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彼女はくノ一! 第五話 (147)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(147)

 勉強会が終わり、この家の住人以外の者が帰っていき、香也も樋口明日樹を送るために一緒に出て行くと、居間には羽生譲と三島百合香の二人が残された。茅とテンは羽生の部屋に籠もって、やりかけの作業を切りのいいところまでやってしまう、といっているし、他の住人は仲良く風呂に入っている。
「……なあ、先生……」
 ちびちびとビールを舐めながら、羽生が、しんみりとした口調で、三島に語りかける。
「学校のこと、周辺の人たちの反応、敵さんとやら……本当に、あの子たちは、大丈夫なんかいな?」
「……むざむざ潰されるようなタマかい、あいつらが……」
 三島は、グラスに残っていたビールを、ぐいっと仰いだ。
「そこいらの大人よりもバイタリティあるぞ、あいつら……。
 半年や一年後には、これといった産業のないここいらに、コングロマリット作り上げていてもおかしくないが……」
 たしかに、勉強会の合間に、孫子が徳川と組んでなにやらはりはじめようとしている……という話題も、ちらりと出てはいた。詳しい内容は、聞いていないが……。
「子供のやることが……そんなに、うまくいくんすか?」
 羽生が、三島に尋ね返す。
「子供って、いっても……徳川は、モノホンのアレだからな……。今までは、いいビジネス・パートナーがいなかったから、地味な開発しかしていなかったけど……。
 で、才賀は、資本と法務や販路、商売に関するノウハウを提供できる。
 才賀の実家だって、金になると納得すりゃあ、本気でバックアップしてくる。
 んでもって、さらに加えて、茅とかテンとかの天才集団が本格的にソフト開発に取り組んだりしてみたら……」
 こりゃあ……結構な、見物になりますよ……と、いって、三島はげっぷをした。
 羽生は、三島の空になったグラスに、ビールを注ぐ。
「有働あたりがしつこいくらいにいっているように、差別感情自体は、なくせないかも知れないけど……地元に金落としてくれる人間を、表だって非難する者は、いないって……。
 裏でこそこそ陰口をたたくヤツは、いるにしてもだな……」
「地元の方は、それでいいとしても……学校の方は、大丈夫なんすか?」
 羽生譲は、さらに三島に食い下がった。
 やはり、心配になってきているらしい。
「……公立校、ってのは、いうまでもなくお役所の機関だからな……」
 三島は、グラスに口をつけ、泡を少し啜る。
「何にも問題を起こさない限り……表だって、他の生徒と差をつけることは、できない……。
 やつら、書類上は、ここに住所を持つ、歴とした納税者の師弟なんだから……」
「何にも問題を起こさない限り……か……」
「そう……何にも問題を起こさない限り……」
 しばらく、二人は天井の方をぼんやりと見上げて、言葉を切る。
 二人とも……未知の敵、のことを、考えていた。
「でも、ま……大丈夫だろ。
 やつら、今のところ、学校にも地元ににも、気を使いすぎているくらいで……」
「……そうっすよね……。人気者っすもんね、彼ら……」
 しばらく間を置いて、三島と羽生はそういって、力なく、笑い合った。
 その時、ポットを抱えた茅と、カップのセットが入った箱を持ったテンが、居間に入ってきた。茅は、学校での自主勉強会で試用するカリキュラム作成が一段落したので、帰るという。

「……彼らのこと……知ってた?」
 送っていく途中で、樋口明日樹は、やはりそのことを持ち出してきた。
 香也は、反射的に、
「……んー……」
 と、呻ってから、
「知っては、いた。
 あまり、気にしたことは、なかったけど……」
 と、答える。
 明日樹はそっとため息をつく。
 確かに……香也にとっては、あまり関心のないこと……なのかも知れない……。明日樹になにも話さなかったのも……他意はなく、「そんなに重要なこととは思っていなかった」とか、その程度の理由なのだろう……。
 しかし……。
「あのね……狩野君……」
 香也は、「……んー……」といつものように生返事をしようとして、ちらりと見た明日樹の表情が、意外に強ばっていたので、あわてて口を閉じた。
「狩野君にとっては、どうでもいいことなのかも知れないけど……。
 わたしだけ、仲間はずれにされるのは嫌だから……今度から、なにかあったら……」
 ここで、樋口明日樹は言葉を切って、深々と深呼吸をし、香也の方に体の向きを変えて、香也の胸に人差し指をつきつけた。
「ちゃんと……教えること!」
 香也は、コクコクと、何度も頷いた。

 香也が帰宅すると、居間には誰もいなかった。玄関に靴が無かったことから、まだ残っていた三島や茅も帰ったことは分かっていたが、この時間に居間に誰もいない、というも、珍しかった。
 一瞬、庭のプレハブに行こうな、とも、思わないでもなかったが、就寝する時刻まで二時間を切っている。今日はまだ風呂にも入っていないし、集中して作業をするには、時間的に半端なので諦めた。風呂に入ろうかな……とも、思ったが、今朝の出来事を考えると……どうしても、躊躇してしまう。誰かと鉢合わせしたら……また、何があるかわからない。
 仕方なく、香也は炬燵に潜り込み、リモコンで見たくもないテレビをつけた。香也が名前の知らないタレントがやたらと声を張り上げて騒いでいる、バラエティ番組が映ったが、もとよりテレビを見たかったわけではないので、チャンネルを変えずにそのままにしておく。
 香也は、炬燵の天板に頭を乗せた。そういえば……今朝は、かなり早い時間に目が醒めたのだった。そのせいか、ひどい眠気を催してきた。
「……香也様……」
 そうして休んでいるところに、不意に背中から孫子の声が聞こえた。
 ぴたっ、と、柔らかくて、温かくて……いい匂いのするものが、背中にのし掛かってくる。
「……香也様……」
 背後から抱きついてきた孫子が、香也の耳に息を吹きかけるように、やけに湿った声で囁きかける。
 孫子の腕が、背後から、香也の首に絡みついてくる……。
 と、思ったら……。
「こんなところで……何、しているですか……」
「だ、だめだよ、孫子おねーちゃん!
 おにーちゃんを取り合うと、おにーちゃんがどうにかなっちゃうんだ!」
 声のした方に顔を向けると、鬼気迫る表情で仁王立ちになっている楓と、やたら狼狽しまくっているガクとが、すぐそこに立っていた。

[つづき]
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