第六章 「血と技」(60)
「……そ、そういえば、才賀さんも、いつの間にかいたけど……」
孫子の顔をまともに覗き込んでそういったのは、樋口明日樹だった。
明日樹は、楓がはじめて来た時には居合わせていたが、孫子に関しては詳しい事情を知らない。
「……そ、それは……」
いつもは毅然としている孫子が、珍しく口ごもる。
香也を狙撃しそこねたのが、なれそめだ……などとは、軽はずみいえるものではない。
「……この女……」
それまでから笑いを続けていた楓が、いきなり孫子を睨みはじめた。
「……香也様を、亡き者にしようとしたです……」
楓には珍しく、ひどく暗い声だった。
「……え? え?」
質問を発した明日樹が、ひどく戸惑った様子で、楓と孫子の顔を交互に見渡す。
「ほ……本当なの?」
明日樹は二人の顔色を交互に見比べ、どうやら嘘ではないらしい……と、納得する。テンとガク、それに飯島舞花の三人も初耳だったらしく、明日樹と同じように動揺していた。
「まあ、一応……」
言葉を詰まらせたまま答えようとしない孫子に変わって、荒野が返事をした。
「……なんで、また……そんな……」
「才賀、意外とうっかりさんでな。
おれと香也君を間違えて、狙撃するところだったんだ……」
「狙撃……って……。
……間違えにせよ、穏やかじゃないな……」
飯島舞花が、珍しく険しい表情を作る。
昼間、工場に行かなかった舞花は、孫子の「狙撃手」としての顔を知らない。
「……だろ? だからおれが、すぐに取り押さえて事なきを得たんだけどね……」
荒野は、カレーをかき込みながら、何気ない、世間話しをする口調で淡々と語る。
その時、孫子がどのような服装をしていたのか、また、その後、孫子が楓にどのような「お仕置き」をされたのかまでは、話す必要もないし、話すつもりもなかった。
「……あっ!」
突然、舞花が大きな声をあげた。
「じゃあ!
やっぱり、年末のショッピング・センターで暴れたの、この二人だったんだ!
片一方は、ニンジャの恰好してて、もう片一方は、フリフリのレースとかリボンいっぱいつけたドレス姿で……」
「……ニンジャの方が、楓ちゃん……は、いいにしても……。
そうすると……その、フリフリドレスが、才賀さん?」
そういって、明日樹が首を傾げる。
才賀さんが、そんな……今、商店街をたむろしている人たちみたいな服……と思いかけて、明日樹は、はっとする。
楓が、本気でとっくみあいをする女性……。
できる、女性は……いわれてみれば、孫子くらいしか、該当しないような気も……。
楓は……もともと、好んで他人と諍いを起こす性格ではない。
唯一、例外的に敵愾心を露わにする相手は……孫子、のみ……。
「……おい、おにーさん……」
飯島舞花が、暢気な顔をしてカレーを食べている荒野に、声をかけた。
「……意外に……ヤバイ状態なんじゃないか? 今……。
わたしだって気づいたんだから……そのうち、もっと広い範囲で、憶測や噂が飛び交うぞ……」
「わかっているって……だから、今まで秘密にしていたんだ……」
荒野はスプーンを止めて、軽くため息をついた。
「こいつらにも、しつこいくらいに正体がばれないように、といい聞かせてきたし……。
それも、土曜日ので、ふいになっちまったけどな……。
衆人環視の環境下で、あれだけ決定的な証拠をみせちまったら……その綻びから、芋づる式に様々な過去の隠蔽がほじくり返される。
最終的な決壊がはじまるのも……時間の問題だと、思っている……」
「……でも……」
三島百合香が、ひどく冷静な声で指摘する。
「荒野……お前さん……まだ全然……絶望、していないだろ?」
「……一応、ね……」
荒野は、カレーを食べるのを中断し、皿の上で、スプーンをぶらぶらとさせて、弄ぶ。
「不安材料には事欠かないが、全く希望がないわけでもない。
まず、一般人の……周囲の反応だが……まだ、実感が湧いていないとか、興味本位のレベルだが……それでも、目に見える形での、反発や反感、嫌悪感は表面化していない。
次に、自発的に、おれたちに協力してくれる協力者や友人たちがいる。
それらの人々のおかげで、敵……を、迎撃する準備も、なんとかはじまった……」
荒野は、故意に「不安材料」の方ではなく、「希望」の要素を数え上げた。
「……でも、その程度じゃ、まだまだ不足でもあるんだろ?」
荒野の意図を察した三島が、さらに追求してきた。
「……ああ。
全然、不足だ。
今度の敵……は、ただ、勝てば……撃退すればいいってわけではない。
捕まえて、性根をたたき直してやらないと……根本的な対策にならないんだ……。
なのに……戦力も、バックアップしているやつらの意図や規模も、はっきりとしたことは、何にもわかっちゃいないときてる……。
オマケに、むこうさんの方は、いつでも準備万端整えて、好きな時期、好きな場所を選んで攻撃することができる……。
不足……というよりは、滅茶苦茶、不利だよ……。
二重三重のハンデを背負って、向こうが作った一方的なルールでゲームをするようなもんさ……」
「でも、負けてやるつもりは、さらさらない……」
三島は、さらにいいつのる。
「ああ。ないね。
さらさら……負けてやるつもりは、ない……」
荒野は、淡々と答える。
「荒野、お前さん……気づいているか?」
三島百合香は指摘する。
「今のお前さん……ひどく嬉しそうな顔して笑っているぞ。
お前さん、実は……そういう不利で不利でしょうがいない今の状況を、心底、楽しんでいるんじゃないか?」
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つづき]
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