第六章 「血と技」(69)
荒野は佐久間沙織の指示に従い、一度掃除中の空教室に足を運んで適当に十人ほどの生徒を引き抜いて、もう一度パソコン実習室に戻る。
実習室では、佐久間沙織を囲んで、数人の教師がモニターを睨んでなんやかんやと話し合っている。会話の内容を聞くと、どうも、今まで整理した内容を確認して意見を出しているらしい。もともと、教師の本業にかかわることで、一度見にくればどうしても口を出してしまうのだろう。
「……あ。加納君。お手伝いの人、連れてきてくれた?
じゃあ、さっそくだけど、これ、お願い……」
荒野の姿に気づいた沙織が、荒野の手に数十枚の紙の束を手渡す。
自主勉強会の趣旨や内容を簡単な文章にまとめ、A4の用紙にプリントアウトしただけの簡素すぎる内容だったが、こういうのは事務的な内容のほうが、本気で受け取ってもらいやすいのだろう……と、荒野は思った。紙の左下の方には、日付の入った承認印がすでに押されていた。
「……というわけで、これ、手分けして、校内の掲示板に貼ってきてほしいわけだけど……」
熱心に教材の内容を検討している沙織と教師たちに背を向けて、荒野は空教室から連れてきた生徒達に、手渡されたプリントアウトを配る。
「……特に難しい仕事でもないと思うから、早速……」
「……あのう……」
荒野が連れてきた生徒の一人が、おずおずと片手をあげる。
「掲示板に貼るのはいいですけど……そのための、画鋲は……」
……荒野は、自分の迂闊さを呪いたくなった。
「……そうだった。ちょっと待ってね。
佐久間先輩!」
沙織に画鋲のありかを尋ねると、「職員室に、細かい備品を保管している棚があるから、そっちで聞いてくれ」といった意味のことをいわれた。
そこで荒野は、ぞろぞろと十人のお供を引き連れて、画鋲を取りに職員室まで出向いて行った。
『……なんか、完全に使いっ走りだな、おれ……』
と、荒野は思った。
自分は……この学校のことを、あまりにも知らない……とも。
職員室に出向き、入り口の近くにいた先生に声をかけて画鋲が保管している棚の場所を教えて貰う。所詮消耗品だからか、画鋲の用途まで聞き返されることもなかった。
二人一組でポスターと画鋲を配り、校舎の何階のどちら側、とか、一年の教室前、とか、適当に場所を割り振って、解散する。一人が荷物もち、もう一人が貼る係、という分担で、五組と荒野単独で回る。
そもそも、この学校自体、さほど広くないし、うまくいけば三十分もかからずに終わってしまう仕事だ。
手持ちのポスターが貼りおわったら、元の空教室に戻らず、帰ってしまって結構です、とも、付け加えた。
もともと、人が集まり過ぎていたから、必要以上に拘束するのは、心苦しい。
『……しかし、まあ……』
一人になり、自分の分担のポスターを貼りながら、荒野は苦笑い混りに考える。
『こういう局面だと、本当に役立たずだな、おれ……』
茅や楓のようにプログラムが組める訳ではないし、茅や沙織のように学校の勉強ができる訳でもない。沙織のように、学校の内情に通じている訳でもなければ、玉木珠美のように、機転が利く訳でも、湯水のようにアイデアをだせるわけでもない……。
やはり自分は……荒事以外では、それこそ、使いっ走りが分相応のようだ……と、荒野は心中で自嘲した。
手持ちのポスターがすべてなくなると、荒野は一通り校舎内を回って見た。
手分けした他の組の様子を確認して置きたかったし、もし、作業が遅れている組があれば、手伝うつもりだった。
だが、もともと簡単すぎるくらいの仕事だったので、荒野が見回る頃には、すべての作業が終わった後だった。校内の掲示板一つ一つを確認し終わると、荒野は空教室の様子を見に戻る。
そちらに残った連中では、相変わらず仕事を遂行中だった。しかし、人数に余裕があるせいか、真面目に黙々と、ではなく、みな、談笑しながら手を動かしている。学年やクラス、クラブが違い、あまり接点がない生徒同士も多かった筈だが、短い間に、それなりに打ち解けているようだった。やはり、想定以上の人数が集まったのが幸いしたのか、備品の片付けと掃除は、ほぼ終わりかけていた。
