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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(94)

第六章 「血と技」(94)

「……まあ、遠慮せずにあがって……」
 荒野は三人と一匹をマンション内に招き入れる。
「茅がいれば、おいしい紅茶をいれてもらえたんだけど……みんな、コーヒーで、いいかな?」
 招き入れながら、一応、そうお伺いをたててみる。
「……その箱の中身を確かめてからでないと……」
「コーヒーにあうものかどうか、分からないのです……」
 ほぼ同時に、双子は、そう異議を唱えた。彼女たちの感心は、あくまで「箱の中身」にあるらしい。そして、相変わらず荒野には、どちらが純でどちらが粋なのか、見分けがつかない。「二人一組」として扱うのがよさそうだ……と、思いはじめている。
「……鞄、置いてくるから、箱空けて確かめてみていいよ……」
 そういって荒野は、冷蔵庫の中からミネラルウォーターのボトルを取り出して中身を薬缶にあけ、火にかける。
「あ。
 で、では……そ、そ、その間、お、お飲み物の用意は、わ、わたしがしましょうか?」
 いきなり、野呂静流がそんなことをいいだしたので、荒野は面食らった。
「……え?
 ええっと……その……静流さん……。失礼ですが、目の方が……」
「……こ、この程度のなら、問題はありません。
 お、お湯と器さえいただければ、あとは持参のものでなんとかできます……」
 野呂静流は、こころもち胸をはった。
「……こ、これでも、そちらの方面には、じゃ、若干の心得が、あ、あるのです……」
 ……この人は、ティーパックとかお茶の葉を普段から持ち歩いているのだろうか……と、疑問に思わないでもなかったが、今までに多くの奇矯な人物をみてきた荒野は、とりあえず、まかせてみることにした。別に、静流が失敗したとしても、荒野が飲み物をいれ直せばよいだけのことだ。
「まかせます……」
 荒野はそう答えて、別室に移動しようとする。
「ご、ごゆっくり。着替えて来ても、いいのです……」
 荒野の背中に、静流がそう声をかけた。箱の梱包を解いた双子が「わー。おいしそー」とか騒いでいる。

 荒野が着替えてダイニングキッチンに戻ろうと扉をあけると、ぷん、と懐かしい香りが鼻孔をくすぐった。
「……ち、ちょうど、お茶の用意ができたところです……」
 そういって、静流が、荒野に向かって、マグカップを差し出す。
「か、加納様の分です。
 て、適当な器がなかったもので……」
 マグカップの底の方に、なにやら濃い色の液体がたまっている。デミカップ一杯分、くらいの容積だろう……と、荒野は見当をつける。
「……こ、これは、最初の一杯用なので、濃くいれてあるのです。香りを楽しんでから、しばらく口に含んでみてください……」
 荒野はカップを抱えたまま、テーブルセットの椅子に座り、静流にいわれた通りに、マグカップを口に近づけ……まず、香りを嗅いでみた。
 がつん、と、鼻の中に香りが広がる。
 覚えがあるような気もするが……濃厚すぎて、その正体になかなか思い当たらなかった。
 そこで、続いて、口に含んでみる。少しぬるめの液体は、荒野もよくしっている「味」をしていた。
「……これ……グリーン・ティなの?」
 普段、飲みなれている日本茶の、味と香りをずんと濃くして、苦みを取り除いて純化したような液体、だった。
 以前、香港で喫したことのある、最上級のお茶に近いが……あれよりは、はるかに、洗練されているような気がする……。
「は、はい。
 玉露、です。じ、自分で葉とかいれかたを、研究してみました」
 静流は、こくん、と一度頷いて、
「あ、味も香りもきつすぎて、あんまり大量に飲むものではありませんが……最初のインパクトでいうと、これが一番分かりやすいのです……。
 だ、だから、初対面の方には、挨拶かわりに、できるだけこれを飲んでいただくようにしています……」
 双子の方はというと、蕩けたような顔をして視線を空中にさまよわせている。おそらく、ここまで豊かな飲料を喫する経験に、欠けていたのだろう。
「……け、ケーキ用には、もっと渋みが強いものを入れ直しますので……」
「……静流さん……」
 荒野は、マグカップを置いて、真顔で静流に告げる。
「……静流さんは、こういうのの専門店を出すべきです……」
 おそらく、最高級の茶葉を用いいて、湯の温度やむらす時間などにも、細心の注意をはらっていれたものなのだろう。だから、値段をつけるとかなり高価になる筈だが……そうしたニーズも、世の中にはある筈だった。
「あ。は、はい……。
 も、もともとは、手慰みにはじたものですが……わ、わたしも、も、もっと多くの皆様に、飲んでいただきたいと、そ、そう思いまして、ですね……。
 この町には、お店を出すために、来たわけです……」
 荒野は、頷く。
 静流には見えないことは百も承知だったが……頷かない訳にはいかなかった。
「……幸い、今までの蓄えも若干はありますし、長老に相談しましたところ、お店を出すのに適切な場所を探してくださるということで……」
 確かに……「パーフェクト・キーパー」とか「半径五メートルの女帝」などの異名をとる静流なら……ギャラも、貯蓄の額も、荒野などの比ではないだろう……と、荒野は、ぼんやりと考える。

