第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(163)
炬燵の上にノートパソコンを置いて作業をしていると、孫子からメールが入った。
孫子が、今日の夕方、徳川の工場にいく予定だから、一緒に行かないか、というお誘いのメールだった。
本来ならその日、テンは一日自宅にいる予定だったが、孫子に誘われれば話しは別である。あまり邪魔をしてはいけない、と遠慮しつつも徳川から学ぶべきことは多かったし、様々な工法を実地に見学するのもいい経験であり、できれば、もっと頻繁に足を運びたい……と、テンは思っていた。そこに、孫子がいい口実を与えてくれた形である。
昨夜の話しの流れでは、孫子は、徳川の事業を、より効率のいいものにするために、テコ入れを加えるつもりのようだった。
経済活動……というのもテンにとっては未知の分野であり、孫子の手口への興味も、少なからずある。
テンが「一緒にいく」という旨の返信をすると、折り返し孫子から、「放課後、一度帰ってから、一緒に行こう」という意味のメールが返って来る。
実は、自分が着る服に関してそれなりのこだわりを持つ孫子は、制服のまま出歩くことを好まない。一度帰宅して、というのは、私服に着替えてから出掛けたい、という意図もあったのだろう。
『……あんな、なにもない、埃っぽい所に行くのに……』
どんな格好をして行っても、同じようなもんじゃなかな……というのが、テン自身の感覚であり、これは、孫子とは異なるのであるが、テンたちは本土に来るまで、ファッションに関してはあまり選択の余地がない環境にいたので、ことによったら孫子の感覚の方が、より一般的なのかもしれない……と、テンは思う。
孫子は、部活などの用事がないと時は、いつでも寄り道をせずまっすぐに帰宅したので、孫子が帰宅する時刻は容易に予測出来た。その時刻に合わせて、テンは、作業中だったデータをバックアップし、パソコンの電源を切り、使っていた湯飲みや急須を洗って片付ける。
自分たちの部屋を覗いてガクが寝ていることを確認し、居間に戻り、新聞の織り込みチラシの裏に「孫子と徳川の工場にいってくる」という旨のメモを書き終わった所で、孫子が帰宅した。
孫子は、居間にいたテンに、「着替えてきます」とだけ言い残して自室に引っ込み、そしてすぐに戻ってきた。何事につけ、動作がキビキビとしている孫子は、着替えるのも早い。
居間に入って「今、タクシーを呼びますから」と携帯を取り出した孫子を、テンは制止する。
「……足なら、自転車が二台、ちょうど使えるようになったところだし……。
孫子おねーちゃん、昨日、お金増やしたいっていってたでしょ?」
距離的に見て、タクシーを使ったとしても、たいした出費にはならないのだが、孫子は頷いた。
「……そうですね。あるものは、使わないと……」
テンにせよ、孫子にせよ、自分の体を使用することを忌避する性分ではなかった。
ハンドル前の籠に自分のパソコンが入ったケースを入れた孫子を先頭になり、その後にテンの自転車が続く。
徳川の工場へは、二人とも何度か往還しているので、道順は頭に入っている。
孫子もテンも、特におしゃべり好き、というわけではないので、黙々とペダルを漕いだ。どの道、自転車なら十分強しかかからない距離である。
すぐに住宅街を抜け、倉庫や工場が並ぶ地区に入る。その地区に関して、テンは、これといった産業がないこの地方で、十何年前に農地を潰し、某メーカーの工場を誘致した……その跡地だと、説明されていた。何年かは、そのメーカーの大規模な工場が実際に稼働していたものの、すぐにそのメーカーは生産ラインを国外に移し、この辺り一帯は、一度、空き家になった。徳川の話では、ついこのあいだまで実質上、ゴーストタウンなっていた関係で、不動産も、比較的割安だ……ということだった。
その代わり、住宅がほとんど無くて夜間は目が行き届かない、などの理由により、交通量の少ない場所などが、ところどころ、放置ゴミの溜まり場になっていたりする。
それから徐々に、跡地を分割して工場やら倉庫やらとして利用されるようになって、今にいたる……ということで、大型トレーラーなども行き来する関係で、そのあたりの道路は、道幅も広めだった。
朝晩はトラックが多くなるそうだが、まだ日が高いこの時間帯は、車道もガラガラに空いている……筈、だった。
「……孫子おねーちゃん……。
この、喧しい人たち、なんなの?」
「……この方々は、暴走族とかいう方々ですわ。
わたくしも、実際に見るのは、初めてですけど……」
テンと孫子は、周囲を取り囲んだバイクの爆音に負けないように、大声を張り上げている。
「……マフラーを外してわざとエンジン音を響かせているのは、この人たちの仕様なの?
