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彼女はくノ一! 第五話 (111)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(111)

 狩野家に着くと、約束どおり荒野は、茅と一緒に冷凍していた余り物のご飯と冷蔵庫にあった適当な食材、それに、乾貝柱などを一緒くたに弱火で煮込んでお粥を作る。その間に、楓と孫子は、掃除だとか洗濯だとかにばたばたと動き回っていた。
 家が広い分、やろうと思えば掃除も際限がないし、病院で預かっていたテンとガクの着替えをどうせ洗うなら、と、たちどころに他の住人の分も汚れ物を集めてくる。これくらいの大所帯になると、たかが家事でも、これでなかなか大変なのであった。

 いい具合に鍋の中身に火が通って来たところで火を止め、玉子を多めに割りいれて、掻きぜ、火を止め、鍋ごと炬燵の上に持っていき、鍋敷きの上に鍋を置く。
 中身が薄い分、あまり満腹感はないかもしれないが、消化はいいし、栄養的にも十分な筈だった。
 荒野は、通りかかった楓に声をかけ、みんなを集めてもらった。孫子と楓、それに、パジャマ姿の香也が、居間に集合し、昼食となる。
 居間に出て来た香也は、若干赤い顔をしていたが、それ以外は平常どおりで、熱も朝よりは下がっている、という。ひきはじめの段階で楓と孫子が手厚すぎるほどの看護を行ったので、あまり重い症状にならないうちに直りかけけている……ように、見受けられた
「……そういや、おれたち夕方からいなくなるけど……香也君の食事はどうするんだ?」
 食事中、荒野がそう水を向けると、孫子と楓が「あっ!」という顔になる。どうやら、考えていなかったらしい……。
「……ご飯は、炊飯器のタイマーをセットしておくとして……何か作り置きしておいて、暖めるだけにしておいた方が、いいですね……。
 羽生さん、遅くなるかも知れませんし……」
 楓が、そう答える。
 続いて、
「そういえば……加納様……。
 替えの制服、あるんですか?」
 と、問い返した。
「……あっ……」
 今度は、香也が絶句する番だった。
 そういえば……学校の制服は、昨日のガス騒動の際に台なしにしたものしか、持っていない……。
「今から、指定の店に買いにいくか……」
 在庫がありさえすれば、すぐに入手できるだろう。
 午後からの説明会には少し遅れて行くことになるが、荒野が多少遅れていっても、説明すべきことは多々ある。特に支障は起こらない筈だった。
「……そうですね……どうせ、明日からも使う訳ですし……」
 楓はそういって頷いたが……今後、生徒たち、あるいはこの町の人々が、こぞって荒野たちの存在を疎ましく思いはじめる……つまり、学校に通学する必要がなくなる……事態になることも、十分に想定できる……ことを、この場にいる誰もが、知っていた。
 知っていたが、その可能性について、あえて口にする者は、誰もいなかった。

 昼食を済ませると、荒野と茅は狩野家を退出し、香也は自室に戻り、楓と孫子は学校に向かう準備をした。
 楓も孫子も……昨日、不本意ながらも正体を暴露してしまった荒野が……今日の説明会には集まって来た生徒たちに、どのように迎え入れられるのか……かなり差し迫った興味を持っている。
 まかり間違えば、明日は我が身……文字どおり、「他人事ではない」のだった。
 楓と孫子は制服に着替え、ほぼ同時に家を出た。しかし、会話はない。ここの所、二人一組で行動する機会が増えており、加えて、昨日の昼間は、香也をはさんであーんなことやらこーんなことやらをさんざんやらかした間柄ではあるが……いや、そのようなことをやった後だからこそ……二人きりになると……気まずい。
「あ、あの……」
 学校に着くまで、ずぅーっと黙り込んでいることに耐え切れなくなった楓が、孫子に語りかける。
 施設育ちの楓は常に身の回りに他人がいる、という環境を当然のこととしている。故に、すぐそばにそばに知り合いがいるのに会話がない状況に、耐性がない。例外は、絵を描いている香也のそばにいる時くらいなものだ。
 こういう時は……とりあえず、当たり障りのない話題……そう思った楓は、
「……き、昨日は雨だったけど……今日は、いいお天気ですね……」
 と、切り出した。
 当たり障りのない……というより、おおよそどうでもいい話題、ではある。が……世間話の糸口なんて、そんなもんだ……という認識が、楓には、ある。
 肩を並べて歩いている孫子は、そう切り出してきた楓の顔をまじまじと見つめた。
 まるで、信楽焼きの狸がいきなりしゃべり出した、とでもいいたげな、珍しいものを見る目で、おおよそ三分ほど楓の顔を眺め、楓が「……自分はなにか……知らず知らずのうちに……とんでもなく無礼なことをいってしまったのではないか……」と、不安に思いはじめた頃、ふと目線を上にそらし、空をみる。
「……そう……確かに、いい天気ですわね……。
 でも、そんなことは、いちいち指摘されなくても、こうして野外を歩いていれば、誰にでも認識できることではありませんの?」
 孫子は、淡々とした口調で、そうのたもうた。

