第六章 「血と技」(24)
「……悪いが人生相談を受けるためにお前を起こした訳ではないし、お前個人の事情を詮索するつもりもない……」
荒野は佐久間現象に語りかけ、さらに問いかける。
「ここでは、おれたちが聞いたことにだけ、答えてくれればいい。
まず……さっき、茅がいった事は、本当なのか?」
「概ね……正確だ。
ぼくは、佐久間に仕込まれた……君たちは、姫、と呼んでいるらしいが……そういう、存在だ……」
「佐久間では……お前や、茅のような存在については、オープンな情報として扱われているのか?」
「判断できない……。
ぼくは、佐久間の、ごく一部しか知らない……」
「少なくとも……お前に技を仕込んだ人達の間では、既定の事実だった、と……」
荒野はその情報を脳裏に刻む。
佐久間の組織形態について予備知識を持たない荒野にとっては貴重な情報であったが……同時に、今の時点では、あまり活用のしようがない情報でもある。
「お前に技を仕込んだ連中と、今回の襲撃を企画し、お前に実行させた連中とは……別口、なんだな?」
先程の茅の言葉を素直に解釈すれば……そうなる。
「ぼくを! これからぼくを! どうするつもりだ!」
それまでおとなしくしていた佐久間現象が、いきなり取り乱す。
「まだ、決めていない……」
荒野は首を振った。
「佐久間の長が、お前の身柄を要求しているが……それに応じるかどうかは、今の時点では未定だ……」
口ではそういったが、荒野は実は、既に半ば以上、佐久間現象を佐久間の長に引き渡すことを決めている。聞くべきことを聞いてしまえば、手元に置いていても、活用のしようがないのだ。
後顧の憂いを断つためにも、引き取ってくれる先がありさえすれば、熨斗をつけて差し出したい気分だった。
「……佐久間に……引き渡す……だと……」
荒野の返答を聞くと、現象は、途端に震え出した。
そして、不意に立ち上がり、荒野の横を通って逃げようとする。
が……。
「手間を、かけさせるな……」
荒野は、現象がすり抜けるのとタイミングを図って、無造作に足を横に旋回させる。
荒野の膝が、現象の腹に、深く潜り込んだ。
悶絶して白目をむいている現象の体を、荒野は足の力でソファに押し戻す。
「いいか。
お前は、とりあえず、おれたちが聞くことにだけ答えていればいいんだ……。
あまり聞き分けのよくないことばかりやっていると……茅に、お前の深い部分までを……読ませるぞ……。
できるな? 茅?」
「難しいし、時間はかかるけど……おそらく、可能なの」
茅は、荒野の問いかけに、頷く。
「それより……現象を、素直になるように書き換える方が……簡単なの……」
「……やめてくれ!」
ソファの上で、佐久間現象が体を丸め、荒野たちに背を向ける。
「書き換えるのだけは……やめてくれ!
これ以上、ぼくがぼくでなくなるのは……いやだぁ! 佐久間に帰ったら、ぼくは、間違えなく……今のぼくでは、無くなる! ぼくが消える!」
『……そういうことか……』
荒野は漠然と、理解した。
傀儡操りの佐久間の社会では……「他の術者を書き換える」というのは、教育であると同時に懲罰……と、して機能している……らしい。
なまじ、三島のいう「ブレイン・ハッキング」についての知識を持つ者にとって……より高度な技の使い手に無理に「自分」を書き換えられることは、屈辱であるのと同時に恐怖、でもあるのだろう。
経験や知識があった方が……自分に施された術、つまり、それまでの自分が、別の存在に、強引書き換えられて行く……様子を、観察することになる……。
「でも、さ……」
荒野は、現象に、いつになく優しい声をかける。
「お前……そうやって書き換えられて、自分が一般人だと思っていた時期もあったんだろう?
