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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(28)

第六章 「血と技」(28)

 翌日の日曜日、久々の独り寝であるにも関わらず、荒野は九時過ぎまで熟睡していた。早朝から茅に付き合っている普段より、何時間も余分に寝過ごしていたことになる。目覚めて時刻を確認した荒野は、寝ボケ眼のままキッチンに向かい、冷蔵庫に残っていた有り合わせの食材を適当に調理して、自分でいれたコーヒーで流し込む。自分一人で作って自分一人で食べる食事は、どうしても雑で適当な料理になる……というところまで考えて、バスルームに閉じこめている佐久間現象のことをようやく思い出した。そういえば、今朝はまだトイレにも行ってないし、顔も洗っていない。
 荒野はマグカップを片手にバスルームの扉の前まで移動し、扉をノックする。
「……よう。起きてる?
 メシ、食うか? 食うんなら、用意するけど……」
 寝起きであることに加え、そもそも相手が「招かれざる客」である。別に虐待するつもりもないが、言葉遣いはどうしてもぶっきらぼうになる。
 返事は……昨夜と同様、なかった。
 自分のノートパソコンを立ち上げて、バスルーム周辺に設置したセンサーで集積した情報を確認する。
 呼吸も体温も正常。佐久間現象は……相変わらず、バスルームの隅で蹲っている……。
 無駄な体力の消耗を抑えている……ということから、荒野は、佐久間現象っが、「脱出、ないしは……反撃する機会を伺っている……」と判断し、気を引き締めた。
 相手の心がまだ折れていない以上……一人の時に、不用意に接触するのはよそう、と。

 ゆっくりと冷蔵庫の残り物を片付け、キッチンの流しで簡単に顔を洗っているところに、茅が帰ってきた。茅は着替えだけを手早く済ませると、荒野と一緒に隣の狩野家に引き返す。
 午後から玉木と有働が主体になって行われる説明会があるので、ガクへの見舞いは午前中に済ましておきたい。ガクとテンへは、あれから判明した情報を説明する必要もあり、早めに面会しておきたかった。
 ガクが入院している病院へは、荒野と茅、楓と孫子の四人でいくつもりだった。
 荒野は狩野家でトイレを借り、四人でぞろぞろ歩いて駅の向こう側にあるという、ガクの入院している病院へと向かう。途中、マンドゴドラに寄って、手みやげのケーキを四つほど、包んで貰う。荒野たちは話しが終わればすぐに家に戻るつもりだったので、それだけあれば足りる筈だった。

 入院していたガクは思ったよりは元気そうだったが、同時に、昨日の暴走についても、かなり深刻に悔いているように見えた。
 俯いて涙を流すガクを、テンが遠慮なく叱責する。
 ガクは、自分が生命の危険にさらされれば暴走する体質であることを自覚しながら、自衛のための努力を怠っていた、と。
 それは荒野も指摘しておきたかった所であった……ガクとは付き合いの長いテンの口から容赦ない口調で指摘され、すっかりしょげかえっているガクをみると、逆に元気づけておいた方がいいように思えてきた……。
『……ま……』
 冷静な、時に酷薄に思えるほど的確に状況を判断するテンと、逆に、一時的な感情に捕らわれがちなガク……二人を足して二で割ると、ちょうどいいのにな……と、荒野は思う。
 しかし、そうそううまい具合に行かないのが、現実なのだった。
『自分たちの能力を、悪用しようとしていないだけ、ましか……』
 荒野としては、そう自分に言い聞かせて無理にでも納得するより他ない。
 それから、今夜、佐久間の長からの招待されている件、その場で佐久間現象を引き渡したい、ということも含めて説明し、テンとガクに同意を求め、同席するように誘った。
 佐久間現象については……聞きたいことさえ聞いてしまった今となっては、かえって持てあまし気味だった。佐久間の長が引き取りたいというのなら、それに乗じるのが一番に思えた。
 テンとガクの二人は、現象に引き渡しについては特に異論を挟まず、夕食には二人揃って出席する、と答える。荒野は、そうした場に相応しい服装を、孫子に見繕ってくれるように依頼した。別に盛装する必要はないが……かといって、六主家の重鎮が集まる席に、若輩者の集まりがあまりにラフな服装で出向くのも憚られる。孫子なら、そうしたTPOに合わせた服装をうまく選択してくれるだろう。
 荒野の依頼を快諾した孫子は、その場で携帯電話を取り出したが、テンに病院内で携帯の使用は禁止されている、と指摘され、慌てて病室の外に出て行った。
 入れ替わりに、精密検査をする場所まで送るガクを送る、という三島百合香が入ってきたので、それを機に病院を出た。二人とは、どのみち夕方に再会することになる。詳しい話しは、それ以降でもできるのだった。

