第六章 「血と技」(34)
テンが光沢のあるイブニングドレス着ていなければ、ミシンにかぶりつきになっている、という状態もあまり不自然ではなかったのだろうが……。
『……なんか、すっげえ違和感……』
純日本風の居間に炬燵、茅とガクはどうやらシルクらしいドレス姿、テンはミシンにかぶりつきで、その他の三人は炬燵に入っている。
唯一、生き生きとしているのは孫子くらいなもので、孫子は職人たちの手元を見ては、細かい指示を与えている。荒野にはとくわからない世界だが、服装に関しては、孫子なりのこだわりというものがあるのだろう。
やがて、奥に引っ込んでいた楓が出てきた……と思ったら、すぐに取っ捕まって、採寸に連れて行かれた。
しばらくすると、荒野とガクの分ができた、といわれ、別室で着替える。
「これは……」
手渡された衣装は、タキシードだった。
それも、純白の……。
「やり過ぎなんじゃあ、ないか……これ……」
ぶつくさ言いながらも、荒野は着替える。孫子のため……というよりは、ここまで出向いて来たテイラーさんたちの手前、文句をいうのも自粛した。
着替えて居間に戻ると、パジャマにどてら姿の香也が、ドレス姿のテンと、紺色のタキシードのガクに絡み付かれているところだった。
荒野が止めには入ろうとする前に……。
「……なにやっているですか?」
やはりドレスに着替えていた楓が、明らかに怒った表情で、仁王立ちになっていた。
楓はオレンジ色のドレスで、こうして立っていると起伏の激しい身体のラインを、ドレスの柔らかい布地がいい具合に隠している。
楓の声を聞いた途端、香也に取りついていたガクとテンがぴょこんと香也から飛び離れ、その場で正座し、「いえ、別に、何も」と、平坦な口調でいいながら、ぶんぶんと頭を左右に振る。
以前の何回かの衝突の末、二人は、「楓には逆らわない方がいい」ということを、かなり深い部分で学習している。
「香也様はご病気なのです。風邪がうつるから、あまりくっつかない方がいいのです」
楓が続けると、ガクとテンは、
「「はい! わかりましたぁ!」」
と、声を揃えた。
一部始終を目撃した荒野は、
『……なんだかなぁ……』
と思う。
楓が三人組に対する抑止力として機能しているのは歓迎すべきことなのだろうが……それとは別に……なんだかなぁ……。
試着後の微妙な調整も終わり、才賀家の執事さん率いるテーラー軍団が来た時と同様、ばたばたと一斉に帰って行くと、今度は入れ替わりに羽生譲が帰って来た。
「……おおー。なんだなんだ……」
荒野たちの格好をみた羽生譲は、目を剥いて驚きの表情を浮かべた。
「……これから舞踏会でもはじまるのか?」
「……いえ、どちらかというと……親類の集まりみたいなもんなんですが……才賀に服装の準備頼んだら、こんなんしちゃって……」
そういって、炬燵に入った荒野は、軽く手を広げて自分のタキシードを見せる。
「ま、みんな似合っているからいいけど……。
親類みたいなっていうと、ニンジャの関係?」
「ええ……うちら一族のお偉方と、これからお食事っていうこってす……」
「そうか……みんな、これから出かけるのか……。
せっかく、玉木さん家から、牡蛎仕入れて来たのに……」
どうやら、夕食用に買って来たらしい。
「……すいません。
食材が余りそうなら……飯島とか、三島先生あたり呼ぶといいっすよ」
「……そーだねー……。
でも、牡蛎は、どうするかな……鍋は昨日やったし……」
「香也君の風邪、まだ直りきってないし、豪華な鍋焼きうどんなんてどうですか?」
「……牡蛎鍋うどんか……麺は……あったかな……先生にひとっ走り買って来て貰うか……」
そんな会話の合間にも、香也はスケッチブックを取り出して、鉛筆を走らせている。もうだいぶ体調が復調して来た、ということもあるし、珍しい格好をしている同居人たちをみると、どうしても描きたい、という気分になってしまうようだ。
昨日の昼頃から筆をとっていないので、フラストレーションが溜まっている、ということもあった。
「……さて……」
しばらくして、荒野が腰を上げた。
「……そろそろ迎えの車がくる時間なんで、ちょっと荷物取って来ます」
「……荷物?」
「今日の、取引材料」
佐久間現象の身柄、だった。
念のため、楓と孫子を連れていくつもりだったが、ガクとテンもついて来た。
「なんだ……やはり、引き渡す前に聞きたいことあるのか?」
「ううん。別に」
「ただ、どんな顔をしているのか、見ておきたかっただけ」
現象の顔を、直に確認したかったらしい。
「現象! 入り口を、開るぞ!」
マンションに入り、電灯をつけ、全員で入り口を固めて、バスルームの扉を開る。
現象は浴室に隅に目を閉じてすわっていたが、荒野が入って行くとジロリと白目がちの目を見開いて、睨んだ。
「立て……。
お前を、移送する。
針を使わせてもらうぞ……」
佐久間現象は荒野に逆らう事なく立ち上がった。
「……そのまま、前にでろ」
現象が何歩か歩いたところで、荒野は素早く現象のうなじに針を差し込む。
全身の力が抜け、倒れ込む現象の体に後ろから腕を回し、抱え、そのまま前に回り、肩にかついだ。
「……さて、いくか……」
荒野が、なんでもないようにいって、同行者たちを促す。
「こいつ……かのうこうやのこと、一瞬いやな目でみたね……」
ガクが、いう。
「ああ……。
こいつの中では、今は雌伏期間なんだろう。
将来自由になったら、復讐にくるかもな……」
「……それって、逆恨みなんじゃあ……」
テンが、尋ねる。
「こいつが襲って来たのを、撃退したって聞いているけど……」
「こいつにとっては……そういう理屈はどうでもいいんだろう。どんな理由があろうが、自分に都合の悪いことを強要してくるやつ、楯突くやつは、すべて敵……そういう、思考回路の持ち主は意外に多い……」
「一族の中にも?」
「一族の中には、そういうのは少ないなあ……。実力差の幅がある社会だから、そういう身の程知らずはいたとしてもすぐに淘汰される。
そういう心性が多いのは……どちらかというと、一般人の方だ……」
荒野は、テンとガクに、丁寧に説明する。
島育ちで、あまり他人というものを知らない三人組は、こういう解説が必要な場合もある。
「……一族に多いのは、自分よりも強いものには媚びへつらい、弱いものにはやたら威勢のいい……小者タイプのサディストだ。
この現象は……実力差がある相手にでも、玉砕覚悟で向かっていく……」
なにせ、佐久間と二宮の顔に平然と泥を塗るような真似をするやつだ。
「こいつの性格も、やったことも……到底認めることはできないけど……度胸と図々しさだけは、たいしたもんだと思うよ……」
荒野が佐久間現象をかついでマンションの下に降りると、ちょうど迎えのハイヤーが到着したところだった。人数が多くなることはあらかじめ伝えておいたので、このような庶民的な土地には似つかわしくないリムジンが二台、連なっている。
その二大に分乗して、荒野たちは六主家の重鎮たちが待ち構えている会食の場へと向かった。
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つづき]
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