それとも、無意味に騒音を撒き散らして、不特定多数の通行人に不快な思いをさせなければならない、とかいう戒律の宗教に入信しているとか?」
「……わたくしもよくは知りませんが、おそらく、自己主張の一種ではありませんこと? こんな迷惑行為でしか主張できない自己に、どれほどの価値があるのかは、はなはだ疑問ではありますが……」
「……とりあえず、こんだけ大勢に取り囲まれているとトクツーさんの工場まで行けないんだけど……。
この人たち、蹴散らしちゃっても、いいかな?」
「一般的に、か弱い婦女子は、このような時、成すすべもなく震えているのが常套というものです。
それに、刑法的にも、先手をだすよりは、追い詰められてから、自衛手段として行使する時の方が、同じ暴力でも有利になります」
「よくわかんないけど……もう少し様子見て、手出ししてきたら、返り討ちにしちゃっていいっていうこと?」
「実質上、そういうことになりますわね!」
傍で聞いていると、どこまで真面目にいっているのか判断に苦しむやり取りを、周囲の騒音に負けないような大声でうありとりするテンと孫子だった。
「……ちょっと待てや!
ねーちゃんたち!」
孫子たちを取り囲んだ集団の先頭を走っていた特効服が、片手をあげて合図をすると、二十台ほどの改造バイクがいっせいに停った。
取り囲まれていた孫子とテンも、先行車両と激突したくはなかったので、タイミングを合わせて停る。
「なめてんのか、お前ら!
ここにいる全員でまわしたろかぁ! ああん!」
先頭を走っていた男が、孫子の方に近寄ってくる。
……典型的なチンピラの顔だな……と、孫子は思った。
「最初にひとつ、確認しておきたいことがあります。
誰かに頼まれて、このような行為をおこなったのですか?」
孫子は平然と、近寄ってきた男にいいかえした。顔にはうっすらと笑みさえ浮かべている。
「……おおよ。
うちらの仲間がな、ケーキ屋の猫耳男に転倒させられての。そのお礼参りじゃ。
お前ら、あの白髪野郎の仲間じゃろ? ああん?」
「……かのうこうやのことかな?」
小声で、テンが孫子に囁く。
「多分。この件のことは、聞いていませんが……」
荒野にとっては、特に記憶する必要もない、子細なイベントだったのだろう。
「……なにこそこそやっとのじゃ、わりゃ!」
二十名以上で取り囲んでもまるで動じる様子もない孫子たちに、不審を覚えつつも、リーダー格の男がさらに声を大きくする。
「わたくし、健全な聴覚を持っていますの。そんなに大声を出さなくとも、聞こえますわ……」
孫子は、やはりにっこりと笑って、リーダー格に対応する。
「……あなた方がご所望でしたら、今、その白髪本人を呼び出しますから……」
そういって、孫子が携帯電話を取り出……そうとした手元を、リーダー格の男が、払おうとした。
しかし、宙を飛んだのは、孫子の携帯ではなく、そのリーダー格の男だった。
「……テン!
正当防衛、成立!
こいつらの戦意を喪失させなさい!」
リーダー格の男を投げ飛ばした孫子は、その男がアスファルトに叩きつけられるのを確認する前に、次の獲物に歩みよっている。
「……アイアイサー!」
テンが、一陣の疾風となった。
その疾風が通った後に、どかどかと人の雨が降る。
それでもテンは遠慮していたので、取り囲んだ連中を放り投げる時にも、高度は五メートル以下に抑えていた。
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つづき]
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