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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(26)

第六章 「血と技」(26)

 佐久間現象の尋問が一通り終わると、荒野は現象をバスルームに閉じ込めることにした。その際、冷蔵庫にあった果物とか食パンを適当に手渡す。
「……逃げたかったら、逃げてもいいぞ……。おれたちを相手にして逃げきれると思うのなら」
 そういって、荒野は背後にいる茅、楓、孫子を肩でしめす。
「才賀はさっき言った通りだし……茅も楓もおれも、お前に対しては怒りを感じている、ということを忘れるな。お前が無抵抗なら、このままの状態で佐久間に引き渡すが……お前が無駄な抵抗をすると、引き渡すのはお前の死体になる、という可能性も、十分にある……。お前を攻撃したいと思っているのは、才賀だけではないから。
 向うさんは、お前の身柄を要求しているけど、生死までは指定していないということを忘れるな……。
 最後に……」
 荒野は親指と人差し指で摘まんだ、小さな金属片を佐久間現象の顔の前にかざして見せる。
「……これ、一種のセンサーなんだけど……このセンサーから人が離れると、リアルタイムでおれの携帯にそのことを通知する仕掛けになっている。
 これを、バスルームに多数、仕掛けておく。バスルーム内から人がいなくなると、すぐにおれに知らせる。
 バスルームの外のセンサーには、逆に、バスルームから人が出て来くると、おれに知らせるようにセットしてある。
 この中にいるかぎり、水と食料には不自由しないから、後は好きにしてくれ。
 もし逃げることがあったら……おれたちは、手加減なしにお前を追撃する。その途中の事故で、万が一負傷、ないしは死亡したとしても、お前の自業自得だからそのつもりで……。
 さあ、おれたちは、お隣りに暖かい飯を食いにいこう……」
 相変わらず、無言のままの佐久間現象をバスルームに閉じ込めて、荒野は他のみんなを即してマンションから出て行った。

 完全に周囲から人気が絶えると、「糞っ!」とか「畜生!」とかその他聞くに耐えない罵倒雑言がバスルームの中に響いたが、しばらく立つとそれも止んで、しん、と静かになった。

 狩野家の居間に入ると、飯島舞花、柏あんなが台所にたっていて、栗田精一、堺雅史、斎藤遥、徳川篤朗、徳川浅黄が炬燵に入っている。斎藤遥は、居間の隅に置いてあったスケッチブックを広げ、徳川浅黄とお絵かきをしていた。
「その紙、一枚欲しいの……」
 あいさつもそこそこに、スケッチブックから一枚の紙を貰うと、茅はそれを炬燵の天板に置き、浅黄から受け取ったクレヨンを使いはじめる。
 しかし、茅の描き方は、かなり異様だった。
 紙の上から、左右に手を振りながら、所々に点を売っていく。一通り点を打ち終わると、今度は別の色のクレヨンを持って、同じように点を打つ。
 最初のうちはもやもやと不明瞭だったものが、次第に人の顔らしき輪郭を浮かび上がらせて行く……。

「……ただいまーっと……あれ?
 みんな揃って、何してんの?」
 茅が異常な方法で絵を描いているのを、全員で見守っている所に、羽生譲が帰宅してくる。
「茅ちゃん……プロッターみたいな描き方するんだな……。
 で、だれ? この子たち?
 お友達?」
 羽生が帰ってきた時、茅は二枚目の絵に取り掛かっていた。
「お友達には、なれそうもない人たち……なの」
 羽生譲が手に持った紙には、十歳前後の端正な顔立ちの子供が、写実的なタッチで描かれている。写実的な……というより、写真にレタッチ処理をして、無理やりクレヨン画にしたような絵に仕上がっていた。
「佐久間現象を動かし、わたしたちを攻撃してきた……多分、張本人。
 現象の記憶の中で、見つけた映像をハードコピーしているの……」
 そういいながらも、茅は、別の角度からみた同一人物の絵を、同様の手法で何枚か描いてみせた。
「これ……コピーしておいた方が、いいな……」
 次々に出来上がってくる絵を検分しながら、荒野が呟く。
「……あ、うちのスキャナーとか使っていいよ……」
 羽生譲が荒野の言葉に反応すると、楓が、
「あっ! はい!
 今やります!」
 と、描き上がった紙を持って立ち上がる。
「これが……おれたちの、敵なのかぁ……」
 荒野は、茅の手元を覗き込みながら、妙に関心したような声を出した。
 実の所……あまり、実感は沸かないのだが……。
『次に会う時も……同じ姿をしているかなあ……』
 その辺は、あまり自信がない。荒野自身や、茅、ノリの例がある。
 今回、いくらでも追撃が可能であったのに、逃げることを優先したのも……やつら自身の身体が完全に成長仕切るまで、時間的な猶予が欲しかったから……という、理由なのかも知れなかった。
 そうではないと仮定しても……完全にとどめを刺さずに去った、ということは、今回の襲撃は、現時点での荒野たちの実力を推し量るための、いわば、威力偵察的な意味合いが強かったのだろう……。
 その敵が……。
『……テンたちと、だいたい、同じ年頃にみえるな……』
 子供の外観をしている、というのは、荒野にしてみると、かなりやりずらい。
 それでも……自分たちは姿を現さず、佐久間現象やガス弾など、周到な用意をした上で、遠くからこれ以上はない、というほどの悪辣な嫌がらせを荒野たちにしてくれたのは……この、二人なのである。他に、手伝っている者たちも何人かはいるのだろうが……佐久間現象の話から判断する限り、この二人は、かなり中枢に近い部分にいる……。
『そう遠くない将来……』
 こいつらを頭とした一党は、荒野たりと正面からぶつかり合うことになる。彼らがどのような行動原理で動いているのか、現在の時点では判断材料が少なすぎるが……一族、特に荒野の周辺の人々に好意的ではない事だけは、はっきりしている。無関係の第三者を巻き込んでの攻撃も辞さない程なのだから……。
 ……その、本格的な攻撃を開始する時までには……せめて、外見上、自分と同年配に見える程度には、育っていて欲しい……と、荒野は思った。
 そうすれば……安心して、全力で叩き潰せる……。

 そうこうするうちに、三島百合香も狩野家にやってきて、風邪を引いて寝込んでいた香也も居間に呼ばれ、大人数の夕食がはじまった。ちゃんこ鍋というマニアックなメニューで、簡単なレピシを教えて三島が作らせたらしい。
「……この手の鍋は、身体が暖まるし、一度にいろいろな食品がとれるからな」
 とは、三島百合香の弁である。
 あれで一応は、風邪を引いているというこの家の息子を気遣っているらしい。

[つづき]
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