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第六章 「血と技」(93)
「……そういう脅しは、卑怯なのです……」
やせ細った少女が、ゆらり、と姿を現した。その少女が「例の恰好」をしていても、驚かなくなった自分を、荒野は、「……染まってきているな……」と、自己評価する。
「六主家の本家筋、二人と同時に事を構えるほど、愚かではないのです……」
そのゴスロリ少女は、そういった。
「か、加納様……ご、ご存じの、方ですか?」
油断なく白い杖を両手で持っている静流が、荒野に尋ねる。静流は、吃音癖があるらしい。
「一応……かろうじて、顔だけは……」
野呂静流ほど有名人ではないが、例の名簿の中で、イエローに分類した一人、だった。だから荒野も。顔だけは記憶していた。
荒野の分類によれば、野呂静流が「限りなくイエローに近いレッド」だとすれば、この少女は「限りなくレッドに近いイエロー」ともいうべき存在だった。
荒野自身が加納と二宮の混血であるように、その少女も、野呂と二宮、両方の資質を受け継いでいる。いわば、パワーとスピードをバランス良く兼ね備えているわけで、身体能力という点でみれば、同年配の一族の中でも、かなり突出した存在である。
しかし、荒野が警戒しているのは……その少女の、そんな表面的な部分ではない……。
「それで……スイか? ジュンか?
もう一方の片割れは、挨拶はなしか?」
荒野は、心持ち語気を強めた。
「わたしたちの名を問うのは、無粋というモノなのです」
通称、酒見ツインズ。
正真正銘の、一卵性双生児。
それぞれ、酒見純、酒見粋、という固有名詞はあるものの、第三者が外見から個体を識別することは、まず不可能。
……必要以上にこちらに警戒心を与えないため、一人だけは姿を現し、もう一人は保険として、どこか近くで成り行きを見守っている……といった、ところ、なのだろう。
「……そいつは、残念……」
そうした特徴を最大限に利用した連携技で敵を攪乱する……のが、得意で、若くしてすでに「荒事の名手」としての名望を確立している。外見上、かなり幼く見えるが、実は、荒野よりは一つ年上だった。
しかし……荒野は、交渉についてなら、荒事以上に得意なのだった。
「スイかジュンかはわからないけど……とにかく、マンドゴドラの特製ケーキにありつけるのは、今、目の前にいる一人だけ、ということになるな……。
でも、姿を現さないんだから、しょうがないね。
君を、君だけを、静流さんと一緒に我が家にご招待しよう……」
荒野の申し出がよほど予想外だったのか、その少女は、目を見開いて、金魚のように、口をパクパクと開閉させた。
「……そ、そ、そ……」
などという声が喉からもれるが、まともな言葉にならない。
ここぞとばかりに、荒野は声を大きくする。
「……いやぁ、残念だなぁ……。
マンドゴドラの特製ケーキ……双子のうち、片一方しか、口にできないのか……。
後で、喧嘩にならないと……」
いいけど……と続ける前に、
「……お姉様! 一人だけずるいのです!」
もう一人の、外見上、まったく同じに見える少女が、姿を現す。
「粋の馬鹿! こんな簡単な手に引っかかって!」
「だって、だって……あそこのケーキ! すっごくおいしいってお姉様も……」
服装も、背格好も、顔も声も同じ少女たちが向き合って、お互いをなじりはじめる。
「……はい。そこまで!」
パン、パン、と荒野が手を叩くと、少女たちははっとしたように、動きを止める。
「二人まとめてケーキを御馳走してさしあげるから……それ以上、騒がないように。
君たちがこれ以上目立つと……おれたちも、目立つから……」
鏡に向き合ったようにうり二つの少女たちは、ぎこちない動きで荒野のほうに振り返る。
「……それとも……ケーキ、欲しくない?」
荒野が重ねていうと、いかにも恥ずかしそうに俯いて、「……ほ、欲しいです……」と、蚊の鳴くような声で、答えた。
ユニゾンだった。
「加納様……。
お見事です」
一連のやり取りを聞き届けていた野呂静流が、ぽつり、と、評した。
三人を待たせてすぐそこのマンドゴドラに入る。
顔見知りのバイト店員に挨拶して、「今、在庫にある中で、一番珍しいケーキを最低四つ、ください。できれば、五つあればいいんだけど……なければ、三つでもいいです……」と微妙な注文をした。「できれば、五つ」というのは、茅の取り置き分、「なければ、三つ」というのは、荒野自身の分は確保できなくても構わない、という意味だった。
高校の制服の上にエプロンをつけた店員は、「ちょっと待ってください」と言い残して店の奥に入っていき、マスターを伴ってすぐに帰ってきた。
「おっ。きたきた……。
昨日、茅ちゃんがいったとおりだな……」
荒野の顔をみるなり、マスターはそういった。そして、バイト店員に向かって、「例の用意していたアレ、もってきて……」と言付ける。
「昨日、茅が……なんか、いってましたか?」
荒野は、マスターに聞き返す。
「ああ。
あと数日ほど、お客が多くなりそうだから、毎日一ダースほどケーキを取り置きしておいて欲しい、って……。
ということで、今日の分、一ダースね……」
マスターはそういって、かなり大きな箱を、荒野に手渡した。
荒野がケーキの箱を抱えて店の外に出ると、三人は気まずい沈黙を保ちながら立ちつくしていた。
ゴスロリ双子と、犬を連れたサングラスの美女……という珍妙な取り合わせは、それなりに人目を集めてはいたが、さすがに足を止める者はおらず、せいぜい、通りがかりに珍しそうな好奇の目で眺めていくだけだ。視力に障害のある静流は超然としていたが、双子の方はかなり居心地が悪そうな様子だった。双子、ということで、注目されること自体には、それなりに慣れているにしても……好奇心丸出しの目でみられることには、慣れていないのだろう……。
「お待たせしました……」
荒野が声をかけると、双子は明らかにほっとした様子をみせ、静流は小声で連れていた犬に、「……Stand up!」と命じる。
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つづき]
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