第六章 「血と技」(15)
荒野がパーテーションの向こうで濡れた衣服を脱ぎ、体をよく拭いてから、三島と茅によって一通り脱脂綿に含ませた消毒液で体を撫でられた。もちろん、荒野自身も手を動かしていたのだが、こんな所でいつまでも半裸になっている趣味はないので、三人がかりで行う。
上半身の消毒が終わり、荒野は徳川が入手してきたスウェットスーツを身につける。フリーサイズのそれは荒野にはぶかぶかで、明らかに似合っていない。
制服のスラックスを脱ぐだんになると、茅が「わたしゃあ、医者だぞ」と抗議する三島の背中を押して、パーティションの向こうから追い出した。
やがて全てが終わり、ようやく乾いた衣服を身につけた荒野は、心持ち顔色もよくなってきたように見えた。
「……今、どうなっている?」
ガラガラ声でそういって、荒野は身を乗り出して、パソコンの画面をみる。
「たった今、取り押さえられた所……動きが速くてあっという間だったけど……なんか、大捕物だったわ……」
玉木が、呆れたような声で、答える。
飛び交う鎖、ひしゃげる手摺り……そして、今、楓と一緒になって、イモムシかなにかのようにもっこりと何重にも鎖を巻き付けて……ガクが、ぐったりとしている。
時間にすれば……ガクが暴れてから取り押さえられるまで、十分と立っていない。しかし、みんな……ビデオの早回しをみているような動きをしていた。
それも、倍速、ではなく、五倍とか十倍の世界だ……。
『かのうこうや!
茅さんでもいいや! 聞いている?』
テンの声が、パソコンから聞こえてくる。
『どっちでもいいや! 早く、病院の手配、お願い! ガク、こんなんだし……それに、ガスも、かなり吸っている! ちゃんとした検査、受けた方がいい!』
荒野は、頷いた。
「茅、じじいに連絡して、この一件を報告……
その後、ガクの病院とか、後始末全て、じじいに押しつけてやれ……」
いつもなら、こうした際は、荒野自身が連絡するのだが……今は、長時間しゃべるのが、辛い。
パソコンの画面には、ガクが暴れたおかげで手摺りがぐちゃぐちゃになったどっかのビルの屋上が、映っている。この雨の中、しかも、ズームを使っているらしく、画面はあまり鮮明ではなかったが……惨状は、十分に確認できた。
荒野は、玉木が差し出したマイクのスイッチを入れて、しゃべった。
「……そういった手配は、今、やっている……。
テン、今日は、お前も疲れたろう……」
三島は「ちょっち回収してくる!」といって、裏口に向かった。
「今、先生が車で迎えにいったから、そこで大人しくしてろ……。
舎人さんとその他のヤツラは……舎人さんを残して、後のは、一旦学校に戻る……。
そこで、意識を失っているヤツラを回収したら、今日の所は、引き上げてくれ。そちらの事情は、舎人さんから聞く……。
今日は……」
荒野は、ガラガラになった声で、しみじみと、いった。
「今日は……いろいろなことが、ありすぎた……」
荒野は、壁に掛かっている時計をみる。
平日なら、ようやく……下校の準備をしている時刻だ。
部屋の隅では、茅が長電話をしている。
マイクのスイッチを切ると、荒野はマンドゴドラの箱と、二リットル入りのスポーツドリンクのペットボトルを引き寄せる。
「……玉木は……今回の件の、公式見解、なんかうまく辻褄を合わせて、でっち上げてくれ……。
それなりに目撃者はいるから……誤魔化せない部分も多いと思うけど……」
「……納得するかどうか、分からないけど……」
玉木も、荒野の言葉に頷いた。
「……一応、アトラクションの撮影中の事故、っていうことで、押してみる……。
発煙筒の事故、それに、あの屋上……」
「……頼む。
必要な費用は、じじいに出される……。
所で……疲れているようだな、玉木……」
「そりゃあ、ね……こんなに、次から次へと、いろいろあると……」
玉木珠美は苦笑いを浮かべる。
「同感、だな……。
平和なのが、一番だ……」
荒野は真顔で頷いて、箱から取り出したマンドゴドラのケーキに、手づかみでむしゃぶりつく。口の周りにクリームがつくのにも構わず、一口でケーキの半分を口の中に入れた後、二リットル入りのスポーツドリンクに直接口をつけて傾け、ぐびぐびと喉を鳴らして、口の中のケーキを流し込む。
玉木と有働は目を丸くして、徳川は面白そうな顔をして、そんな荒野をみつめている。
普段なら、こんな……味わう前に胃の中にいれるような真似はしないのだが、今は早急に、水分と栄養を補給したかった……。
「……どうしたんだ、君たち……。
そんな、大勢で……」
半ダースほどのケーキを貪り食っている最中に、茅と有働の後を追ってきた生徒たちが、どやどやと事務所に入ってきた。狭い事務所内には全員は入りきれなかったので、大半の生徒たちは、この雨の中、裏口の外で待機している。
「どうしたって……商店街が、大変なことになっているから……なにか、手伝えることはないかって……」
駆けつけてきた生徒たちを代表して、柏あんながぼそぼそと、いう。
サイズの合わない、だぶだぶの灰色のスウェット・スーツを着て、口の周りにクリームをべったりとけた荒野は、しばらく思案した後……。
「そういうことか……。
いや、実にありがたいのだが……危機は、なんとか大事になる前に、抑えることができた……。
今、君たちがここにいても、出来ることは何もない……」
荒野は真顔でそういって、頭を下げた。
『……どこまで真面目にいっているんだろう……』
その時、その場にいた生徒たちは、等しくそう思った。
「……あー……でもせっかく、こうして来てくれたんだ……。
ケーキでも……有働君、ちょっとマンドゴドラにいって、人数分のケーキを……」
「結構です!」
柏あんなが、怒ったような声でそういって、踵を返す。
堺雅史が、少し困ったような顔をして、柏あんなの背中と荒野を見比べ、結局柏あんなの後を追った。
他の生徒たちも、拍子抜けした顔をして、ぞろぞろと柏あんなの後をついていった。
「……彼女は……一体何を、怒っているんだ……」
荒野は、玉木と有働に、やはり真面目な顔をして、尋ねる。
玉木と有働は、顔を見合わせた。
『意外に天然だな、こいつ……』
と、二人の顔には書いてある。
徳川篤朗は、肩を振るわせて、笑いを堪えている。
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