第六章 「血と技」(53)
平穏な日常を……という荒野の希望は、表面上は、叶えられていた。流石に授業中は普段通りの風景が展開されたが、休み時間になるとどっと荒野の方によってくる。そして、「ニンジャらしいことをなにかやってみせろ」とせがむのであった。
楓と違って武器を持ち歩く習慣はない。せいぜい、指弾に使用するパチンコ玉を、歩くのに邪魔にならない程度、ポケットに忍ばせている程度で……それも、今朝のように所持品検査に遭遇すれば、周囲に気づかれないようにさっさと遺棄する。そのようなことが可能な量しか持ち歩かないし、また、パチンコ玉など捨てても一向に惜しくない、いくらでも補充が効くものだった。
だから、荒野は……生徒たちにせがまれるままに、教室内で、軽くトンボを切って見せた。室内、それも教室内で飛び跳ねることには抵抗もあったが、校庭や体育館で耳目を集めるよりは遙かにましに思えた。荒野にとっては「技」というほどのことでもない動きだったが、それでも荒野が軽々と身を躍らせる度に、生徒たちは感嘆の声を上げ、休み時間になる度に、せがまれることになった。
ただし、給食を食べ終わると、荒野は「ちょっと用があるから」といって教室を抜け出した。午前中の休み時間にさんざん実演したみせたこともあり、生徒たちは割と鷹揚な態度で荒野を開放された。
単なる抜け出しすための口実、ではなく、実際に玉木や有働たちと、昨夜の会食の際、知り得た情報について話しておきたかった。
荒野は最初、放送室に向かったが、予想に反してそこには玉木や有働の姿は見えず、昼休みの放送を担当していた生徒たちが、「二人なら、パソコン実習室の方にいる」と教えてくれた。
それでパソコン実習室に向かうと、玉木と有働だけではなく、堺雅史や斉藤遙、楓などのパソコン部員、それに徳川篤朗、茅と孫子までが集まっていて、かなり賑やかなことになっていた。
末端の前で猛然とタイピングしている茅と徳川、それに楓の三人の周囲に、パソコン部の面々が集まっている、という恰好だった。
「……やっぱり、凄いですよ、この三人……」
近くに寄っていった荒野に気づくと、堺雅史が荒野に耳打ちする。
「今までのコード一瞥しただけで、いきなり修正パッチ分担して書きはじめっちゃって……
うちの部員……みんな、毒気抜かれちゃってます……」
「……加納茅と松島楓、この二人と共同作業をするのは、初めてではないのだ……」
堺の囁きを耳に留めた徳川が、首だけ荒野の方に向けて話しはじめる。
指は相変わらずの速度でキーボードをタイプしていて、完全な「ブラインド・タッチ」だった。
「……二人とも、癖はあるものの、端正なコードを書くので、やりやすいのだ……」
「……コメント文、省略しないでかなり詳しく書いてくれますよね。後で見るぼくたちも、かなり助かってます……」
堺雅史が、徳川の説明にそうつけ加える。
「……荒野……」
茅が、徳川と同じように首だけ荒野の方に向けて、話しかけてきた。
「……今日の放課後、みんなで徳川の工場に行く予定なの」
「あ……ああ……」
不意に話しかけられた荒野は、少しまごついた。
楓や孫子が徳川の工場に行く、というのは、昨日までの「補給物資の確保」という話しの流れで理解できたが……茅まで同行する必要が、荒野には理解できなかった。
「それは、いいけど……みんな、って?」
それで、荒野はそのように聞き返した。
朝、登校時に茅たちが話していた時、舞花と会話していた荒野は、内容を聞き漏らしていた。
「楓、孫子、それに、ガクとテン」
「あと……放送部のクルーも、何人か……」
玉木が、荒野に向かって軽く手を振った。
……何が起こりはじめているんだ……と、荒野は不可解な思いに捕らわれた。
「茅……楓に、体術を習うの」
「才賀とは、共同出資で新しい法人を起こすことになりそうなのだ。
手始めに、うちの工場内を修練の場と兼ねた射撃場を作るのだ」
「今日は、その打ち合わせのため……じっくりと詳細を固めるつもりですの」
荒野の心境をしってか知らずか、茅、徳川、孫子が次々にしゃべり出す。
「で……わたしら放送部は、その記録をとるって寸法ですよ、旦那……」
そういって、最後に玉木珠美が、荒野の肩を叩く。
「……誰が旦那だ、誰が……」
荒野は玉木に向かって憮然とした顔を向けた。
「いや……だいたいの所は、分かった……」
事態はもはや、自分のコントロールできる範囲を越えたらしい……と、荒野は認識する。
茅も、楓も、孫子も……それに、徳川や放送部、パソコン部の面々も……それぞれに、自分の意志で動きはじめている……。
で、あれば……荒野としては、その妨げになるような真似はすべきではない、とも、思った。
「茅……それに、楓……」
荒野は、二人に確認した。
「昨日の夜、判明した情報を……この場にいる人たちに、話してもいいかな?」
一旦信用すると決めたら……とことん信用するべきだ、と、荒野は判断する。
それは……茅自身の出自を公然と明かす、ということでもあったが……茅は、あっけなく思えるほど、間髪を入れずに、頷く。
続いて楓が頷くのを確認してから、荒野は、その場にいた生徒たちに、諄々と話しはじめる。
「この場にいる人たちは、多かれ少なかれ、聞いていると思うけど……」
話しはじめてから、この場にいるパソコン部の大多数が、昨日の説明会では顔をみなかったことに、荒野は初めて気づいた。
だから、荒野は一番基本的な部分から、説き起こす。
第一、この場に集まった生徒たちのほとんどは、なんらかの形で土曜日の一件に関係している。詳しい事情を聞く権利がある、と、荒野は思う。
「……いろいろ噂になっているように、おれは、いわゆるニンジャの子孫ってやつで、現在、現役で動いているニンジャは、六主家と呼ばれる六つの流派……血族……によって、構成されている。
おれはそのうち、加納って呼ばれている流れの本家筋で……」
荒野が、茅の出生の秘密を明かしたところで、昼休みの終わりを告げる予鈴がなった。
「……っと、今日は、ここまで、だな。
本当は、土曜日、学校に乱入してきた一味の事まで話したかったけど……それは、また今度な……」
荒野がそういって話しを締めくくろうとすると、堺雅史が、片手を上げた。
「今の話し……あまり、大ぴらに広めない方が、いいですよね?」
と、堺雅史は、荒野に確認してくる。
「……いいや、君たち、一人一人の判断に任せる」
だが、荒野は首を横に振った。
「虚実取り混ぜて、吹聴したいなら、そうしてもらっても構わない。
そういうリスクも含めて、君たちに情報を開示している……」
尾ひれがついておかしな噂が広まったとしても……それはそれで、荒野には、やりようがあるのであった。
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つづき]
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