2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(71)

第六章 「血と技」(71)

 荒野がマンションのドアを開けると、玄関で楓と鉢合わせになった。コートを着て鞄を持っているところを見ると、ちょうど出るところだったらしい。
「あっ。どうも……加納様……」
 荒野の顔を見ると、楓はぴょこんと頭を下げた。
「わたし、荷物運ぶの手伝っただけですし、もう帰りますから……」
 楓は、何故か急いだ様子で、へこへこと頭を下げながら、マンションから出て行った。
『なんか……焦ってなかったか、あいつ……』
 そう首を捻りながら、キッチンを抜けて物置にしている部屋に向かう。着替えや荷物はそっちの部屋に置いているし、玄関からその部屋に行くのには、どのみちキッチンを経由する。キッチンでは茅がメイド服姿で夕飯の準備をしていた。
 服装については、もはや突っ込む気にもなれない。
「……ただいま、茅。
 今日は、何?」
 挨拶がてら、そう尋ねる。
「ブイヤベースなの」
「また、新メニューか……」
 最近の茅は、ネットなどで調べてレパートリーを拡張して来ている。
「材料、玉木の家から買うことが多いから、どうしても魚料理が多くなるの。
 和食は、一通りやったし……」
「……そうだな……」
 荒野はなにげなく頷いて、キッチンから物置にしている部屋に入った。
「でも……魚はなんかヘルシーってイメージあるから、いいんじゃないのか?」
 その部屋で制服を私服に着替え、キッチンに戻ると、茅が紅茶を入れてくれるところだった。
「そういや……なんで、今日に限って買い物までしたんだ?」
 商店街では、ヴァレンタイン・イベントしてゴスロリ祭りが絶賛開催中である。
 従来よりも人が多く、特に、外来者の服装が尋常ではないから、荒野でさえ、荷物を抱えてうろついていると、疲れる。
 ……特に、精神的に。
「今日だけではなく、今度から、買い物は茅がするの」
 茅は、平然と答えた。
『……楓に荷物持ちをさせて、か……』
 と、荒野は思った。
 たった二人の所帯とはいえ、荒野は人の三倍から四倍は食べるから、日々の食材の量も、これで馬鹿にならない。だから、買い物は荒野の分担だったわけだが……。
「……おれは、別にそれでもいいけど……そうすると、茅が、大変だろう……」
 荒野は紅茶を啜りながら、なるべく何気ない表情を作って、それとなく茅に異議を唱える。
 本当なら、「楓が、大変だろう」といいたいところだ。
「大丈夫なの……」
 しかし、茅は、荒野の前で両腕を上げ、ガッツポーズ作って見せた。
「今日は楓に手伝って貰ったけど……あの量なら、茅、一人でも持てるの。
 茅、最近、筋力が増してきているの」
「……まあ、毎朝走っているから、多少タフになっているのは、本当だけどさ……」
 荒野は、ゆっくりと首を横に振りながら、いった。
 茅は、これで、自分からいいだしたことは、確実に実行する。
「でも、ま……楓も、茅の護衛が仕事なんだから、ついでに少しは手伝わせてやってくれ……」
「……わかったの……」
 茅は、意外に素直に頷く。
「それで、荒野……。
 楓から、体術を習う件は……」
 ……まだ、忘れていなかったのか……と、荒野は思った。
 昨日の見学だけは許可して、最終的な許可は棚上げしていた形だったが……。
「じゃあ……この際だから、正直にいうけど……」
 返事をぼかすことを観念した荒野は、ゆっくりと言葉を押し出す。
「茅には……無理だと思う。
 確かに……茅の基礎体力は向上しているし、同学年の女子と比べたら、今でもかなりいい線いっていると思うけど……。
 それでも、一族に対抗できる、というレベルには、全然及んでいない……。
 あれ。生兵法は怪我の元、ってヤツだ。生半可に技を身に付けると、いざっていうときに、かえって危ない……」
 一族の体術は……スポーツとは、違う。
 相手を……敵を倒し、無力化するための武術で……そんなものを身に付けるのは、常時武器を帯びているのと変わらない。
 特に一族相手では、無力な小娘なら見逃してくれる局面でも、技を身に付けていれば、容赦なく攻撃される。未熟であったとしても、反撃の手段を保持している者をむざむざ見逃してくれるほど甘い者は、一族にはいない筈だ……。
「荒野が危ぶんでいることは、理解しているつもりなの」
 茅も、荒野の言葉に頷く。
「でも、茅は……無力な、いつまでも守られているばかりの存在では、イヤなの……」
「それは、感情論だ」
 荒野は、真面目な顔で、茅を諭した。
「半端に技を学んだ状態の方が……今よりも、かえって危ないよ……」
 茅と荒野は、しばらく睨み合った。
「……わかったの」
 ふい、と茅が、視線を外す。
「では……一週間だけ、楓に習うの……」
「……一週間だけ?」
「茅には……それだけあれば、十分なの」
 そういって茅は、ゆっくりと何歩か歩いて、荒野から距離をとる。
 一体何を……と、荒野がいぶかしんでいると、不意に、茅の方から、手裏剣が放たれた。
 それも、立て続けに、数発。
「……危ないじゃないか……茅」
 荒野は、受け止めた棒手裏剣を全てテーブルの上に置く。棒手裏剣は、全部で五本を数えた。
「昨日、見ただけで……ここまで、出来たの。
 手裏剣は、今、楓から貰ったものだけど……」
 ……それで……楓が、やけに慌てて出て行ったのか……と、ようやく思い当たる。
 茅にねだられて、荒野に無断で手裏剣を渡したことを……楓は、後ろめたく思っていたのだろう。楓は、そういう部分を隠すことが、不得手な性分だった。
「茅は……普通とは、違うから、一度見れば、頭の中で、何度も練習できるの……」
 荒野が黙っていると、茅は訥々と説明を続ける。
「そう……だな……」
 荒野は、考え込む。
 茅が、ここまで思い詰めているとなると……滅多なことでは、諦めないだろう……。
「一週間、楓に習ってみて……その後、テンと模擬試合をしてみる。
 それで、テンに勝てたら、その後も楓に習い続けていい、っていうのは……どう?」
 そのあたりが、荒野にもなんとか納得できる、ギリギリの妥協点だった。
「……わかったの」
 茅も、素直に頷いてくれた。
『また……楓の負担が、大きくなっちまったな……』
 と、荒野は思った。



[つづき]
目次

有名ブログランキング

↓作品単位のランキングです。よろしければどうぞ。
newvel ranking HONなび



↓このblogはこんなランキングにも参加しています。 [そのよん]
Muhyoo-Japan! WA!!!(総合ランキングサイト) ブログランキングranQ アダルト列島No.1 創性記 あだるとらんど 大人向けサーチ Secret Search!  裏情報館 Hな小説リンク集

Comments

Post your comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

このページのトップへ