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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(58)

第六章 「血と技」(58)

 しかし、そういった懸念は、この場でくよくよ思い悩んでも解決しないことではあった。第一、それで情報収集の必要性が増すことはあっても、減ることはない。
 荒野は手早く「協力依頼」のメールを知る限りの伝手に送信し、ずん胴鍋の様子をみて、それから、
『……たまには、こちらから御馳走するのもいいかもな……』
 と、思いたち、羽生譲の携帯宛てに、「今、カレー大量に作っているんですけど、今夜、みんなで一緒に、どうですか?」といった内容のメールを打つ。
 真理不在で、なおかつ、テン、ガク、楓、孫子も出払っている。香也は、こと家事に関しては、当てにはならないし、羽生とて、暇を持て余している訳ではない……。
 案の定、いくらもしないうちに、羽生譲から、
「助かるー!!!」
 というメールが返って来た。
 荒野にしてみても、作る手間は同じだし、お隣にはいつも御馳走になってばかりなので、たまにはこれくらいのことをして、ちょうどいい……くらいに、思っている。
 なにより、今は炬燵の温もりが恋しかった……。

 カレーができたころに、茅から「もうすぐ帰る」というメールがくる。
 荒野は即座に、「今夜は狩野家で夕食をする」と返信し、ガスの火を止めて、上着を羽織り、いい匂いのする寸胴鍋を抱えて外に出る。
 エレベータに乗ると風采の上がらない中年男が先に乗っていて、カレーの匂いが充満する密室で、数十秒間、二人きりになった。知らない顔だが、ラフな格好をしているところをみると、このマンションの住人なのだろう。
「……カレーですか?」
 男が、にこやかに話しかけて来た。
 荒野の方は男の顔を知らなかったが、男の方は荒野のことを知っているらしい。
 不自然、ではない。
 玉木の尽力のおかげで、荒野も顔だけは売れている。
「カレーです」
 荒野も、にこやかに答える。
「お隣りで、みんなで一緒に食べようということになりまして……」
「ああ。あの大きな古い家……。
 そういえば、正月には、餅つきもやってましたね……」
「ええ。みんな、いい人たちばかりです」
「そうですね。友達は、大切にした方がいい。
 わたしの年齢になると、そういう繋がりも、すっかりなくなりますからね……」
 そういって、男が寂しそうに笑った時、エレベータが地上階に到着し、マンションのエントランスで男とは別れた。
『……友達、か……』
 飯島や先生も呼んでみるか……と、寸胴鍋を運びながら、荒野は思った。
 どうせ近所だし、カレーのルーはたっぷりと作っている。
 ちょうど帰宅したばかりだ、という羽生譲に迎えられて、狩野家に入る。台所のガス台に、寸胴鍋を置かせてもらい、さっそく炬燵に入りながら、三島百合香と飯島舞花にお誘いのメールを打つ。「ルーはたっぷりあるけど、人数がおおくなるとご飯が不足する恐れあり。できれば、ご飯持参で」とも、付け加えた。
 荒野も、炊き上がったばかりのご飯を持ってこなければならないのだが……もう少し、ゆっくりでいいや……とも、思う。茅たちが戻ってきたら、取りに行こう、と。
 炬燵には、一度入るとなかなか出たくなくなる魅力があった。
 居間に戻ってきた羽生がお茶をいれてくれ、それを啜りながら、適当に会話をする。
「今朝、ちょこっと聞いたんだけど……随分、おげさなことになっているみたいだねー……そっち」
「……んー……」
 荒野は、自然に香也みたいな声をだしていた。
 なるほど。
 これは……答えにくいことを答える際、時間を稼ぐのに適している……と、実際に唸ってみて、荒野は実感した。
「それも、もういつものことっていうか……」
 ゆっくりとした口調で羽生に返事をしながら、荒野は思った。
 必要十分な情報もろくに与えられず、いきなり渦中にほうり込まれる……なんだ。本当に、「いつものこと」じゃないか……。
 そんな風に思うと、かなり気分が楽になった。
「いや、まあ……そのうち、なるようになるでしょう……」
 ……なんかその言い方、うちのこーちゃんみたいだな……と、羽生譲は笑った。
 そうやってくつろいでいる間に、香也が帰宅する。例によって、下校時刻ぎりぎりまで美術室にいたのだろう。樋口明日樹もいっしょだったので、当然荒野は明日樹も夕食に誘った。
「ややや。どうもどうも。誘ってくれてありがとう。一人の食事って、味気無くてな」
 明日樹が返事をする前に、タッパーを抱えた飯島舞花が玄関口に到着した。
「飯島も来たんだ……」
 明日樹が、呆れたような声をあげる。
「近所だからな。先生も、呼んだ。
 来るかどうか、まだ返事がきていないから分からないけど……」
「……来たぞ!」
 明日樹の背後から、唐突に三島の声がした。
 三島百合香は、木製のおひつを抱えている。
「ついでだ。樋口も付き合え!」
 三島は、玄関口で躊躇している樋口明日樹に、そういう。
 そういわれた樋口明日樹は、なにか達観したようなため息をつき、自宅に連絡をいれるために携帯を取り出した。
 そんなことをしている間に、香也は荷物を置き、制服を着替えてるため、一旦自室に戻っている。

「……ねぇねぇ、加納君……」
 結局、樋口明日樹は、居間に来て、借りたハンガーにコートをかけ、荒野や飯島舞花のように炬燵に入っている。
 羽生譲と三島百合香は、缶ビールを空けて談笑しはじめていた。
「その……いろいろ大変になってきたようだけど……できるだけ、あの……香也君は、巻き込まないで欲しいの……」
 明日樹は、一言一言区切るように、しかし、荒野の目をまっすぐに見て、そういった。
「わかっている……」
 荒野は、短くそう答えるより他、返答のしようがなかった。
「わかってるよ……うん」
 荒野とて……香也や、この家の人たちや……学校の人たちを巻き込むのは、本意ではない。
 しかし、荒野の意志や意図がどうあれ……。
『……そういうことは、敵さんにいってくれ……』
 樋口明日樹が心配していることを重々理解しながら……荒野のリアリズムが、香也の無事を保証する方策がないことと、告げていた。
「香也君、だけではなく……他の誰も、犠牲にしたくない……と、おれは思っている」
 荒野は……結局、明日樹には、そういうのが精一杯だった。
 そばでそのやり取りを聞いていた飯島舞花が、誰にともなく、「……おにーさんは、やさしいからな……」と、呟いた。
 舞花も、明日樹も……知り合い全員の無事を保証することが、現実には困難である……ということを、本能的に察しているのではないか……と、荒野は思った。

[つづく]
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