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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(22)

第六章 「血と技」(22)

 出迎えると、才賀孫子は、当然のようにゴルフバッグを肩にかけていた。一見普段着姿に見える楓も、最低限の武装はしているのだろう。
『やれやれ……』
 と思いながら、荒野はリビングに手招きし、茅に人数分の紅茶を入れて貰う。荒野自身が落ち着きたい、と思っていたし、それ以外に、楓や孫子は、今日、学校に居合わせなかった。そのために詳しい状況を説明する必要もある。佐久間現象を起こして尋問するのは、その後だった。

「……そういや、向こうは大丈夫なの?
 香也君、風邪引いたとかいてたけど……」
「今の所、少し熱がでている程度で、さほど深刻な病症でもないですから……」
 孫子はそう答えてゴルフバッグを自分が座る椅子の背もたれに立てかけ、茅がいれた紅茶を啜る。
「今はぐっすり寝ていますし……それに、今は飯島さんとか柏さんが、台所でご飯つくってくださってますから……」
 猫舌の楓は、紅茶に息を吹きかけながら、孫子の説明を補足した。
「……そうか……。
 しかし、香也君も災難だなあ……昨日まではいつも通りだったのに……」
「そういえば……昼に別れたときも、ぴんぴんしていましたね……。
 あの後、何かあったのかな?」
 荒野が素朴な疑問を口にすると、有働勇作も首を捻った。
 楓と孫子が、同時に咳き込むのを、茅が不思議そうに眺めている。
「おい……お前ら……」
 何事かを察した荒野は、楓と孫子の方を軽く睨んだ。
「まさかとは思うが……お前ら……彼に何かやったんじゃないだろうな?
 それも、昼過ぎに……」
「……そういえば……」
 茅も、記憶を探る顔つきになる。
「佐久間が学校に姿を現した時、真っ先に楓にメールしたのに……ずっと、反応が、なかった……。
 いつもの楓なら、すぐに駆けつけるのに……」
 荒野、茅、有働に見つめられ、無言の圧力を加えられると、途端に楓は動揺しはじめる。
「や。あの。その。そそそ、そんなことは、ないですよ。はははは。
 ちょっとその、急用があって、電話をチェックできなかっただけで……」
「才賀にも連絡したけど、梨の礫だったの」
「その時はちょうど、プライベートで重要な用事がありましたもので……」
 孫子の方は、泰然とした態度を崩さずにティーカップを傾けている。
「ま……深く詮索しない方が、無難なようだな……。
 過ぎたことをとやかく言ってもしょうがないし……」
 なんとなーく、その時、狩野家で何があったのか想像できた荒野は、深く詮索することを諦めた。
「お前らの事情に口を挟むつもりはないけど……。
 二人とも、彼には、あまり迷惑をかけるなよ……」
 荒野がしみじみとした口調で諭すと、二人は返答に窮し、それまで平然とした孫子も含めて、こくこくと頷きはじめる。
 二人とも程度の差こそあれ……疚しい気分には、なっているようだ……。
 と、いうことは……やはり、何か強引なことを、彼にやったんだろうな……と、荒野は内心で納得し、一人心中でため息をついた。

 荒野と有働勇作が交互に情報を補完し合いながら、学校での出来事から商店街での顛末までを説明すると、楓も孫子も、流石に表情を引き締め、それまでとは違った真剣な態度で聞いていた。
 学校や商店街に居合わせた人々とを巻き込むことも厭わない、しかも招待の知れない敵が出現したこと。それに、荒野の正体が、実習室に居合わせた生徒たちの目に晒されてしまったこと……などは、やはり、冗談半分で聞くことは出来ない。
「それで……最初のきっかけとして現れたこの男から……」
 孫子がにこやかな笑顔を浮かべて、椅子に立てかけてあった、ゴルフバッグをテーブルの上に置いた。
「ああ。これから、起こして詳しい話しを聞いてみようと思っている。
 そのこともあって、お前たちを読んだんだが……」
「……んふふふふふ……」
 楓も、いつの間にか紐で連結した状態の六角を取り出して、椅子から立ち上がっている。
 有働は、いきなり殺気だった二人の様子にかなりビビリが入っていて、ゴルフバッグの中から孫子が物騒な金属の塊を取り出すにいたって、「ひっ!」と小さな悲鳴を上げた。
 孫子は、そんな有働に構わず、取り出したライフルの弾倉にマガジンを差し込む。もちろん、「実弾」である。そして、弾丸を込めたライフルの銃口を、ソファでぐったりしている佐久間現象に向けた。
「さあ、いつでもよろしくてよ。おかしなそぶりを見せたら……逃げられないように、丁寧に、大腿骨を砕いてさし上げます……」
「尋問は、加納様がするんですよね……。
 もう、針、抜いちゃっていいですか?」
 楓は、いつの間にか、佐久間現象の背後に立っていて、針が突き刺さっているうなじのあたりに手を伸ばしている。
「……お前らなあ……」
 荒野は頭を抱えた。
 何故に、こういう時ばかり、チームワークがいいのか……。
「まあ、いいか。
 こいつがあやしい動きをしないかぎり、黙ってみておけよ……。
 楓……抜け」
 荒野が合図すると、楓の手が、素早く動く。
 同時に、佐久間現象の体が、バネ仕掛けのように跳ね上がり、両手を構えてファイティング・ポーズを取った。そして、「……あれ?」という、不思議そうな表情になる。
「佐久間現象……お前は、一度おれにのされて、長時間、意識を失っていたんだ……」
 そんな佐久間現象に、荒野は最低限の説明をした。
「ここは、おれたちが住んでいるマンション。
 これから、お前に幾つかの質問をする。答えたくなければ答えなくてもいいけど……出来るだけ、素直になったほうが、身のためだな……」
 そういって、荒野は腕を動かし、背後にいる楓、孫子、それに茅の存在を佐久間現象に印象づけた。
「お前も自覚していると思うが……お前は、彼女たちを怒らせることを、しでかした」
 ここで荒野は言葉を区切った。
 そう。
 お前は、おれたちを、ここに住めないようにするところだった……。
「そして、おれは、彼女たちの怒りを宥める必要を感じていない……。
 今、彼女たちを制止しているのは、まだお前から必要な情報を聞き出していないからだ……」
 佐久間現象は、荒野の言葉があまり耳に入っているようには見えなかった。放心したような顔をして、めぐるましく楓、孫子、茅の顔に、順番に視線を走らせる。
 自分が今置かれている状況は理解したが、この場からどう行動すればいいのか、判断しかねている……という焦りと困惑が、佐久間現象の顔に出ていた。
「それとも……あれだけの人数を用意して、おれ一人に勝てなかったお前が……今度は、本気になった彼女たちと一戦交えて、逃げ出してみるか?
 いっておくが……怒った時のこいつらは……おれほど、甘くないぞ……」

[つづき]
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