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彼女はくノ一! 第五話 (112)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(112)

 実習室から楓についてきたのは、柏あんなと斉藤遙を含む数名、だった。

「わたしが残っていても、やることないし……」
 柏あんなは、肩をすくめて、そういう。どことなく、釈然としていない様子で、すっきりとしていない表情をしていた。
「差別とか、そういうのじゃないけど……わからないまま、というのは、もっと恐いし……」

「……いやぁー……面白くなってきましたねー」
 斉藤遙は、柏あんなとは対照的に、晴れやかな顔をしている。
「謎の転校生に、本当に秘密があったとは……。
 なんか、現実離れした展開ですよ?」
 一見、興味本位な発言をする割に、斉藤遙は、真面目な表情をしていた。

 そんな二人と並んで歩く楓の心中は、複雑である。
 養成所で育った楓は、実のところ、今になっても「一般人」と「一族の関係者」の差異を、あまり実感できないでいる。以前から何度か荒野に「目立つような真似をするな」と諭されても、イマイチ、自身の言動に対する注意が散漫になりがちなのは、楓の認識の甘さによるところが大きい。
 確かに、身体能力的には、雲泥の差があるのだろうが……一般人だって、結構、個人差が大きい。例えば、日頃から体を動かしている柏あんなと、インドア系の堺雅史とでは、性差を考慮しても柏あんなの方が、筋力と反応速度、両面において優れていると思う……。

「そういえば……楓ちゃんも、あの人たちの関係者なんでしょ?」
 柏あんなは、声を潜めて楓に囁きかける。
 柏あんなの中では、昨日の話の内容は、あまり実感を伴っていないし、チラリと見ただけの、映像の中の忍装束と、今、目の前にいる楓は、結びついていない。
「ええ、まあ……。
 詳しいことは、今の時点では話せませんが……」
 楓も、言葉を濁す。
 楓の正体がはっきり知れる時は、いずれくるのであろうが……今の時点では、なるべく伏せておけ……と、昨夜、いわれている。
「……わたしも、あんまり聞きたくないけど……。
 そうだよね、同じ時期にこの町に来て、一緒に転入してきたんだから……全くの偶然、っていう方が、都合良すぎるよね……」
「……いや、そのあたりは、将来のサプライズということで、伏せたままにしておきましょう……」
 斉藤遙は、にこやかにそういった。
 楓としては、
「……はぁ……」
 と頷くよりほか、ない。
 楓は、今一緒に歩いている三人を、奇妙な組み合わせだ……と、思った。

 視聴覚室は、楓の予想を越えた盛況で、人で溢れていた。出入り口から、人があふれ出ている。
「楓ちゃん、こっちこっち!」
 どうしようかと廊下で立ちすくんでいると、顔見知りの女生徒たちに手招きされた。
「……ちょっと、あんたたち!
 この人たちは関係者なんだから、道開けなさいよ!」
 同じクラスの、牧野さんと矢島さんは、無理矢理人混みをかき分けて、楓たちを手招きする。
 意外に、強引だったが、かき分けられた方の生徒たちも、楓の顔をみると納得したように頷いて、後ずさった。
 そうして、なんとか視聴覚室に入る。
「……うわぁー……」
 楓たちは、中の混雑を目の当たりにし、揃って間延びした声を上げた。
 視聴覚室の座席が全て埋まっているのはもちろんだが、通路にまでぎっしりと折りたたみ椅子が並べられ、さらに、立ち見の生徒たちまでいる。
「立錐の余地もない」とは、このような状態を指すのか……と、楓たちは実感した。学年もクラスもまちまちだったが……人数的に、二クラス分以上の生徒たちが……下手すれば、三桁に届きそうな人数が、来ている……。
 前の方には、荒野のクラスの担任である大清水先生と、楓たちのクラスの担任である岩崎先生が並んで座っていて、有働勇作となにやら話している。有働勇作はこちらに背を向けていたが、背が高く、背中が他の男子生徒と比較して一回り大きいので、顔を見なくても判別が出来る。
 この学校で百八十オーバーの生徒は、男子なら有働、女子なら飯島舞花くらいしか思いつかない。
「……あーっ!」
 有働の隣にいた女生徒が、いきなり大声を大声を出して、楓の方を指さした。玉木珠美、だ。
「楓ちゃん、こっちこっち!
 カッコいいこーや君たちがくるまで、ちょっと前に出てきて!」
 玉木に名指しで手招きされ、視聴覚室にいた生徒全員の注目を浴び、楓は少しビビリつつも前の方に移動する。楓が移動するにつれて、周囲の生徒たちが道を開けてくれた。てっきり楓の後をついてくるとばかり思った柏あんなや斉藤遙は、楓が前進するのを、手を振って見送っている。
 はっきりいって、薄情だ……と、楓は思った。

「なにか……お手伝いすること、ありますか?」
 玉木に手招きされるまま、注目を浴びながら視聴覚室の前に出た楓は、なるべく不機嫌さを声に出さないよう、気をつけながら、そう尋ねる。
「別にないけど……とりあえず、ここに、座っておいて。
 楓ちゃんは、見た目もいいから、飾り……」
 玉木は忙しなくそういって、すぐに楓に背をむけ、マイクを弄りはじめる。
「……すいませんねー。いつも強引で……」
 そういって楓に頭を下げるのは、有働である。
「……いいですけど、別に……」
 有働の方に目を向けた拍子に、有働と話していた先生方と目があったので目礼する。
 大清水先生はいつもの通り、むっつりとした表情のまま軽く頭を下げただけだったが、楓の担任である岩崎先生は、尋ねてもいないのに、
「……大清水先生に、来ておいた方がいいって誘われたもので……」
 などと説明してくれる。
「でも……予想以上に、人が来てますね……」
 楓は小声で、有働勇作に尋ねた。
「……ええ……。
 なんか、口コミで、予想以上にあつまっちゃって……」
 有働はそういって、楓にだけ見えるようにそっと指でさしながら、
「……あそこの女子たちが、加納君のファンで、あそこにいるのが調理研、あっちに固まっているのが、文芸部関係の茅さんの知り合いで……」
 などと、小声で教えてくれる。

 楓も、荒野もあまり意識したことはなかったが……自分たちは、予想を越えて、この学校の生徒たちの興味を引いていたらしい……。

「……あーあー。マイクのテスト中……。
 遠くの方にいる人、聞こえますかぁ? なんか、廊下にまではみ出す盛況のようですが、本日は賑々しくご来場くださり、ありがとうございます……」
 玉木が、どこまで本気で言っているのか判断しかねる口調で、マイクテストを兼ねた挨拶を行った。
「……ええ。
 本日の主役である加納兄弟は、都合に少々遅れるようですが、時間になりましたので、そろそろ開始したいと思います。
 皆様のほとんどは、昨日あった、学校での出来事の噂を聞きつけて、この場に駆けつけたのだと予測しますが、その話題については、しばらくお待ちください。
 その前に、現在、放送部とパソコン部有志による、この町の不法投棄ゴミについての調査の、中間報告をさせていただきたいと思います。
 というか、むしろこの説明会の本題はこっちなので、興味のない方は、席を立って廊下で聞いている人にスペースを譲ってあげてください……」

[つづき]
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