやつがいる。
 能力的に、多少、優れた点があるとはいっても……その他は、一般人とそうは変わらないな……。
 おれたちも、所詮、人間の端くれだ……決して、人間以上のもんじゃない……」
「それは……いわれなくても、わかるような気がする……」
 テンは、鎖による拘束がそろそろとけかかってきている楓の方を、じっとみる。
「な……なんでそこでわたしをみますかぁー!」
「楓おねーちゃんもそうだけど……かのうこうやなんかも、あれで結構……いや、かなり……ヘンな人だよ……」
「パイロンが、か……ほぉ……」
「強いのに、非情になりきれないせいで実力だしきれないし、茅さんと女性と子供……特に、茅さんには甘いし……」
 ぶつくさいいながら、テンは楓たちの周囲をそれまで以上の速度でぐるぐると駆け回って鎖を解く。
「……平然と、他人のために危険な場所に飛び込んで行くし、ガクとどっこいどっこいのお人よしだし……」
 楓は、思わずうんうんと頷きそうになって、それから、はっとして表情を無理に引き締めた。
「ガクもそうだけど、あれじゃあ、いくら命があっても足らないよ!
 はい、終わり!」
『……おーい、テン、まだかー……こっちはさっきから、下で待っているんだが……』
 テンのヘルメットの中に、三島百合香の声が響く。
「今、いく!」
 自由になったガクの体を肩にかつぎ、テンは階段のほうに勢いよく駆け出した。
「じゃあ、ボクたち、病院にいってくるから!」
 テンは、階段の出入り口に姿を消す間際、振り返って誰にともなくそう告げて、階下に姿を消す。

「まあ……難しい年頃ってやつだな、あれも……」
「あ……あはは……」
 二宮舎人にそう振られても、楓としては愛想笑いを返すしかない。そもそも、テンたちと楓とでは、年齢も、そんなに離れているというわけではない……。
「さて……おれは……荒野のところに出頭しなくちゃな……。
 おーい……お前らも、適当なとこで姿をくらましておけよー……。
 とりあえず、落下物の危険さえなければ、後の始末は荒野のほうで手配してくれるそうだから……」
 二宮舎人は、手摺りの残骸などを集めていた少年たちに声をかける。それから、楓の頭の先から足元までじろじろ見渡して、
「で、お嬢ちゃんの方も……いったん、帰ったほうがいいな……。
 そのなりで、町中をうろつくのは……ちょっとその……あれだろ?」
 楓は、二宮舎人の視線を追うようにして自分の服装を見返し、
「あは……あははははあは……」
 と、乾いた笑い声をひとしきりあげてから、
「はい! そうします!」
 と答えて、きびすを返した。

「荒野のやつも……苦労の種が、多いようだなあ……」
 二宮舎人は、楓に続いて階段に向かう。
 ……苦労のしがいも、ありそうだが……とは、口には出さなかった。

[つづき]
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