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彼女はくノ一! 第五話 (161)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(161)

 楓とテンとの立ち会いは、数秒もせずに終わった。
 五メートルほどの距離を置いて向き合った……と、思ったら、次の瞬間に、楓は棍を、関節を伸ばしたまま、横向きに投擲する。
 テンは、それを自分の棍で払おうとしたが、当然のことながら、楓が投じた棍は、テンの棍に絡まる。
 そして、テンが楓の投じた棍に気をとられた隙に、楓は距離を詰めていた。
 テンが対処する間もなく、楓はテンの体を軽々と真上に投げる……。

「……ガク。
 今の、どう思う? お前なら、もっとうまく捌けたか?
 今の楓の攻撃……」
 荒野が、やってきたばかりのガクに尋ねる。
 荒野は、テンが楓に勝てるとも思っていなかったが、流石にここまであっけなく勝負がつくとも思っていなかった。
「……テン……間抜けだ……」
 ガクの方も、かなり呆気にとられた様子でそう感想を漏らす。
 それから、
「……ボクなら、楓おねーちゃんが棍を捨てたら、ボクも、その棍めがけて、自分の棍を投げる。武器を捨てる不利よりも、楓おねーちゃんから注意をそらす脅威の方が上だと思うから……。
 だから、何秒かは長引いたけど、その後は……」
 ガクは、意外に大人びた仕草で肩をすくめ、続きをいわなかった。
 以前、ガクは、素手同士で楓とやりあって、のされている。
 またやっても勝てる……と、無条件に信じ込めるほど、ガクは楽天的ではない。
「まぁ……。
 ガクの方が、テンよりは、いくらか頭が柔らかいってこったな……」
 荒野はそういって、楓の方をみる。
 楓は、自分が真上に投げたテンの体を受け止めて、地上に降ろしているところだった。
「楓……お前、なんで棍をまともに使わなかった?」
 荒野は、楓にそう尋ねた。
「だって……わたし、この武器に、不慣れですから……。
 何年も扱っているテンちゃんと、正面からやり合っても、不利になるだけですし……。
 だったら、何も持たない方が身軽かなぁ、って……」
 楓は、照れくさそうな様子を見せながらも、そのように語る。
「テン……。
 感想は?」
 荒野は、今度は地上に立ったテンに向かって、聞く。
「道具は所詮、道具に過ぎない。
 目的を遂行するための手段に固持し、目的を軽視した……」
 テンは、つい今し方の自分の醜態を、そのように分析した。
「……かのうこうやのいうとおりだ。
 確かにボクは、頭が硬い……」
 武器を持っている方が、持たない方よりは有利だ……というのは、一般論としては、正しい。
 しかし、武器を持つことに拘って、自ら窮地を作り出したのは、本末転倒だった……と、テンは認めた。
「……テンだけでなく、ガクもノリもそうだけど……お前らに一番欠けているのは、経験だ。長い間、手の内を知っている相手としかやり合っていなかったから、相手が予想外の手段に訴えた時、咄嗟の判断が鈍くなる。
 それで、本来の実力を発揮する前にやられちまう……。
 勝負勘とか駆け引きが稚拙、っていうことだな……。
 これを克服するのには、多種多様な相手と実際に組み合ってみるのが、一番いい……」
 荒野が解説すると、テンは、「そうだね」と素直に頷いた。
「なんでかのうこうやが、ボクにも、体術を楓おねーちゃんに習わせようとしたのか……。
 よく、理解できたよ……」
「……というわけだから、楓、後は任せたな……。
 こいつら二人と、あと、茅と……」
 荒野はそういって、楓の肩をぽん、と叩いた。
 楓は、「えっ?」といって、目を見開いている。
「……なんでボクは、怪我なんかしているんだ……」
 ガクはガクで、そんな風に呻いて、悔しそうに地団駄を踏んでいた。
「せっかくの、いい機会なのに……一人だけ、怪我をしているんだ。
 これじゃあ、楓おねーちゃんに稽古つけて貰えないじゃないか……」

「……加納……」
 荒野がガク、テン、楓の三人から離れると、孫子が寄ってくる。
「本当に、あの子に……体術、習わせますの?」
 孫子はそういって、ダッシュを続けている茅の方を顎で示した。
「おれも、反対は反対なんだが……茅本人が納得しない限り、止めることは難しい。
 あれで、頑固な所もあるし……」
 荒野はそういって、頷いた。
 それから、ふと何かに気づいた表情になって、孫子に向かってこういった。
「ようは……茅自身が、無理だと納得すればいいんだから……。
 才賀。
 お前、茅を、適当に打ち据えること、できるか?」
 荒野にそういわれた孫子は、数秒、眉間に皺を寄せて何事か考えこんだ顔をした後、
「可能、ではありますけど……本当にそれで、よろしくて?」
「全治何週間、とかいうのは困るけど……痣を作るくらいで諦めてくれるのなら、安いものだろう……」
 荒野は、頷く。
「確かに……危険に身をさらすよりは……はるかにマシですけど……」
 孫子も、しぶしぶ、といった感じで、荒野の言葉に頷いた。
「じゃあ、早いほうがいいな……。
 おい。
 テンとガク、お前らの棍を貸せ。茅、こっちに来い……。
 今度は、才賀が茅に稽古つけてくれるってよ……」

 しかし、実際にやってみると、荒野や孫子が想定した通りには、事は進まなかった。
 むしろ、逆の結果に終わった。

 棍を構えて対峙する、孫子と茅。
 次の瞬間、茅の体が、消える……ように、見えた。
「……えい」
 緊迫感に欠ける茅の声が聞こえて、孫子が構えていた棍が、地面に落ちた。
 孫子は、「何が起きたのか分からない」という顔をして、自分の手元を見る。
 赤く、腫れていた。
「……気配、消しましたね……」
 楓が、ため息混じりにそういった。
「……それだけは、完全にマスターしているな……茅……」
 荒野も、どこか諦観の混じった声で、呟く。
「……前の時も、驚いたけど……」
「……完全に、分からなかった……」
 テンとガクは、そんなことを囁きあっている。
「才賀。
 恥じることないぞ。今の茅は、気配を消すことに関しては、一流の術者並だ……。
 あれを、察知できるのは……一族の中でも、数えるほどしかいない筈だ……」



[つづき]
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