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彼女はくノ一! 第五話 (134)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(134)

 そんな長話をするうちにいい時間となり、羽生は楓と孫子に、庭のプレハブにいる香也を呼びにいかせる。そろそろ、外に走りに行ったテンとガクがかえって来る時刻であり、二人が直接プレハブに行くよりは、その前に香也を呼びに行かせた方がいい、と、羽生は判断する。さらにいえば、楓と孫子、どちらか一方だけを行かせれば、今度は残された方に不満が残るのだった。
『……なんだか、まあ……』
 カッコいいこーや君の方も大変だけど……こっちはこっちで、こーちゃんをめぐって、なかなかに難しいことになっているよな……と、羽生は思う。
『こーちゃんは、一体どうするんだろう……』
 と、思いかけ、羽生は慌てて、
『……どうにも、しないか……』
 と、思い直す。
 現在の香也は……誰も、自分からは求めていないように思える。
 あの年齢の男子としてはかなり奇異な事だが……今の香也は、異性よりももっと強い興味を持っているものがあり……。
『でも……そうとは……はっきり言わないんだろうな……こーちゃんは……』
 と、羽生は一人で結論をつける。
 以前よりは他人に関心を持つようにはなってきているが……香也は、まだまだ「意識的に対人関係を築く」という事に、なれていない。
 まだまだ……他人との距離を詰めることを、怖がっている。
『……難しいよな……いろいろと……』
 羽生は、そんなことを考えながら立ち上がり、朝食の支度を整えるために台所に向かう。支度、とはいっても、おおかたの作業はすでに終わり、ほとんど仕上げと配膳を残すのみになっているので、手間も時間も、さほどかからない。

 例えば……出て来る女の子が軒並み主人公に気が合って、場合によっては入れかわり立ちかわり主人公と性交渉を含めた関係を持つ、という、ご都合主義極まるストーリーの「型」が、日本のあるジャンルには定着している。
 思春期のユーザーをターゲットとしたマンがから派生した、「世界は自分を中心として回っている」という願望を従属させるための「型」は、現在はアニメとかゲーム、それにラノベにまで蔓延している。
 ままならない現実から逃避するためのフィクションとしては、そういうのもアリではあるだろう……と、自身、同人誌でその手の作品を手掛けた羽生も思いはするのだが……その主人公が、異性、どころか、他者全般をあまり必要としておらず、群がって来るヒロイン候補たちとあまり積極的にかかわって行こうとしない、超マイペース人間だったとしたら……。
『……ギャルゲーとかエロゲーだったら……誰とも結ばれないまま、バッドエンドに直行だよな……』
 羽生は、現在の香也の状況を、そのように分析する。
 必ずしもヒロインを必要としていない、ハーレムタイプ・フィクションの主人公は……現実には、いったい、どのような末路を迎えることになるのだろうか?
 ……と。

 香也は、プレハブの中に楓と孫子が入っていっても、そのことに気づかなかった。
 プレハブの入り口が開いて冷たい空気が入り込んでも、こちらに顔を向けようともしない香也を目の当たりにして、楓は「……あ。また入っている……」と思い、孫子は「集中していますわね……」と思う。
 いったん集中しだすと、香也は周囲のことに極端に無頓着になるし、また、二人がそういう香也を見るのはそう珍しいことではない。
 外界の変化に少しも意識をそらさず、目前のキャンバスに向かっている香也の背中を見ることは、二人にとっても好ましいことだった。そうしている時の香也は、外界を拒絶している……というよりは、背景に完全に溶け込んで、自身が静物と化している……ようにさえ、みえる。
 朝食のため、香也を呼びにきたのだが楓と孫子はそのまま十分以上も立ち尽くして、香也の背中をみていて……結局、ランニングから帰ってきたテンとガクがプレハブに入ってくるで、その状態は持続した。

「……おにーちゃん……朝ごはん、だって……」
 背中から声をかけられて振り返ると、楓、孫子、テン、ガクが揃って自分の方をみていた。
 テンとガクは、トレーニングウェア姿だった。
「……んー……」
 香也はそう返事をして振り返り、いそいそと画材を片付けはじめる。楓が手を延ばして、筆の始末などを手伝ってくれる。
「……これ……新しい作品ですの?」
 孫子は、ついさっきまで香也が手をいれていたキャンバスをしげしげと見つめながら、そういう。
「……んー……。
 そう……」
 香也は道具を片付けながら、そんな返事をしてした。
「……土曜日の午前中見た、ゴミの山。
 寝ている間、なんだか無性に、描きたくなって……」
 絵の題材としては……珍しいのでは、ないか。
 しかし、まだ、ざっと輪郭線が描かれただけのキャンバスからは……孫子は……今の時点でさえ、何か、異様な迫力を感じていた。
「……まだ……手をつけはじめたばかりのようですけど……」
 孫子は、描きかけの絵から、目が離せなくなった。
「……なんだか……力のある絵に、なりそうですわね……」
 孫子の言葉に、テンとガク、それに楓の目が、描きかけのキャンバスに注がれる。
 香也が、静物や風景を描くのは珍しいことではないが……この絵からは、孫子のいうとおり、今までの香也の絵とは違ったものを……見ていた者は、感じていた。
 それまでの香也の絵が、技術だけで描かれたもの、だとすれば……今の絵は、その技術を駆使して、香也を内側から迸る「なにか」を、キャンバスにぶつけているような気がする……。
「……んー……」
 道具を片付け終わった香也が、描きかけの絵を見つめていた四人に、声をかけた。
「……まだ……手をつけはじめたばかりだし……どうなるのか、わかんない……」
 香也を含めた五人は、朝食を摂るためにぞろぞろと居間に向かった。

「……それでねー……。
 ボクも、体の方が本調子になるまで、トクツーさんの方を手伝いうことになると思うんだけど……」
 朝食の席で、ガクが元気な声で告げる。
「……へー……。
 ガクちゃんも、プログラムとか組めるのか?」
 羽生はガクの言葉に、素直に感心している。
「うん。じっちゃんに、基本的な教養だってしこまれた。ノリも、ボクぐらいはできるよ。
 本当なら、その手の頭脳労働はテンの土壇場なんだけど……」
「……孫子のおねーちゃんの弾薬や、楓おねーちゃんの投擲武器の生産ラインの確立とか……それに、ボランティアに使えそうな装置の試作品の手伝い……。
 ボクはボクで、やることが、山ほどあるから……」
 テンも、ガクの言葉に頷く。
 テンの説明によると、徳川はしばらく新製品の開発に専念したいから、既存品のコピーを生産するためラインの整備、などの面倒な仕事は、できるだけテンに押し付けようとしている……と、いう。
「……ま、それだけ、ボクの事を信用しはじめている、ってことなんだけど……。
 それでも、トクツーさん、あれでコスト管理とかにうるさくてさ。少しでも製造にかかるお金、削減する方法をもっと工夫しろって、煩いの……」
「……ことに、大量生産が前提だと……そうした意識は必要だし、疎かにはできませんわ……」
 孫子が、テンの言葉に頷く。
「……そう……徳川も、そんなに忙しいの……」
 孫子はなにやら考え込む顔になった。
 考えて見れば……徳川篤朗は、普段から学業と事業、の、二足のわらじを履いている。そこにさらに、イレギュラーな仕事を新たに背負い込んだ形であり……。
 たしかに、どう考えても……暇ではありえないだろう。

[つづき]
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