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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(72)

第六章 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(72)

 食事を終えると、荒野は隣の庭に行くことにした。
 茅の件をはやめに楓に伝えておきたかった、というのもあるし、ここ数日、週末のごたごたとその後始末でなにかと忙しく、そろそろ「何もしない時間」が欲しくなった。
 荒野が外出の支度をしていると、茅もコートを着だした。
「……珍しいな。おれ、隣のプレハブに行くつもりだけど……茅も、来るのか?」
 茅は、あまり香也の絵には興味を示さない。
「いくの」
 茅は、頷く。
「荒野に許可を貰ったから、茅が直接楓に頼みにいくの」
 いい心掛け、だ……とは、思う。
 確かに、今の時間なら、楓はプレハブで、香也と一緒にいるだろう。

 エレベータを降りて隣の家に向かい、玄関は通らず、直接に庭に出ようとしたところで、玄関からでてきた孫子と鉢合わせになった。
「……加納!」
 孫子は、何故かノートパソコンを抱えていて、荒野の顔を見ると、顔を綻ばせた。
「わたしくたちは、お金を稼がなくてはいけません!
 加納も、協力しなさい!」
 几帳面な孫子にしては珍しく、髪がほつれ気味になってた。
「……いや、何でそうなるのか分からないけど……」
 荒野は……孫子から詳しい事情を聞かなくてはな……と、思った。
「とりあえず、詳しい話し、聞かせてよ。
 長くなるんなら、どこか暖かいところに移動して……」 テンとガク、だった。

 そういいながら荒野は、茅と孫子を従えて、庭の方に向かって歩いている。
 荒野としては、出来れば、香也の絵を眺めながら話しを聞きたがった。
「……あれ?」
「かのうこうやだ……」
 荒野たちが向かう先、庭の方から聞き覚えのある声が聞こえる。
 テンとガク、だった。
「……お前ら、何やってんだ? 夜中に……」
 荒野は、二人に話しかける。
「ガクの、手裏剣の練習」
「この時間にか? 暗くて手元は見えないだろ?」
 庭の方までは、街灯のあかりも届かない。
「ボクらが? 全然、大丈夫。
 それより、他の人に見られないから、却って都合がいいし……」
 二人とも、夜目が効くのか……と、荒野は思った。
『ついでだ……ちょっと、見てやるか……』
 ちょうど、楓にばかり仕事を押し付けて、心苦しいと思っていた矢先でもある。
 荒野は、茅と孫子に向かって、先にプレハブに入るようにいったが、二人は荒野から離れなかった。
「……茅はともかく、才賀も、か?」
「シルヴィからは、この手の体術は習っていませんの……」
 孫子は、荒野が発しそうな問を先取りして答える。
 ……まあ、いいか……と、荒野は思った。
 そして、ガクの手から、棒手裏剣を一本、受け取る。
「……ガクはな、おそらく、力を込めすぎているんだ。
 もっと、こう……腕の力を抜いて、だな……」
 荒野は、手裏剣を握った腕をぶらぶらと動かし、す、と翻す。
 こん、と乾いた音を立て、二人が標的にしていた桜の木に、手裏剣が突き刺さっている。
「……な。
 筋力で投げるのではなくて、腕を鞭のようにしならせて、遠心力を乗せるつもりで打つんだ。
 手裏剣は、投げる、というより、打つもんだ。
 楓も、そういってなかったか?」
「……そういや、そんなことをいっていた様な気も……」
 ガクは、なにか考え込む顔になる。
「ガクは、あれ、多分、力で投げようとして、変な力が手裏剣に伝わってるんだよ。もう少し、力を抜く、ということを覚えること。
 こんなもん、ある程度以上の術者に使ったって、牽制にしかならないんだから、あまり神経質に考えない方がいい……」
「それ、本当ですの?」
 孫子が、荒野の言葉に反応する。
「何十人で取り囲んで、何十発もいっせいに放ったらまた、話は別だけど……。
 実際的な話をすると、実力のある術者を、そこまで追い込むのもまた一苦労だしな……。
 こいつらみたいにライフル弾、視認して叩き落とせるのは少数派だけど、それでも、一定以上の術者は、手裏剣くらい、受け止めるなり弾くなり、どうにでもできる……」
「……非常識な、方々ですわね……」
 孫子が、肩を竦めて呆れた口調で嘆いた。
 ……楓やこいつらと互角にやりあえる、お前がいうな……と、荒野は心中で突っ込んだ。
「……とにかく……。
 ガクは、いい機会だから、自分の力に頼らずにやる……っていうこと、覚えてみろ……」
 荒野は、ガクに向かって、そういう。
 荒野が見るところ、ガクは、自分の優位……筋力の強さ、に頼り過ぎる傾向がある
「怪我が直りきるまでに、ガクは、手裏剣がうまく投げられるようにする。ただし、傷口が開くまで、熱心にはやらない……。
 そういうのも、たまにはいいだろう……」
 ガクにそういうと、荒野は、孫子に顔を向ける。
「……それで、才賀の方は……なに、慌ててたんだ?」
「……そう! そう、ですわ!」
 荒野に改めてそう尋ねられて、孫子はようやく自分の用件を思い出した。
「……わたくしたちは、早急にお金を稼ぐシステムを構築する必要があるのです!」
「……あー……」
 孫子の返答が唐突なものだったので、荒野の目が、点になった。
「……状況が、よく呑み込めないんだが……。
 話しが長くなるようなら、どこか暖かいところに移動しよう……」
 数秒の間を置いて、荒野はようやく、そういった。
 今夜は、香也の絵は見れないかな……と、ふと思った。
「……母屋、プレハブ、それとも、おれたちのマンション……。
 そのどれが、会談の場所として適切だと思う?」
 孫子の話しの内容が見当つかない身としては、荒野としては、孫子にそう聞き返すしかない……。
「……羽生さんにも聞きたいことがありますし……居間が、都合いいですわね……」
「……茅、プレハブに楓がいたら、居間にくるようにいって連れてきてくれ……」
「……ね。ね……。
 そのお話し、ボクたちも聞いていい?」
 テンが、ガクと頷きあって、荒野の腕をとる。
「……手裏剣の練習は、いつでもできるし……」
「……才賀に、聞け……」
「構いません。
 誰でもいいから、なにかいいアイデアを出して欲しいくらいですわ……」
 孫子が即答したのを見て、荒野は「……心情的に、かなり切羽詰まっているのかな……」と、思った。

