第六章 「血と技」(56)
ママチャリで何往復かして食料をマンションに冷蔵庫やキッチンの収納棚に片付け終えた所で、斎藤遥から、
彼女たち、意気投合。
マンドゴドラに来る必要なし。
というメールが入った。
マンドゴドラで何があったのかは分からなかったが、斎藤遥が先導するかなにかして、荒野目当てで寄ってきた女の子たちをうまく糾合してしまったらしい。
あるいは、当初反発しあっていた彼女たちが、実際に顔を合わせて会話をしてみると、実は反発すべき理由などどこにもなかった……ということに、自然に気づいただけなのかも知れないが、だとしたら、明日以降、荒野は、一体となって組織化されたあの人数に影に日向に追い回されることになる……ので、こっちの可能性は、あえて考えないことにした。
それでなくとも、やらねばならないこと、考えねばならないことが山積みになっているのである。
それから、玉木から「明日の放課後、一回目の勉強会を行うが、予定はどうか?」という旨のメールも届いており、それには「明日は部活があるので、いけない」と返信しておく。
ついでに、そろそろ夕食の支度をする時間になっていたので、茅に「いつ帰るのか? なにか食べたいものはあるか?」とメールを打つ。普段、家事は茅の分担になっているが、今日は帰りが何時頃になりそうだ、とかの連絡を、まだ受けていなかった。
コーヒーメーカーで自分で飲む分のコーヒーを入れていると、茅から「あと一時間くらいで戻る。カレーが食べたい」とのメールが着信し、荒野はコーヒーを飲んで一服入れてから、……茅、本当にカレーが好きだよな……とか、思いながら、夕食の準備をしはじめる。
カレーを作る時はいつも多めに作り、余った分は冷凍しておく。
寸胴鍋に手際よく切ってざっと火を通した野菜や肉を放りこみ、水を入れて煮込みはじめる。寸胴鍋を火をかけると、煮込む時間は手が空くので、その隙を利用してパソコンを立ち上げ、複雑な認証を幾つか経由して一族の管理するサーバに接続し、主要な動きをチェックしはじめる。昨夜の会食が契機となったのか、茅やテン、ガク、ノリたちの情報が「公然」のものとなっていた。同時に、商店街にガス弾を投下した勢力についての情報、並びに、情報提供の呼びかけ、も行われていたが、こちらは芳しい成果は上がっていないようだった。
荒野たちが「姫」と呼称している子供たち……についての情報さえ、昨日まではごく一部の人間しか知らなかったわけだし、加えて、あそこまでガス弾の連中の情報が、まるで掴めていない不自然さ……を考慮すると、やはり、一族の中枢に近い者の中に、内通者、ないしは、協力者がいる可能性も、捨てきれない。
この時点で荒野は、一族からは、通り一遍の協力しか得られないのではないか……という感触を得ていた。
つまり……自分たちの手で解決を図らなければ、事態に進展はないのではないか、と。
『……と、なると……』
今のところ、姿を見せていない襲撃者を、どうやってこっちにおびき寄せるのか……というのが、はやり一番のネックになる。
戦力の拡充と、地元での足場造り……に、関しては、昼休みに見聞した感触では、茅や楓、孫子の三人が、様々な協力者と共同して、それぞれ自主的に動いてくれている。だから、この方面でのことはしばらく任せてみよう……と、荒野は思っていた。
もっとも、しばらく様子をみて駄目そうだったら、即座に介入するつもり、ではあったが……三人とも、それぞれに欠点や短所はあるものの、決して頭が悪いわけでも思慮がないわけでもないので、おそらく、大きく外すことはないだろう……と、荒野は判断する。
だとすれば……荒野が、今すべきことは……。
『対外交渉……か……』
今のところ、あまり本気で「ガス弾の襲撃者」の捜索を行っているように見えない一族を、どうやって本気にさせるのか……を考えることが、荒野の「今、すべきこと」のように思えた。
この仕事は……一族の中枢にコネクションを持つ荒野にしか、出来ない……。
荒野はパソコンに向かい、心当たりの幾つかに、取引を持ちかけるメールを書きはじめる。
一族同士の連絡は、現在では、暗号化して部外者には内部を読み取ることが困難なファイルをメールで送信することが標準となっている。もっとも、これも時と場合によりけりで、口頭や手紙や電話、はては伝書鳩やのろし、みたいな原始的な手段を使用しなければならない局面も多かったが、日本のように情報インフラが整備された環境下で、一般人に混ざって生活している者同士なら、はやり便利で融通の利く方法を選択する。
荒野が現在取引材料として持っているのは、多少の現金と過去の仕事で入手した「使えそうな情報」くらいなもので、これでは、ろくな成果は望めまい……と、思っていたが……とにかく、どこからかは手をつけなければ、はじまらないのであった。
現金、に関しては、物心ついてからこの土地にくるまで、一族の仕事に従事してきた荒野は、正当な報酬として相応のまとまった分け前を支払われている。日本円に換算して億単位の金額であり、一学生が所有する資産としては多すぎるのかも知れないが……特に終盤の数年間は毎日のように命のやりとりをしていたことを考えると……金額の多寡に関しては、多少の疑問も残る。
また、茅と荒野の二人が、あと数年、「社会から成人と認められるまでの期間、贅沢をせずに生活するための費用」としては十分なもの、「手練れの術者を長期間拘束する」対価としては、全然足りないのであった。
戦闘要員、あるいは、情報収集要員として、術者を金で傭う……となると、現在の荒野の資産状況では、二流どころ、三流どころを短期間、しか、拘束できない。
そこで、荒野は、手はじめに、それぞれの陣営が欲しがっている「情報」をちらつかせて、協力を引き出す……という作戦を選択した。
駄目もと、ではあったが……。
『……これで駄目なら……』
徳川に、株式投資のやり方でも習うかな……とか、荒野は思いはじめている。
すぐに反応が……それも、荒野が交渉をもちかけるメールを書いている途中で、おもいがけず荒野にコンタクトしてきたのは、昨夜会ったばかりの野呂の長、竜齊だった。
竜齊は、荒野に「ビデオチャットモードにせよ」というメールを送りつけてきた。
『……お前が、サーバに接続しているのに気づいたからよ。
ちょうどいい案配だな、と……』
ビデオチャットのソフトを立ち上げると、竜齊の赤ら顔がパソコンの画面に映る。
『……昨日、話していた、うちの若い者の中に、そっちに行きたがっているのがいるって、って件な……。
野呂はな、自分力量で自分の欲望を満たすことを是、としている。だから、若い者のやりたがっていることを、おれら上のもんがとどめることはできねぇ……。だから、おれの方も、若いやつらの動きをどうこうするつもりはまったくねぇんだがな……。
荒野。
お前さんが、うちの若い者の面倒を、多少なりとも見てくれるってんなら……野呂は、荒野、お前さんに恩義を感じるってことになるぜ……』
竜齊なりに、気を遣ってくれているらしい……。
荒野は、「できる範囲内で」世話をする、と約束し、代わりに、こちらに逗留しそうな野呂の者のリスト、それと、こちらに来る際は、あくまで一般人として転入してくることを、要求する。
『……わかってるって。なにぶん、そこいらは、長老が根を張ってきた場所だからな。一言断りをいれておけねーと、後でこじれるかもしれなくてよ……』
竜齊はそういって、チャットを切断した。
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つづき]
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