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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(48)

第六章 「血と技」(48)

 前夜、就寝したのがかなり遅れたのにもかかわらず、翌朝も茅はいつもと同じ時間に起き、荒野はそれにつき合った。当初はすぐに飽きるだろう、くらいに予想していた茅の体力造りは、今では日課としてしっかり定着している。
 マンションの前でストレッチをしている所で、これまたいつものようにトレーニングウェア姿のテンとガクが合流してくる。
 合流するなり、ガクが鼻をひくつかせてから、胸をそれし、
「……ふっ……昨日は、二回か……」
 などと呟いた。
 何故か、余裕ぶった態度に見えた。
「……お前なあ……朝っぱらの出会い頭に、人がやった回数をいちいち指摘してするなよ……」
「……飯島のおねーちゃんや柏のおねーちゃんは、挨拶代わりに回数自慢しているじゃんかよ……」
 荒野がムッとした顔をしてそういうと、ガクが唇を尖らせた。
「……おれは、あいつらほど恥を捨ててない……」
 荒野は憮然として、そう答えた。
「お前も少しは恥じらいというものを学習しろ」
「……ふふん……」
 ガクは、荒野の顔をまじまじと見て、それから、鼻で笑った。
「ボクたちだって、いつまでも子供じゃないもんね……」
 それまでとは違い、やけに余裕がある……ガクの態度に、荒野は不審を憶えた。
「……昨夜……あれから、何か……あったのか?」
 怪訝そうな顔をして、荒野が改めて問いただす。
 昨夜、あれから……とはいっても、帰ってきた時間がかなり遅かったし……。
「昨夜、っていうか、今朝……ついさっき、なんだけどね……」
 ついさっき……となると、家の中で……何が……。
 という所まで考えて、荒野は、ハッとあることに気づく。
「狩野家の中」で「もう子供ではない」……となると……。
「まさか、お前……香也君でも襲ったのか?」
 楓の例を知っている荒野は、ついついそっちの方の発想をしてしまう。
「……やだなぁ……襲っただなんて……」
 ガクは、はにかんだ顔をして頭を掻く。
「……おにーちゃんは共有財産なんだから、乱暴に扱うわけないじゃないか……。
 ただちょっと、一緒にお風呂に入ってせーえき飲ませて貰っただけで……」
「うん。全然、無理矢理、じゃあないよ。
 おにーちゃん、ちゃんと嫌がってなかったし……」
 テンが、ガクの言葉に続ける。
「……ガクと二人で舐めてたら、びゅーっと勢いよく出てきてね……。
 それで、ガクと二人でね、零さないように慌てて口で塞いで、舐めあげたんだ……」
「変な味でおいしくなかったけど……すっごくおにーちゃんーっ、て、匂いがしてた……」
 無邪気な様子で交互にそういう二人を前にし、荒野は口をぱくつかせるばかりだった。いいたいことは山ほどあったが……どのように伝えたらいいのか……荒野は、他人に教えを垂れるほど、性教育の知識が豊富なわけではない。
 第一、医学的な知識なら、二人とも十分に施されているだろう……。
 二人に不足しているのは……もっと情緒的な、男女関係の機微……に関する、判断力であり……。
 荒野は狼狽して、あたりを見渡し、
「……茅!」
 結局、茅に助けを求めた。
「こいつらになんかいってやれ!
 ほっとくとこいつら、どんどん価値観が歪んでいって……社会生活不適合者になっちまうぞ!」
「……テン、ガク……」
 それまで淡々とストレッチを続けていた茅が、初めて口を開く。
「嫌がっていないだけでは、駄目なの……。
 本当に、好き同士でなければ……そういうことは、してはいけないの……」
「……えー……」
 ガクが、不満そうな声をあげる。
「じゃあ……おにーちゃん……楓おねーちゃんと孫子おねーちゃん……両方と、本当に好き同士なの?」
「……おま……滅多なこというなよ。
 彼があの二人に言い寄られているのは知っているけど、応じては……」
 荒野は、自信なさそうな声で反駁した。
「……いたよ……一昨日の、昼間……。
 三人で、何度も何度も……」
「ガクの鼻は、誤魔化せないから……」
 ガクとテンは、荒野とは対照的に、自信に満ちた態度で、そう反論する。

『……そ、そういうことに……』
 なっていたのか……と、荒野は思った。
 どういう経緯でそうなったのかまでは分からないが……香也の性格からして……強引に、二人に押し切られたのだろう……。
 あるいは……何か、あの二人に強引な手段をとらせるような、後押しするようなきっかけがあったのかも知れないが……。
 どちらかが香也とそうなりかけた現場を、もう片方が押さえたとしたら……。
『後は……なし崩し、だろうな……』
 香也のことがなくとも……あの二人は、事あるごとに、張り合う。
 間に香也を挟んでいたら……それに輪をかけて、意地の張り合いになる……。 荒野はほんの数瞬のうちに、三人の関係が変化した時の状況を予測した。
 そして、ほとんど直感的に導かれた荒野の予測は、正鵠を射ていた。

「……あー……」
 荒野は、視線をあらぬ方向に向けて、二人を諭すのに相応しい語彙を脳裏から検索する。
「……大人には、大人なりの事情というものが、あってだな……」
 その手の話題は、荒野にとってはかなり苦手なジャンルだが……必死になって、二人を説得する論理を組み立てようとしていた。
「大人、っていったって、ボクらとおにーちゃんたち、そんなに違わないじゃん……」
「そうそう。ノリも、もうかなり背が伸びたっていてたし……」
 やはり、付け焼き刃の荒野の説得は、二人には通用しなかった。
「……茅ぁあ……」
 結局……荒野は、情けない声を出して、再び茅に助けを求める。

[つづき]
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