「……はぁ……」
 孫子の話しを一通り聞いた後、太いため息をついたのは、羽生譲だった。
「いや……でも……。
 それ、常識で考えたら、ソンシちゃんの伯父さんのいう通りだわ……。
 普通、未成年は……そんな巨額のお金、ぽんぽんと動かしたりしないし……」
 孫子の個人的な資産が十億単位、と聞いて、羽生はどこか馬鹿馬鹿しくなってきている。
「……つまり、その、当てにしていた自分のお金が使えなくなったから、変わりに軍資金の調達方法を考えなくてはならない、と……」
「……ええ……」
 孫子は、頷く。
「なにをするにしても、お金は大事ですから……」
「……そりゃ……そうだけどさ……」
 なんというか……。
 やはり、一緒に住んでいても、この子たちと自分とでは、別世界の住人なんじゃないか……と、羽生は思った。
「そういうことなら……円で、一億ちょいなら、すぐに調達出来るけど……」
 荒野が、何げない口調で、さらりとそんなことをいう。ちょうど、ついこの間、計算したばかりである。
『……か、カッコいいこーや君までかぁ……』
 羽生は、内心焦りながら、
「……ど、ど、ど……どーしたん?
 そんな大金!」
 口では、そういった。
「どーした……って、普通に稼いだギャラ、だけど……。
 ここに来るまでずっと仕事してたし、貯める一方だったもんで……いつの間にか、そんな金額になってた……。
 でも、それを足しても、才賀が考えていた事業の資本金には、全然足らないんだろ?」
「……ええ。
 それだけですと、設備投資もろくに行えません……」
「なら……今ある設備を最大限に利用して、利益を上げるしかないな……。
 才賀の伝手とおれの金があれば……徳川の会社の利益率を上げるための人を雇えるんだろ?」
「法務。経理。営業。
 ……それでも、ギリギリ、ですわね……」
「万全の態勢で挑みたいのは分かるけど、ないものは、ないんだから……。
 足りない分は、工夫するしかないね……」
 荒野は、肩を竦めた。
「……羽生さん……」
 孫子が、羽生に顔を向ける。
「手持ちの服や小物、アクセサリー類を処分したいのですけど……一番高価に処分出来る方法って……」
「……んー……。
 質屋やリサイクルショップにもってっても、足元を見られそうだからなぁ……。
 ソンシちゃんのだから、物は極上、なんだろ?
 だったら、ネット・オークションで欲しい人に直売りしたほうがいいな……」



[つづき]
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