 ……楓は、以後学校に到着するまで、孫子に語りかけることはなかった。
 育ちも性格も異なるこの二人は、香也の存在を抜きにしても、意外にお互いのことを意識しあっているのだが……この時点では、あまりにも歯車が噛み合っていなかった。

「……あ。来た来た……って、あれ?
 カッコいいほうの荒野君兄弟とは、一緒じゃなかったの?」
 二人が学校に到着し、上履きに履き替えていると、玉木玉美に声をかけられた。
「加納様は……昨日の件で駄目になった制服を調達してからこっちに来るとかで、少し遅れるそうです……」
 楓がそう説明すると、玉木も、
「ああ……。
 ……そっかー……」
 と、納得のいった表情で、頷く。
「……まあ、こっちも、うどー君の真面目なレポートとかいろいろあるんで、遅れてくれた方が、かえっていいのか……。
 表向き、今回の説明会は、ボランティア活動の、ということになっているから……荒野君たちのことを最初に決めちゃったら、そっちの方どころじゃあ、なくなるもんな……」
 などと、低く呟く。
「まだ、視聴覚室の方で準備があるから」と差っていく玉木に孫子はついていき、楓の方は、二人とは別れてパソコン実習室に向う。昨日の件もあったし、パソコン部の面々の様子を確認しておきたかった。
 楓が実習室に入ると、画面に見入って何やら作業を行っていた筈の部員たちが目敏く楓の存在に気づき、瞬時に楓は部員たちに取り囲まれる。
「……加納のお兄さんの方がニンジャで……」
「昨日の校庭で……」
「妹さんが説明しかけたけど、途中で中断しちゃって……」
「駅前でも……」
 楓に注目している、というより、昨日の出来事と体験をいまだ消化しきれておらず、その混乱をぶつける矛先として、たまたま昨日、現場にいなかった楓を選んだ……ということらしい。
「……はい! はい!」
 楓の周りに集まって来た生徒たちを一喝して静めたのは、柏あんなだった。
「今、楓ちゃんにそんなこといっても何も変わらないでしょ? もう少しすれば、視聴覚室でちゃんと詳しい説明をしてくれるっていうんだから、それまでおとなしくしてる!」
 そういいながら、柏あんなはパソコン部の部員をかき分け、楓の肩に手を置いて、楓の体を人垣の中から引きずり出す。
「……それよりも!
 作りかけのソフトの方、しっかりやろうよ!
 楓ちゃんと茅ちゃんにばかり頼っていても、しょうがないし……」
 堺雅史は他の部員たちとは違って、楓に近寄るということはなく作業を続行していたのだが……人垣の外から、唐突に、そう声をかけた。
「……加納兄弟は確かに特殊な人たちかも知れないけど……。
 少なくとも、ぼくらには、なにも悪いことをしてこなかったじゃないか! むしろ、危害を加えてくるやつらから……身を呈して守ってくれているじゃないか! みんな、昨日の、みてたでしょ? そういう人たちを……興味本位で話しのネタにするって、間違っているよ!」
 普段、おとなしい堺が一息にまくしたてると、実習室内にいた生徒たちは、しーんと静まり返る。
「それに……あの二人は、ぼくらに、知識もくれたんだ……」
 堺雅史は、茅が注文して、荒野が運び込んだプログラム関係の技術書の山を指さす。それらの技術書は、適当な置き場所がないので、とりあえず、実習室の後ろのスペースに、梱包してきた段ボールを床に敷いただけで、無造作に置かれたままだった。
「ああいう技術とか経験とかは……自分で試行錯誤しなければ、身につかないよ……。
 せっかく、あんなに参考書をいただいたんだから……それを、無駄にしないようにしようよ……。
 昨日の説明、とかはさ……向こうがしてくれる、っていっているんだから……別に、今日明日のうちに、急いで聞きにいく必要ないと思うけど……。
 明日以降も……休み時間にでも、気軽に声をかければ、話せる範囲内で話してくれると思うし……」

 やがて、視聴覚室での説明会が始まる時間になったが、席を立って実習室を出たのは、楓を含めてほんの数人程度だった。

[つづき]
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