第六章 「血と技」(66)
いつもの面子に佐久間沙織を含めてわいのわいのと話し合いながら登校していく。校門の前まで差しかかると、校門の左右に二十人ほどの女生徒たちが固まっていた。
『……あっ……』
その女生徒たちの顔ぶれを確認して、荒野は顔を引きつらせる。
『すっかり……忘れてた……』
女生徒たちは、荒野の顔を認めると、瞬時に荒野の周囲に群がってきた。もみくちゃにされながら、荒野君、加納君、と黄色い声で騒がれるのを、荒野は快いとは思わない……。
「……ははは……もてるなぁ、おにーさん……」
飯島舞花が朗らかに笑いながら、そう評する。
そんなことをいう余裕があったら、助けてくれ……と、荒野は思ったが、舞花をはじめとする、一緒に登校してきた連中は、荒野から距離を置いて成り行きを生暖かく見守っているだけだった。
「……荒野……」
少し離れたところで、茅が荒野を睨んでいる。
「その人たち……誰?」
視線が、氷点下だった。
下校時に彼女らに絡まれた一件を、すっかり忘れていた荒野は、当然の事ながら、茅にもまったく説明していなかった。
「ええっと……加納君の妹さん、茅ちゃん、だったかしら? わたしたち、お兄さんの友達で……」
荒野を取り囲んだ女生徒うち、一人が茅に手を差し出して挨拶をしようとしたが、茅は、ぷい、っと横を向いた。
「……知らないの。荒野の友達なら、荒野が紹介してくれる筈なの……」
茅がこれみよがしに横を向いたので、差し伸べた手のやり場に困ったその女生徒は、表情を硬くして途方にくれ、立ちつくしていた。
「……荒野!
このお友達の、名前を教えるの!」
いきなり、茅が周辺に響き渡る声で、叫ぶ。
遠巻きにしていた、登校途中の生徒達までもが、足を止めて荒野たちの挙動に注目しはじめた。
「……ええと……」
荒野は、おろおろと左右を見渡しながら、震える声で答えた。
「……その……ごめん。
……知らない……」
昨日は、一人一人名乗り合う間もなく、うやむやにして別れたのだった。
荒野が、最初の一人の名前を知らない、というと、茅は、荒野の周囲に群がった女生徒を一人一人指さし、「この人は? この人は?」と荒野に確認していく。
転入前の事前調査で、名前を記憶していた者も何人かは、いたが……それまでに接点がなかった生徒の名前を、これだけ注目をあびている中で復唱するのは、不自然であり……だから、荒野はなにも答えられなかった。
茅に指さされた上、荒野に公然と「知らない」といわれた女生徒たちは、気まずそうな顔をして、お互いに目配せを交わし合っていた。
「……つまり……」
最後の一人まで指さし終えると、茅は傲然と胸をそらした。
「……ここにいる人達は、一方的に荒野を知っているだけの、お友達なの……」
そう結論した茅は、にっこりと「完璧な」笑顔を女生徒達にみせて、こう挨拶した。
「はじめまして……荒野の、一方的な、お友達……。
茅は、荒野の妹なの……」
『……やりすぎだよ……茅……』
心中で、荒野はうめいた。
「……やるなぁ……茅ちゃん……」
少し離れたところで、飯島舞花が小さく呟く。
「あれで……敵には容赦しない性格なんですね……」
佐久間沙織は、そう論評した。
その日のうちに、「茅=強度のブラコン」説が校内に広まり、荒野狙いの女生徒たちの間では、「茅対策」が焦眉の問題として取り沙汰されるようになった。
「……つうわけで……」
荒野は、一時限目が終わると即効で保健室に駆けつけ、三島百合香に今朝の出来事を話した。こんなのしか相談相手がいない、というの事実も、荒野にしてみればかなり忸怩たるものがあるのだが……荒野と茅の関係を理解していて、愚痴をこぼしても問題無さそうな相手は、ほかに思いつかなかった。
「……苦労してます……」
「苦労は、今にはじまったことではなかろう? ん?」
案の定、三島は荒野の話しをおもしろがってにまにま笑うだけで、具体的、かつ、事態の収拾に役に立ちそうなアドバイスは、何一つ貰えなかった。
「……お前に御しきれない茅を、わたしがどうこうできるわけなかろう?
ほれ、もうすぐ次の授業がはじまる。休み時間は短いんだから、さっさと教室に戻れって……」
荒野は……自らの孤独を噛みしめながら、自分の教室に戻った。
昼休みまでには気を取り直した荒野は、パソコン実習室に向かう。特に約束や待ち合わせをしてたわけではないが、校内で生徒が扱えるパソコンが置いているのはそこくらいなので、茅をはじめとする知り合いの何人かがそこにいる可能性は大きかった。
案の定、茅や楓、堺雅史や斎藤遥を初めとするパソコン部の生徒達、それに玉木や有働などの放送部員たちが入り交じって、忙しく働いていた。
そこまでは、荒野が事前に予想した通りの光景だったが、現実には、それに加えて、佐久間沙織が、茅の隣に陣取って目にも止まらぬ速さでキーをタイプしていた。
それも……茅と同じく、左右にモニターとキーボードを置き、片手にひとつのキーボードを、左右に同時に叩いている。
肩を並べてキーボード二刀流を披露している茅と沙織の周囲には、当然のように人垣ができていた。
茅のとなりでは、楓が陣取ってかなり速いペースでキーボードを叩いているのだが、やはりインパクトが弱いのか、二刀流の二人ほどには注目を集めていない。
「……あっ……荒野君……」
人込みの中に荒野の姿を認めた沙織が、顔をあげて声をかけてきた。
「茅ちゃんが公然と能力全開にしてるのみると、わたしも、こそこそしているのが馬鹿らしくなっちゃって……ここももう卒業だし、セーブしなくてもいいかなって……」
そういって沙織は、可愛らしくちろりと舌を出す。
悪戯を見つかった子供の表情だった。
気づくと……沙織に話しかけられた荒野は、その場にいた全生徒の注視を浴びていた。
「……で、今度は、美術室に逃げ込んできた、と……」
一通り荒野の話しを聞いた樋口明日樹は、わざとらしいため息をついた。香也は、明日樹の側でこちらに背を向けて、例によってイーゼルにたてかけたスケッチブックに向かって、鉛筆を走らせている。
「加納君って……本当、注目されることが苦手なのね……そういうルックスなのに……」
「好きで、こういうルックスに生まれついたわけではないし……」
荒野は、悄然とした様子で、力無い声で答えた。
「今までずっと、目立つな、目立つな……と自分に言い聞かせて生活してきたんだから……仕方がないじゃないか……」
それから、荒野は香也に近寄り、香也にだけ聞こえる小さな声で、囁いた。
「君は……なんというか、豪胆だよな……妙なところで……」
すぐ側にいる明日樹の耳に入る可能性も考慮し、荒野は、言葉を選んだ。
今朝の一件を経験した後では……「ああいう環境」に身をおいていても、平然として態度を揺るがさない香也は……やはり「豪胆」としか、形容のしようがない。
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つづき]
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