 帰りに「どうせ商店街を通るから」と、食材の買い出しもすませる……つもりだったが、こちらに関しては、当てが外れた。
 冷蔵庫の中身が欠乏しはじめてきたからだが……晴天の日曜日ということもあり、ゴシック・ロリータのイベントとの相乗効果で、まだ昼前だというのに、商店街は予想外に混み合っていて、人混みをかき分けて歩くのに、思いの外時間を取られた。今日はこれから、学校での説明会、佐久間の長、その他ゲストとの会食……と、予定が詰まっているので、軽く話し合って、最低限の買い物だけを済ませ、足早に帰路につく。学校に向かう前に、昼食も、用意しなければならない。
 商店街から出てしばらく行った所で、荒野は佐久間現象の分の食事を一切考慮していなかった事に気づき、慌てて途中でコンビニに立ち寄って、適当に弁当を購入した。思い返してみれば、現象には昨夜、適当に冷蔵庫の中の食料を手渡しただけで、今朝も食事を出していない。一日や二日食べなくても死にやしないだろうが、うまく話がまとまれば、現象は今夜にでも佐久間に引き渡されるわけで、その先で、荒野たちが捕虜となった現象を虐待した……などという風評を立てられるのも不本意だった。

 家路を辿る途中で、楓に「制服はどうするのか?」と指摘された。
 指摘されて初めて……荒野は、昨日、ガスを浴びた時に着ていたものしか、制服を持っていなかったことに思い当たる。上着は、ガス弾をくるんで川に放り込んだままだし、下とワイシャツは、ガスの成分分析をしたい、と申し出た徳川篤朗に預けたままだった。
 早めに昼食を済ませ、学校の制服上下も、新たに調達しなければいけないようだった……。
『……説明会には、確実に遅れるな……』
 別に出欠を取られるわけではないのだが……自分が大きな役割を果たす筈の会合に遅れていく……というのも、荒野にしてみれば、歯がゆい所があった。
 自分たちの存在がなければ、玉木や有働もボランティア活動がどうこう、ということははじめなかった筈であり……もちろん、二人にしろ徳川篤朗や放送部員たちにしろ、面白がって自発的にやっていること、なのではあるのだが……それでも、根本の契機は、荒野たちが、この町に来たこと……なのは、動かせない事実である。
『そういうこと……今、考えても、しかたがないか……』
 狩野家について昼食の準備を開始する頃には、荒野は、そう割り切っていた。

 元々症状の重くなかった香也の風邪は、かなり快方に向かっており、その香也を含めた五人で昼食を摂った後、茅と二人で一旦マンションに帰り、茅は制服に着替えはじめた。
 バスルームの扉を開けると、現象はうろんな目つきで荒野を睨んだ。
 荒野は平然と、
「腹減ったら、これ食え」
 とだけいって、袋のままコンビニ弁当を投げ入れ、そのまま扉を閉める。
 扉を閉めてから、
「おれたち、これからまた外出するけど、まだセンサーは生きているからな。
 しばらくじっとしておいた方が、身のためだぞ」
 と念を押しておいた。
 例によって、現象は、返事をしなかった。

[つづき]
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