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彼女はくノ一! 第五話 (120)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(120)

 山中の狭い道をいくらかいった所で、楓たちが乗ったリムジンが止まる。
 他に建物は見当たらなかったから、あのこじんまりとしたコテージ風の建物が目的地なのだろう、と、楓は見当をつけた。
 運転手が外に出る前に、外に居たスーツ姿の人影が、ドアを明けてくれる。先に出た荒野が、出迎えた人となにやら話し合っていた。
 暴走したガクを取り押さえる時、短いやり取りをした人だ……と思い、楓が近寄って挨拶しようとすると、その人に手で制される。
「そういや、あんときは名乗りあってもいなかったか……。
 ま、中に入れば、そのうち自己紹介大会もあるだろう。それまで待っとくんだな、お嬢ちゃんたち……」
 そういって、その男は、太い笑みを浮かべる。
「お嬢ちゃんたち」と、複数形なのは、後続のリムジンに乗っていたテンとガクが楓のすぐ後ろにまで来ていからだ。
 テンとガクも、楓と同様、出迎えの男に声を掛けようとして、出鼻を挫かれた形である。
 ひょっとしたら……この間のことを、照れ臭いと思っているのかも、知れない……と、楓は思った。
 テンとガクにしてみれば、男に礼の一つも言いたい筈で……おそらく、男は、面と向かって他人に感謝されることに慣れていないのだろう……と、楓は推測する。
 胸もぶ厚いし、顔の造作も全体的に大作りな人だった。
 荒野はその人を「とねりさん」と呼んでいた。それに、この間、テンと話していた内容は、その場にいた楓にも聞こえていた。
『……二宮の、とねりさん……』
 と、楓はその男の名を記憶する。
 そして、
『……とねり、って、どういう字を書くんだろう?』
 とも、思う。

 二宮舎人は、楓と茅がリムジンから降りると、車内に残っていた佐久間現象の体を肩にかつぎ、荒野たち一行を先導する。
 そして、ホテルに入った所で、荒野がいきなり誰かに抱きすくめられた。
「……こぉぉぉやくぅぅぅん……」
 いや、誰か、はないか……人目を気に掛けず、いきなりこんなことをする人は、一人くらいしか思い当たらない。
 二宮荒神……二宮の長であり、荒野の叔父。楓の師匠でも、ある。
 荒神がこの場にいることは、その地位を考えれば別段不思議でもなんでもなかったが……驚いたのは、その「最強」の荒神に、いきなり攻撃を仕掛けて来た物がいたことだ。
 それも、かなりマジモードの殺気を放ちながら……その割に、標的にされた荒神の方はのほほんと受け流して、まるでダメージはなかったが。
 みると、荒神の抱擁からから解放された荒野は、げんなりとした表情をして、成り行きを生暖かく見守っていた。
 その時の荒野の表情を翻訳して言語化するなら、「……またか……」か、あるいは、「……やれやれ……」といった感じだ。
 荒野の表情を確認し、楓は、
『……この二人は……これが、常態なんだな……』
 と納得する。
 やがてその「常態」が一段落した所で、当の荒神がその女性を、「二宮のナンバー2だ」と紹介してくれた。本来なら荒神がやらねばならない組織維持に必要な作業を、その人がやってくれている、と、説明される。
 メンズスーツをきっちりと着こなしている「二宮のナンバー2」さんは、「なかおみ」という名であるらしい。
 この人の名前についても、楓はやはり、
『……どういう字を書くんだろう……』
 と、思った。
 楓には、古典や日本史の素養があまりなかった。

 二宮中臣を紹介をおとなしく聞いている楓に、背後からいきなり抱きすくめ、胸を揉みしだく者がいた。
 あまりにも突然、だったので、楓は、思わず、「うきゃぁ!」とか「なにするですか!」という奇声を発してしまう。せっかくあつらえたばかりドレスを決めているというのに、この扱いはなんですか、などと思ってしまう。
 楓は肘を背後に振って、後ろから抱きついて来た不埓者を成敗しようとするのだが、その不埓者は楓の動きを完全に読んでいるようで、機敏に楓の攻撃を躱しながら「ぷりんちゃーん!」などと叫んでいる。さらにもにゅもにゅ、わしゃわしゃと、しっかり楓の乳房を鷲掴みにした指が、蠢く。
 肘を振り回す拍子に、「うひょひょ」とかいながら、背後から抱きついている人の顔や頭がちらりと見える。
 丸い輪郭の頭部には、見事に頭髪がない。代わりに、顔の下半分は、白い髭に覆われている。
 それに、背中に押し付けられているお腹の感触から、
『……体も顔も、丸っこいお爺さん……』
 と判断する。
「なんなんですか! このエロ達磨は!
 近寄って来たの、全然分からなかったし!」
 動揺し、その「エロ達磨」を振り払おうとしながら、楓はそんな叫び声をあげる。ほとんど、悲鳴に近かった。
 楓の「気配を読む感覚」の鋭敏さは、荒野と荒神の折り紙付きである。
 実はこの少し前に、荒野が「エロ達磨」の正体について解説しているのだが、動揺している楓の耳には入っていない。
 結局、「エロ達磨」から楓を解放してくれたのは、紹介されたばかりの二宮中臣だった。
 中臣は、長い足を高々と上げ、立て続けに「エロ達磨」の頭上に踵を落とす。
 脳を揺さぶられ、楓を抱きすくめる腕の力が緩んだことで、ようやく楓は「エロ達磨」の腕から逃れることができた。
 素早く、荒野の後ろに隠れる。
 ちらりと孫子、テン、ガクを確認すると、遠巻きにしてみていた。その表情は、呆れ返っているようにも、下手に介入してとばっちりを受けたくない、といっているようにも、みえる。
『……はくじょうものー!』
 と、楓は思った。
「エロ達磨」が真っ先に楓を襲ったのは、楓の胸を揉みしだきながら「ぷりんちゃーん」などと腑抜けた声を上げていたことからみても、楓の胸が、その場にいた女性の中で一番「揉み甲斐」があったからであろう……。
 こうしてセクハラの標的にされやすくなるのだから、胸が大きいのも善し悪しである……と、楓は思った。
「……貴女様が、長の新しいお弟子さんですか。お噂はかねがね……。
 あの老害垂れ流し達磨のことは、一族全体の恥ですからどうかお気になさらず……」
 気づくと、「なかおみ」さんが、淡々と楓に話しかけていた。
 口調と態度は淡々とした者だったが、つい先程までその「老害」に思うさま暴力を振るっていたことを考えると……この人も、案外……。
『……この人だけは、怒らせないようにしよう……』
 と、楓は決心する。
 賢明な判断、といえた。

[つづき]
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