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彼女はくノ一! 第五話 (117)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(117)

「……そういや、そろそろ進路の話しなんかも出てくる時期だけど、カッコいいこーや君はどうするの?」
 大清水先生の言葉が誘い水になったのか、帰り道、そんな話題になる。
「ニンジャの専門学校、とかあるの?」
「……あるかよ、そんなもん……」
 荒野は苦笑いする。
「ニンジャの専門学校」に一番近いのは、幼少時、同じ年頃の一族の子供たちが集められ、一年近く続けられたキャンプだろう。あの時に、基本的な技が大体たたき込まれた。
「……まだ、ここに居続けられるかどうかもはっきりしないのに……進路もなにもないだろう……。
 そういう玉木はどうなんだ? はやり、進学高狙いなのか?」
 どこまで本気でいっているのか分からないが、玉木は「キー局の女子アナ志望」を公言している。だとすれば、最低限、学歴は必要であるし、それ以外の競争も激しい筈だった。
「……一応、志望は……。
 まだまだ頑張らないといけないんだけど……」
 玉木の顔はひきつっていた。
「……そこいくと、もう軌道にのっている自営業のトクツー君、成績優秀で進学先よりどりみどりの有働君は、気楽でいいよな……」
 名前が上がっている有働と徳川は、帰る方向が違うから、この場にはいない。
「……玉木も、もっと勉強しろよ……」
 荒野は、無難にそういう。やればやっただけ、成果があがる世界ではある。
「……あのー……」
 楓が、おずおずと切り出す。
「どうせなら、また、勉強会みたいなのをやっては……。
 年末みたいに……」
「……あー……それは、いいな……。
 ボランティアの参加者も、それが原因で成績が下がった、とかいったら外聞が悪いし……人数が膨れ上がる分、今度は学校の教室が使えるし……」
 荒野は、楓の提案に頷く。
 学校側も、放課後に生徒が自発的に集まって自習するのを、止めやしないだろう。
「それ、やるのなら、茅も手伝うの」
 完璧な記憶力を持つ茅は、いわば、人間あんちょこともいうべき存在だ。
 このような局面では、さぞや重宝されることだろう。
 そんなことを話している間に商店街の端についたので玉木と別れる。
「……さて、今夜は、これから……」
 玉木と別れたことで、荒野は思考を切り替える。
 今夜は……一族の重鎮との、会談がある。名目上は、荒野たちが確保した佐久間現象の身柄を引き渡すことが目的だが……実質的には、現象を裏で操っていた襲撃者たちの、対策会議だろう……と、荒野は推察している。
 考えに沈む荒野に、孫子が、「着替えたら、家にくるように」と声をかけた。
「……服?」
 そういえば、午前中にそんなことを、孫子に頼んだような気もする。
「ああ……あれか……。
 で、これからみんなで、服屋にでも行くのか?」
「まさか……。
 服屋の方が、こっちに来きますの。もう近くに待機しています。連絡をいれれば、五分もしないうちにこっちに到着しますわ。
 大ざっぱなオーダーは出しておきましたから、後は細かい部分の寸法を体に合わせるだけですわね……。
 本当は時間があった方がいい仕事ができるのですが、今回は急に決まった会合ですからしかたありませんわ……」

 孫子の言葉どおり、電話をいれると、いくらもしないうちに、慇懃な物腰の男女が車で玄関口に乗りつけ、慌ただしくミシンとか布地とか道具類を家の中に入れはじめた。
 炬燵に入ってくつろいでいたテンとガクが、何事かと目を丸くしている。
「……最初は、この二人の分を、お願い」
「かしこまりました、お嬢様」
 渋いおっさんが孫子に恭しく頭を下げる、合図すると、数人が二人の体を抱えて、襖で仕切られた向こう側へと連れていかれる。
「……わっ! ちょっと!」
「くすぐったい!」
 テンとガクの声が聞こえる。
「裁縫に必要な寸法をとらせていただいているだけですので、ご心配には及びません……」
 何事かと……と、棒立ちになっている楓に向かって、孫子に頭を下げていた渋いおじさんが、名刺を差し出した。
「お初にお目にかかります。わたくし、才賀家の家政全般を取り仕切っている渋谷と申します」
 渋谷の名刺には「才賀家執事頭」という肩書が印刷されていた。