 視覚に先天的な障害を持つ静流は、その他には有り余る資質を持ちながらも、結局第一線で活躍する……ということができなかった。
 しかし、野呂本家の直系である静流は、「最速」の名をほしいままにし、その俊敏さと五感ならぬ四感の俊敏さを生かして、彼女にしかできない仕事を請け負っている。
 それが、人であれ、書類であれ、物体であれ……彼女の手元にあるものに対して、外部から手を出すことは、事実上、不可能に近い。
 もともと、野呂は、五感が極端に敏感な者を時折出す血筋なのだが……静流の場合、どうも、視覚以外のすべて感覚が、突出して鋭敏のようで……だからか、これまでに、彼女を出し抜いて、彼女が守るモノを盗んだり壊したり殺したりすることに成功した者は、皆無である。
 静流自身は温厚な性格をしているが……「近距離」に条件を限定すれば、その戦闘能力は、一族でも一、二を争う。
 荒野の内部で「限りなくイエローに近いレッド」と分類される所以である。

「つまり……静流さんは、お店を出すために、住みやすそうなここに来た、と……」
 そういって荒野は話題を変え、双子に話をふった。
「で……お前らは……どうして、ここに来ようと思ったんだ?」
 双子は……その仕事ぶりは、決して評判の良いものではなかったが……それでも、仕事を干される、というところまで信用を落としてはいなかった筈だ。
 一人前の術者として見なされるところまでいかなかった、あの四人とは、根本的に異なる。




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Comments

いつも続きをたのしみにワクワクしてます。
誤植指摘しときます。
おいいしい紅茶→おいしい紅茶
お茶ぱ→お茶っぱ(茶葉でもいいかも)
出す抜いて→出し抜いて
殺したりすうる→殺したりする
他にも漢字にし忘れっぽいのもあるんですけど間違ってはいないんでスルーしました。

ところで、酒見ツインズの評判が気になります。
某ラブリーエンジェルみたいに依頼は成功・被害は甚大みたいなんですか?

  • 2006/10/12(Thu) 20:40 
  • URL 
  • ぼむ #-
  • [edit]

ご指摘どうもでした。

誤字のご指摘、どうもありがとうございました。
時間がおしているときや、疲れているときは、やはり多くなりますね。困ったもんだ。
>酒見ツインズの評判
某ラブリーエンジェルとは少し方向性は違うけど……似たようなもんか。
詳しくは次号以降で。

  • 2006/10/12(Thu) 22:00 
  • URL 
  • 浦寧子 #-
  • [edit]

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