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彼女はくノ一! 第五話 (167)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(167)

 テンは、煙により視界を遮られた状態でも、投擲武器が飛来する方向を記憶していた。だから、突進するのにも迷いがない。テンは、遠目の効くノリ、鋭敏な嗅覚を持つガクとは違い、五感はせいぜい常人並でしかない。しかし、それを正確に記憶し、分析することには長けている。
 煙の尾を引きづりながら、テンは、投擲に一番力のこもっていた方角に突進する。四人のうち最も至近距離にいたのか、それとも力が強かったのか、とにかく、脅威度が最も高い相手がそこにいるはずだった。腕と胸部のプロテクターはパージしていたが、相手からの攻撃は配慮しない。テンには、大抵の投擲武器は、プロテクターなしでも弾く自信があった。
「……されるかって!」
 驚いたことに、四人のうち、二十才前後に見える、どこか軽い印象の男が、テンがパージしたばかりの胸部プロテクターを振り回して、テンに向かってくる。
 テンは、プロテクターを振り回す男の、脇の下をめがけて、棍を振るった。
 男は、プロテクターを手放し、もんどりうって倒れ……かけたが、地面に手をついて、体勢を持ち直した。
「……まだまだぁ!」
 テンに向き直った男は、拳を構えつつも、額は、冷や汗にまみれている。
『……ガッツは、認めるけど……』
 テンは、正面に立った男を無視して、腕を大きく廻して、振り返る。
 相手は、全部で四人。
 その男の去勢が、テンに隙を作るための芝居であることも見抜いていた。
 それに、テンの腕には、プロテクターをパージして緩んだ鎖が、まだ絡みついている……。
「……ごぉっ!」
 振り返った背後で、男の悲鳴が聞こえ、その後、どさり、と、地面に重い物が落ちる音がする。
 おそらく、男が、テンが振り向き際に振り回した鎖の軌道を読めずにまともに食らい、そのまま倒れたのだろう。
『……まずは、ひとり……』
 テンは、片手で鎖の束を掴んで振り回し、もう一方の手で六節棍を油断無く構え、周囲を確認する。鎖を振り回しているのは、残った四人に対する牽制だ。
 おたふく顔と、テンと同じくらいの子供、それに、ゴツイあんちゃんが残っていた。
 テンは、一番手近にいたおたふく顔に、鎖を叩きつける。
 おたふく顔は、緊張感の無い顔に似合わない俊敏さで身を屈めて、テンの鎖をやり過ごしてから、逆に、両手で鎖を掴み、引っ張る。
 体重に差がありすぎるため、テンは一瞬、つま先立ちになる。
 そこの隙を逃さず、ゴツイのがテンに向かって突進してきて、同時に、子供が少し距離を置いて、テンに向かって六角を一連分、一挙に放つ。
 とりあえず、テンは、体を自由にするために鎖を手放し、親指で棍の関節を一つ緩めて放し、連結部のワイヤーを剥き出しにする。
 片方から数十個の六角が唸りを上げて飛来し、反対側からはゴツイのが突進して肉弾戦を挑んできている……という状況は、テンを、慌てさせなかった。
『……この人たち……あまり……』
 頭が良くないな……と、テンは思いかけ、連携がうまくないな……と、思い直す。
 テンが、ひょい、と一歩脇に退くと、子供が放った六角は、テンに向かって突進してきたゴツイのに向かって、真っ直ぐに飛んでいく……という形になる。
「……うほぉうっ!」
 ゴツイのが、目を見開いて奇声を発し、慌てて飛び退いた。
『……反応が、遅い……』
 六角を追いかけるようにしてゴツイに向かったテンは、瞬時にゴツイの目前に迫る。
 打撃を警戒し、ゴツイのが腕を持ち上げ、ガードを固める。
 同時に、テンは、一つだけ関節を外した棍をフレイル状に振るい、ゴツイのの足元を横薙ぎに払っている。
 テンの動きについてこれないゴツイのが、無様に横転した。
 次の瞬間、テンは、ゴツイの水月に六節棍の先端をのめり込ませている。
「……がっ!」
 と、地面に横たわったゴツイのは、くの字型に体を折って痙攣した。
『……これで、二人……』
 そうしている間にも、残った二人、子供とおたふく顔は、休む間もなくテンに向かって手裏剣や六角などの投擲武器を投げつけている。
 だが、耳を頼りにしたテンの予測は確かなものだった。
 テンは、常人並の感覚しか持たないが、正確な記憶力も持っている。だから、「音」を聞けば、どの方向から、どれだけの勢いで凶器が自分に迫ってくるのか、どういうタイミングで迎撃すればそれらを確実に払えるのか……ということも、正確に記憶している。
 だから、テンは、自分の視界の効かない範囲でも、後ろ手に棍を振るって、正確に落とすことができた。
 テンは、再び動く。
 おたふく顔と子供のうち、子供に向かうことにした。二人ともテンからは同じくらいの距離的だったが、与しやすい子供のほうを、テンは先に片付けることにした。二人とも、今までテンから距離を置いて、投擲武器で攻撃している。おそらく、近接戦闘にはあまり自信がないのだろう……と、テンは、予測した。
 先に倒した二人の反応が比較的鈍かったので、二宮系、残りが野呂系ではないか、と、テンは推測する。
 つまり……。
『……密着すれば……』
 あまり、脅威ではない……と、テンはあたりをつけている。
 だが、テンの予測に反して、残った二人は意外に粘った。
 テンが……追いつけない、のだ。
 単純に、二人ともテンよりは足が速い……ということもあったが、テンがどちらか一方にに迫れば、逃げる。逃げたのとは別の者が、横合いから投擲武器を使用して、テンを牽制する……といった具合で、それなりに息があった連携をみせた。
 この二人は、それなりに付き合いの長い、親しい間柄なのかも知れない……と、テンは思う。
 結果、テンと、残った二人はの三人は、しばらく、廃材があちこちに放置されて足場の悪い工場の内部を、おいかけっこして回る羽目になった。
『……でも……』
 地の利は、工場内部の状況を全て記憶している、テンにあった。
 しばらく、故意にかけずり回って、敵二人の体力と武器を徒に消耗させた後、テンは、頃合いを見計らって、本格的な反撃に移る。
 ストレートに「人」を追うのを止めて、廃材、という遮蔽物を巧みに利用して自分の姿を二人から隠し、二人の背後に回る。
 注意深く気配を絶って、背後に近寄り、いきなり当て身を食らわせる……という作業を、二回、反復した。
 楓が以前、ふと漏らしていた……「自身の存在を完全に秘匿するのが、最大の攻撃手段」というのを、地でいった形だった。




[つづき]
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