 やがて、ガクが解放され、居間に戻ってくる。
 どことなく、虚脱した様子だった。
「どう……だった?」
「ボクは、包帯が目立たないよう……今回は、メンズだって……。
 って、今気づいたけど、今回はってなんだよ! 今回は、って! 次回もありなの!
 ……あっ……テンはドレスだから、体に布を巻き付けてその場で鋏をいれている……。
 知らなかった……お洋服って、こういうふうに作るんだね……」
 今回のはかなり極端な例だと思う……と、楓は思った。
「……そちらの……楓様、でしたな。
 楓様も、準備が出来次第、採寸させていただきたく思います……」
「いっ……今、着替えて来ます!」
 楓は一度直立不動になって、それから自室に戻る。
 学校の制服を着たままだった。
 それにしても……年上の男性に「様」付けで呼ばれ、恭しく扱われることが、こんなにも落ち着かないものだとは……。

 楓が着替えている間に、荒野と茅が到着していた。
 とはいえ、茅の姿は居間にはない。
 ガクの場合と同様、荒野も早々に解放されたが、茅はまだ職人たちにつきあわされている。
 孫子は、どことなく生き生きとした様子で、テーラーたちの仕事ぶりを監督していた。時折、作業を中断させ、短く指示を出したりしている。
 孫子のサイズについては、この場に来ているテーラーならば熟知しているので、いまさら計る必要もない、ということだった。
「……才賀家御用達し、ってやつか……」
「あのおじさん……執事さんだそうです……さっき、名刺貰いました……」
「羊さん? あの、孫子おねーちゃんの家来さん、羊なんだ……」
「羊ではなく、執事だろ。英語で言うと、バトラー……」
 荒野、楓、ガクは炬燵に入って額を集め、なんとなく小声でそんな会話を交わしている。

 いくらもしないうちに、テンと茅が、ドレス姿で居間に戻って来る。いわゆる、イブニングドレス、というやつで……純和風のこの家の居間には、似つかわしくはなかったが……どちらも、似合っていた。
「……殿方の分もできたそうでございます……。
 あちらで、御召し替えを……」
 羊ではなく執事の渋谷さんが、やはり恭しく荒野とガクに一礼する。
「……ボク、殿方ではないんだけど……」
「メンズ、ってこったろ……いいから、さっさと着替えろ……」
 ぶつくさいいながら、二人は別々の襖の向こうに消えた。
「さ。次は、楓様の番でございます……」

「……んー……」
 と唸りながら、どてら姿の香也が居間に姿を現した。そして、居間周辺をしげしげと見回し、
「……コスプレ大会?」
 と、印象を述べて首を傾げる。
 どうやら、いつにない騒がしさを不審に思って、様子を見に来たらしい。
「……おにいちゃんだー!」
 といいながら、ドレス姿のテンが香也の首に抱きつく。
「あっ! テン! ずるい! じゃあ、ボクも!」
 いつの間にか着替え終わったガクも、背後から香也に抱き着く。
 ガクは、紺色のタキシード姿のだった。
 前後からいきなり余分な負荷をかけられた香也は、すぐによろめてしりもちをついた。
 それでも横から香也の首に抱きつき続けるテンとガクは。
「……あなたがた……」
 いつの間にか、孫子が真っ正面に仁王立ちになっていた。
「香也様が、ご病気だということ……分かっているのかしら……」
 孫子の顔は、見事に引きつっていた。
「……えー!
 だって……ほら、熱、ないよ! もう!」
 テンは、これ見よがしに、香也と頬っぺた同士を密着させていう。なにげに、香也の肩のあたりに自分の胸をすりつけていた。
 無邪気さを装って、意外に強引なのであった。
「……熱、ないし……ボクら、一晩、お兄ちゃんにあわなかったし……それに、一晩あわないうちに……お兄ちゃんから、へんな匂いがするようになっているし……」
 ガクの言葉は、後半にいくにしたがって、小さくなっていった。
「……ボクの匂いだって、お兄ちゃんにつけちゃうんだもんね!」
 上目使いに孫子を睨みながらそういって、ガクは香也に体を密着させる。

[つづき]
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