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彼女はくノ一! 第五話 (140)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(140)

 マンション前で一旦別れ、家に入ると、すでに私服に着替えていた孫子が待っていた。スカート姿が多い孫子には珍しく、今日はパンツ姿であり、傍らに例のゴルフバッグを置いて、居間の炬燵で悠然と湯飲みを傾けていた。
 孫子は帰宅した楓に、
「随分と、ゆっくりでしたわね」
 といった。
 おそらく、事実を指摘しただけで、嫌味や皮肉などの他意はないのだろう……と、楓は思った。
「今日は、掃除当番でしたので」
 楓が小声で答えると、孫子は、
「そう。では、茅ももうじき来るのね?」
 という。
 どうやら、一緒に徳川の工場にいくつもりで、待ってくれていたらしい。
「ええ。着替えたら、すぐにこっちに来るそうです。
 わたしも、着替えてきます」
 楓がそういって、自室に向かうと、
「では……タクシーを、呼んでおきます」
 孫子は、携帯を手にしていた。

「……その荷物は、なんですの?」
「お茶の道具なの。みんなに、御馳走するの……」
 楓が着替えてくると、玄関の方で、孫子と茅がそんな問答をしていた。
 茅は、コート姿だった。
「お茶は、いいのですけど……。
 と、すると……そのコートの下は……」
 孫子が素早く茅の胸元を掴み、コートの中を覗き込む。
 そして、げんなりとした表情になった。
「……その恰好で、向こうにいくつもりじゃあ……」
「ご奉仕する時は、この服なの」
 楓も茅のコートの中身を覗き込むと……案の定、茅は、メイド服姿だった。
「……こんちはーっす。
 狩野さんのお宅は、こちらですか?」
 孫子と楓がなんともいえない表情で固まっていると、タクシー会社の制服を着た中年男が、茅の後ろから顔を出した。

『……き……気まずい……』
 三人でタクシーに乗り込んでからも、会話は、見事なまでに弾まなかった。
 これだけ身近にいれば、顔を合わせる機会には事欠かなかったが……この三人だけで、というシュチュエーションは、意外なほど、少ない。
 大抵は、他にも大勢の人が、周囲にいるので、会話はそれなりに弾む。
 楓は、下校の際、かなり頻繁に茅と二人きりになる。
 孫子と二人きりになるのは、大抵「戦闘状態」であり、会話どころではない。ついこの間も、孫子と「世間話し」をしようとして、見事に撃沈したばかりだった。
 性格も……まちまちであり、実は、身近に生活している、ということを除けば、この三人の少女たちには、あまり接点や共通点、というものが、ない……。
 それでも、タクシーの運ちゃん、のような第三者がいない場なら、それなりに現在の状況分析、などの話しも出来たのだが……無関係の一般人がいる場で、この三人で会話できる話題……というと……楓には、思いつくことができなかった。
「……でも……」
 その場の空気を読んだのか、それとも、ただ単にお客との会話をするのが好きなのか、タクシーの運ちゃんが話しかけてくれたので、楓はほっとした。
「お嬢ちゃんたちみたいな女の子三人が、あんな何にもない場所に行くなんて、珍しいよな。
 なんの用事でいくんだい?」
「……あそこの工場に、お友達がいるんです……」
「……あー……工場に、ねー。
 そうだな。
 あそこいら、工場や倉庫くらいしかないもんなぁ……」
 タクシーの運ちゃんは、適当に意味のない相づちを打っていた。
「その住所、徳川の工場なの」
 突然、ぼそり、と茅がしゃべった。
 運転手の肩が、びくりと震える。
「なんだ、お嬢ちゃん、しゃべれたのかい。
 人形みたいにじっとしているから、随分大人しい子だなーとは思ったけど……」
 置物みたいに感じていた茅がいきなりしゃべったことで、かなり、驚いたらしい。
 ……この運転手から見て……自分たち、三人は、かなり奇妙な組み合わせなのではないか……と、楓は思った。

 徳川から渡された住所でタクシーを下り、大きなゲートの前でインターフォンを押すと、徳川の声で「すぐに迎えに行くのだ」と返答があった。
 二、三分ほどで、白衣を羽織って太った黒猫を頭に乗せた徳川篤朗が、ゲートを開いて中に招き入れてくれた。
「……テンとガクは、もう来ているのだ……」
 といいながら、徳川は、迎え入れた三人に、フォークリフトのアームの上に乗るようにいった。
「ちょっと……あなた、免許とか持っていますの?」
 孫子が、軽く眉を顰めて徳川に尋ねる。
「持っているわけがないのだ」
 何故か、徳川は薄い胸をはった。
「私有地内で運転する限り、問題はないのだ。
 毎日のように扱っているから、運転技術は確かなのだ」
 孫子と楓は、不承不承、フォークリフトのアームの上に乗った。
 茅は、持参したお茶の道具を、運転席に座った徳川の膝の上に置き、自分自身は運転席の背後にしゃがんで、運転席を覆う骨組みにしがみつく。
 その状態で数百メートルほど移動し、天井の高いフロアー内に建てられた、二階建てのプレハブの前に案内される。本人が自賛するだけあって、スムースで無理な機動のない運転ぶりだった。
 徳川は、先にアームから下りた楓に、茅のお茶の道具を渡して運転席から降り、先導して三人をプレハブの中に招き入れた。
「……ネコさんだー!」
 プレハブの中に入ると、徳川浅黄が、コート姿の茅に抱きついてくる。
 その他に、先に来ていたテン、ガク、それに、玉川珠美以下数名の放送部員、などが、楓たちを待ちかまえていた。
「……徳川……。
 お湯が欲しいの……」
 浅黄に抱きつかれたまま、茅は、楓が抱えている包みを指さした。
「……みんなに御馳走するつもりで、お茶の道具を持ってきたの……」
 浅黄が、その茅の体によじ登り、茅の頭にネコミミ・カチューシャを乗せようとしていた。
 孫子が浅黄の体の側面に手を添え、浅黄が落ちないように持ち上げる。
 と、なんとか浅黄は、茅の頭の正常な位置に、カチューシャを据えることに成功した。
 茅がコートを脱いで中のメイド服を露わにすると、「……おー!」という歓声があがり、放送部員数名が、ビデオカメラを回しはじめていた。

[つづき]
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