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彼女はくノ一! 第五話 (138)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(138)

 その日の休み時間、楓は、堺雅史に「昼休みに、パソコン実習室に」と誘いをかけられる。土日を使ってパソコン部の部員たちが作業した分をみてほしい、という話しで、それでは、と、楓は、茅も誘ってみることにした。これを機会に茅に知り合いが増えれば、という思いもあるし、現在、パソコン部で作業しているプログラムに関しては、茅も無関係という訳ではない。
 そう思って楓が茅に声をかけると、例によって表情を変えぬまま、茅は頷き、そして三人は連れだって、昼休み、給食を食べ終えた後、パソコン実習室に向かう。

 パソコン実習室に着くと、すでに何人かのパソコン部の生徒たちが集合していて、末端にとりついたり話し合ったりしていた。その場に集合した顔なじみの部員たちの顔をみて……土曜日以前よりは、かなり、引き締まった顔付きをしているな……と、楓は思った。
 堺の言葉にしたがって、楓と茅はこの週末に部員たちが書いたコードを点検する。部員の中には初心者といっていいレベルの者が多数を占め、案の定、コードの中に初歩的な間違いも多数見受けられたが、作業量的な部分に着目すると、「……プログラムに関する知識があまりない状態で、よくぞここまで……」と思えるほど、大量のコードが記述されていた。
 人数が多い、ということを割り引いても……熱意と士気は、高い……と楓は判断する。
 楓は茅と分担して、部員たちが書いたコードを点検し、間違いを一つ一つ指摘し、口頭で解説を加えながらコードを訂正したりコメント文を書き加えたり、といった作業を開始した。
 部員たちは、楓や茅の指摘にいちいち頷きながら、時折、メモをとったりして熱心聞き入っている。
 そのうち、徳川篤朗と才賀孫子の二人が入ってきて、事業計画がどーの法務官理がこーの、と口早に専門用語を羅列しながら、末端の一つにとりついた。
 徳川篤朗は孫子と早口で会話しながらずらたたったたっと物凄いいきおいで、キーボードをタイプしはじめる。
「……徳川……」
 茅が、そんな徳川に、声をかけた。
「今日の放課後、茅たちも、徳川の工場にいきたいの……」
 茅も、ブラインドタッチでキーを叩きながら、徳川と話しかけている。
「……あっ!」
 楓も、声をあげる。
「わたしも……徳川さんのところに、一緒にお邪魔してもいいでしょうか?」
 楓は、放課後、徳川の工場でガクに稽古をつけ、それを茅に見学させる、という約束をしている。徳川にも一言、断って置いた方がいいだろう。
「なにをたくらんでいるのかしらないが……好きにすればいいのだ……」
 徳川は、茅にはそっけなくそう答え、孫子に向かって、パソコンの画面を指さしてみせる。
「……うちの会社の経営状態は、現状、こんなもんなのだ……」
「……赤字、ではないですけど……予想以上にどんぶり勘定ですわね……。
 もっと無駄を絞れるし、利益を計上できますわ……」
「必要以上の利潤に興味はないのだ。
 ぼくは、生活と研究に必要な分さえ稼げれば、それでいいのだ」
「いいえ……。
 あなたにはもっと稼いでもらいます。税金対策が必要になるくらいに……」
「……ふむ。
 で、その税金対策の分を、ボランティアに回そう、ということなのだな?」
「そういうことですわ。
 現状、それが一番手っ取り早く資金を確保する手段のようですし……。
 まずは、うちの法務スタッフを迎え入れる準備をしてくださるかしら? うちの系列の者は優秀ですから、ギャラ以上の仕事はしてみせますわ……」
「細かいことは、任せるのだ。
 面倒臭いから放置しているだけで、より多くの利益が上がるのには、こしたことはないのだ……」
「いずれ……共同出資の会社を作ることも視野にいれて、とりあえずは、派遣社員という形でうちの者を雇い入れてください。
 数カ月様子をみてくだされば、成果が目に見えるかたちで出はじめる筈ですわ……」
「それでいいのだ……」
「……それでは、必要な書類を用意させますので、届いたら正式な契約をお願いします……」
 そういって孫子は、どこかに電話をかけはじめる。
「……おう、トクツー君。
 こっちにいたかー……」
 玉木玉美と有働勇作が、実習室に入ってくる。
「今日、君のところに綺麗どころが勢揃いすると聞いてな。それで、その模様を撮影しておきたいのだが……許可をよろしく……」
「綺麗どころ?」
 徳川は、首を傾げる。
「放課後……テンちゃん、ガクちゃん、楓ちゃん、孫子ちゃん、茅ちゃんが勢揃いするするんだろ? トクツー君のところに?」
 玉木は、そういうと、聞き耳を立てていた生徒たちが「ええー!」と声をあげた。
「……なに? 何が起こるんだ、これから?」
「テンちゃん、ガクちゃんって誰?」
「この間のシルバーガールズじゃない?」
「ああ……って、そんなのが一同に介して、何をはじめるんだ、一体……」
「ご町内防衛の準備じゃないかな?」
「なる……徳川の工場が、拠点になっちゃうんか……」
 ガヤガヤ話し合いながら、意外に真相に近い結論を導き出してしまっているし……。
『……これは……』
 この町で、自分たちが動く限り……機密、というものはないに等しいな……と、楓は思った。
 どうも、自分たちは……目立ち過ぎるようだ。

 そんなことをしている間に、荒野までが実習室にやってきた。
「……荒野……」
 荒野の姿を認めると、茅はまっさきにこういう。
「今日の放課後、みんなで徳川の工場に行く予定なの」
「あ……ああ……」
 不意にそういわれた荒野は、かなり面食らった表情をしている。登校時の打ち合わせは、他のことに気を取られて聞いていなかったようだ。
 続いて茅は、「楓に体術を習うの」と明言し、徳川が、「工場内に習練の場と兼ねた射撃場を作るのだ」といい、玉川は「放送部は、その記録をとるって寸法ですよ」といった。

 ……やはり、この人たちには、手の内を外部に秘匿する……という概念はないらしい……と、楓は結論する。
 この時、楓は……荒野の苦労を、少しくらいは、察することができた……ような、気がした。

 荒野は完全に毒気を抜かれた表情をしているし、他の生徒たちはさらに声高になってさまざまな憶測を並べ立てている。
 おそらく明日あたりは……生徒の間で、土曜日の襲撃者の再来に備え、荒野たちが、対抗るための防備を本気で準備しはじめている……という噂が、蔓延するのではないか……と、楓は思った。

[つづき]
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