「……あっ。加納君!」
やはりジャージ姿の有働勇作が、教室に入った荒野に気づき、声をかけた。
「ポスター貼りが終わったんで、来たんだけど……」
「こっちも、もう終わりですね……」
有働は、すっかり片付いた教室内を手でぐるりと示して答えた。
「今、新しい蛍光灯を取りにいっていますから、それを取り替えて、終わりです。
皆さんが協力的だったので、予想外に短時間で終わりました……」
「……そのようだね……」
荒野が教室内を見渡すと、雑巾やモップなどの掃除道具を片付けているところだった。
「なんか……いろいろと、うまくいきすぎじゃないか? 今日は……。
今朝も、勉強会の準備をはじめようって、話しをしていたところに、ちょうど佐久間先輩が通りかかって手伝ってくれる、っていってくれたんだぜ……」
佐久間沙織の協力がなくとも、それなりに進んだのだろうが……教員や在校生に多くの知り合いを持ち、校内の内情に明るい沙織がいなかったら、今日ほどスムーズにはいかなかった筈だ……と、荒野は思う。
「佐久間先輩は……また、特別ですから」
有働は、荒野がいわんとするところをすぐに理解して、頷いた。
「……やっぱり、元生徒会長、ってだけではないんだよな……」
学校、というものに通い初めてようやく一月を経過した荒野は、生徒会役員、というもの実態をよく知らない。現会長が誰なのかさえ、知らない。
「佐久間先輩は、全校生徒の顔と名前をすべて覚えている、という噂なのです……」
そのあたりの事情は、荒野もよく知っているところだったが、有働は丁寧に解説してくれた。
「……型通りの役員の仕事以外に、多くの生徒から個人的な相談を受けて、場合によっては、喧嘩や諍いの仲裁することも多かったです。
だから、先輩に、恩義を感じている生徒は多いのです。誰にでも好かれ、悪くいわれることがない、珍しい人なのです……」
成績優秀な上、人格者の完璧超人……さらに、それが嫌味ではない性格、か……。
「……さぞかし、もてたろうなぁ……」
荒野が、ぼつりと呟くと、
「……それは、もう……」
有働も、頷く。
「男子にも女子にも人気が有りましたが、男子は却って引き気味でした。アプローチするのは、女子の方が多かったようです……」
有働は、そういったことに特に興味がありそうにもみえなかったが、訥々とした口調で語った。玉木をはじめとする放送部員の中に混っていれば、特に興味がなくとも耳に入るのかもしれない。
いつの間にか、片付けを終えた生徒達が一人、また一人、と有働と荒野の回りに集まって来ていた。その中には、孫子も、飯島舞花や柏あんななどの水泳部の生徒もいる。
「……少し前まで、この学校で女生徒に人気のある生徒は、そこの飯島さんと佐久間先輩でした。この二人が人気を二分していました」
「……そうそう。
去年のバレンタインは、いっぱいチョコもらった。
でも、去年の秋にこれとくっついたから、今ではもう昔の話し……」
そういって、舞花は傍らの栗田精一の首を抱き寄せる。
「はい。
それで、秋から年末までは、佐久間先輩の寡占状態が続きます……」
「年末まで?
今は、違うの?」
荒野が、有働に尋ねる。
「……はい。今では、佐久間先輩と、そこの才賀さんが、人気を二分しています。
佐久間先輩が卒業なさったら、恐らく才賀さんの寡占状態になるものと思われます……」
有働がそう続けると、孫子は、珍しくポカンと口を開け、あっけに取られた表情をして凍りついた。
「……おそらく、才賀さんの容姿とクールな言動とが、人気の源なのです……」
凍りついている孫子には構わず、有働が訥々とした解説を付け加える。
孫子のすぐそばでは、飯島舞花が笑いをかみ殺して、身悶えていた。
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