その時、いやだったか?」
荒野にしてみれば、一族関係の記憶を強引に封じられて、一般人として生活する……なんて、かなり理想的な境遇だ、とさえ、思ってしまう。茅と知り合う以前なら、羨望さえ、覚えただろう。
「お前は……知らないんだ!」
現象は、自分の肩を抱くようにして、荒野たちに背を向けている。
「……一族としての知識や技、能力のすべてを封じられて……無力な一般人として暮らすことが、どんなに心細いものか……お前らは、知らない!」
「あー……」
荒野は、こめかみの辺りを指先で掻き始めた。
「お前、ひょっとして……一般人やってた時……いじめられっ子、だったのか?」
佐久間現象の背中が、びくり、と大きく震える。
……分かりやすいやつだ……と、荒野は思った。
「……段々、読めてきた……。
佐久間現象・
お前は、一旦、能力や知識や技、つまり一族としての特徴を一切封じられて、一般人社会にほうり込まれた。
佐久間は、多分、念には念を入れて、お前のすべての能力を……一般人平均値から、さらに下回る程度にしか発揮できないよう、暗示をかけられた。
で、その先で……なんかのきっかけがあって……お前は、学校とか家族とかから、疎んじられるようになった。孤立した。
……そんな時に……」
ガス弾を使用した連中が、接触してきたのだろう……。
「……自分たちに協力すれば……お前の、秘められた力を解放してやる……とでも、持ちかけられたんだろう……。
そして、お前は、そいつらとの取引に応じて……喜々として、おれたちを襲撃する準備をはじめた。
いや……。
その前に、取り戻した能力を使って、お前をいじめてきた奴らに復讐する、程度のことは、したのかも知れないな……」
「……荒野……それ、全部、正解……図星なの」
現象の背中を眺めていた茅が、荒野にいった。
「イエス、ノーのニ択程度なら……深く読まなくても、判読できるの……」
荒野は、頷く。
茅に保証されずとも……正解であることは、現象の反応から、容易に推察できた。
「おれ……お前を、佐久間が何故放逐しのか、わかるような気がする……」
現象がそう信じているように、期待していた能力を開花させなかったため……では、ない。
「性格とか、適性の問題だな……。
佐久間までそうなのかどうか、詳しくは知らないけど……おれが知る限り、一族の中では、一族としての能力を、たいした理由もなく一般人に向ける行為は……タブー視されている。
何故だか、わかるか?
頻繁にそんなことをしていれば……おれたち一族の存在が一般人に知れ渡る可能性が、それだけ大きくなるからだ……。
一族の中にも、エゴイスティックなサディストは結構いる。所詮、汚れ仕事を請け負って一般人社会に寄生している身だからな。
けど……そういうアブないやつらも、それでも最低限、そうした嗜好を満足させる時と場合を選ぶだけの分別は、持ち合わせている……。
お前は、どうも……その分別を、どこかで学び忘れたようだな……」
荒野は少し間を置いて、いった。
「聞くだけのことを聞いたら……やはりお前は、佐久間の長の元に返そう……」
佐久間の長が現象の身柄を要求したのは……このような者を出した不始末に対して、責任を感じているから……であるように、荒野には思える。
で、なければ……涼治を通しての、例外的な直接交渉……それも、一晩、という時間的余裕をこちらに与える形で……を申し出てくる理由が、説明できない……。
「あら……今度は逃げませんの?
わたくし、話しを聞いているうちに、この方の膝頭を粉砕したくなったのですけど……」
孫子が、明らかに現象を揶揄する口調で、いった。
「ここでは、やめとけ。床が血で汚れる……」
当の現象は、ソファの上に丸まって、ガタガタ震えている。荒野たちが怖いのではない。現象が盛大に震えはじめたのは、荒野が「佐久間に引き渡す」と明言してからだった。
現象は……「佐久間」に対して、隠しようもない恐怖心を抱いているらしい……。
『これでは……まともな尋問は無理だな……』
そう判断した荒野は、震える現象の背中に、「イエス・ノー」で答えられる質問を浴びせることにした。
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