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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(74)

第六章 「血と技」(74)

 その後、楓が「ガクのコードを見てみたい」と、言い出したのを機に、テンが徳川から借りているパソコンを持ってきて、その場でガクにプログラムを書かせることになる。ガクが、「以前に書いたものは保存していないが、この場で書くことはできる」といった意味のことを、豪語したからだ。
 ガクは自分の言葉を実証するため、テンが持ってきたパソコンを立ち上げ、猛然と指を動かしはじめる。
 荒野はその動きをみて、不審に思った。
『……二本指しか使ってないんじゃぁ……』
 荒野の座る位置からは、画面は見えなかったが……最初にいくらかの動作を行うと、ガクは、その後はテンキーしか叩いていないようにみえた。
 ガクの後ろに移動して画面を覗き込んでいる楓と茅が、「マシン語」とか「カオス理論」とかいう単語を織り混ぜながら、荒野には理解不能な会話をしている。
『……つまり……ガクは……』
 ああ見えて、単なるお馬鹿ではなかったらしい……と、荒野は思った。
「かのうこうや。
 ボクのことを山出しのお馬鹿だと思ってだでしょ?」
 タイミングよくガクにそう突っ込まれ、荒野は思わず「うん」と頷きそうになる。その寸前に、ようやく、自制することに成功したが。
「……単純な奴だとは、思っていたよ……」
 荒野は、より当たり障りのない感想をいって、答えた。
 ガクは、見透かしたような顔をして、「ふん」と、これ見よがしに鼻を鳴らした。
「……ガクの処理系は……」
 テンが、かなり微妙な表情を浮かべて、解説する。
「ボクやノリと比較すると……かなり、複雑になっている……らしい。
 じっちゃんに新しいことを習った時、最初に覚えるのは、ボクかノリ。
 ガクは、学習の過程では、一番多く失敗して、試行錯誤を繰り返すんだけど……一度、覚えた事に関しては、誰よりもうまくやてみせる。
 なんていうのかな……飲み込みは悪いけど……応用に、強い、というか……。
 一見解決不能な問題にぶち当たった時に、ボクらが思いがけない解決方法を見つけるのも、たいてい、ガクだし……」
「その代わり……テンは、ボクなんかよりも、よっぽど頭がいいじゃなか……」
『……なるほど……』
 二人の表情を見比べて、荒野は腑に落ちる所があった。
『こいつらの関係も……見た目ほどには……』
 シンプルでは、ないらしい……と、荒野は思う。
 何しろ、物心ついた時からずっと一緒にいたわけだから……そのくらいの「複雑さ」は、あって当然に思えた。
 荒野は、その事実を強く記憶にとどめた。
「……この分では、ガクについては、心配なさそうですけど……」
 そんなことを考えている荒野に、孫子が話しかけてくる。
「そう……だな。
 どうせ、できあがったプログラムを、徳川あたりに検証してもらわなければ……おれたちでは、まともな評価はできそうにないし……」
 それでも……ガクの後ろにたってノートパソコンを見つめている楓と茅の様子をみていれば……おおよその、見当はつくのだが。
『記憶力だけでは……佐久間の資質を全く受け継いでいない……とは、判断できない……と、いうことだな……』
 当たり前のことだが、記憶力だけが、頭の良さを示す指針にはならない。理論構築やインスピレーション……他人に理解できる説明をするのは困難だが、その実、先端的なアイデアを平然と出すことができる……という知性のあり方も、当然、あるわけで……。
『……まいった、なぁ……』
 荒野は、この件に関わるようになってから、何度目になるのか分からない感嘆を、心の中だけでこっそりと行った。
 ヒトゲノムの操作、などという、未知の技術によって産まれた子供たちである。製造者がまるで予想をしなかった能力を獲得することも、あるだろう……。
 この場にはいない、ノリも含めて……。
『……うまくやっっていかないと……』
 一族どころか……こういう子供たちが育ち、増えてきたら……世界でも、征服できてしまうのではないだろうか?
 茅、テン、ガク、ノリ……それに、未だに全貌が掴めていない、襲撃者……などは、ようするに、人工的に造られた、ミュータントだ。おまけに、そのうち、全員で何人いるかも知れない襲撃者に与する子供たちは……一族、あるいは、人間全体への憎悪を刷り込まれているらしい……。
 こちらにできることは……大体、あちら側の子供たちにも、できると筈、であり……。
『……まいったなぁ……』
 再度、荒野は、心中でぼやいた。
 荒野の立場にしてみれば……テンやガク、ノリや茅たちが、卓越した能力を見せるたびに……向こうにも、同等かそれ以上の能力の持ち主がいる、ということを、思い起こしてしまうわけで……。
「……かのうこうや……」
 そんな荒野の顔色を読んだのか、ガクが、話しかけてきた。
「……なんか、不安そうな顔をしているけど……かのうこうやは、それに、孫子おねーちゃんは……何でも自分たちだけで、解決しようとしすぎているよ。今日の話しを聞いていると……」
 そう話す間も、ガクは、指を動かし続ける。
「……トクツーさんとか、放送部の人たち、とか……その他にまだまだ、協力してくれそうな、学校の人達が、いるんでしょ?」
『……戦力としてはあてにならない、一般人だが……』
 と、思いながら……しかし、荒野は、口に出しては、こう返事をした。
「……お、おうぅ……」
「なんで、素直に、その人たちに協力を求めないかな……」
「も……求めていない訳では、ないけど……」
 追求されて、荒野はしどろもどろになる。
「今日だって……メール一つで、大勢集まって暮れたし……」
「……そう、それ!」
 ガクが、ここぞとばかりに、語気を強めた。
「……その人たち、この間茅さんたちが作ってたシステム、使って集めたんでしょ?
 なんでそのシステムに手を加えて、双方向性にすることを考えないかな……。
 双方向性にすれば……そのまま、広範な作動域を持つ、警戒システムになるじゃん……」
『……あっ!』
 ガクに指摘されて……荒野は、ようやく自分の迂闊さに気づいた。
「アマチュアだってさ、一般人だってさ……怪しいヤツをみつけたら、その場でメールを打って注意を喚起する……ということは、できるんじゃないかな?」
 ガクは、滔々と先を続ける。
「……ボクらが全員でかかれば……打撃力は、そこそこあるんだから……後は、敵の動きを察知してから、どれだけ速やかに、迎撃する態勢に移ることができるか、という、問題だよね……」



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