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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(99)

第六章 「血と技」(99)

 酒見粋は、現在の状況を分析する。
 わずか、数メートル上空に、狙撃者は陣取っている。しかし、そこは、周囲に足場の乏しい「電柱の上」であり、近寄るためのルートはかなり限定される。
 また、見渡しもよく、下から飛び上がるにしろ、真下から電柱を攀じ昇るにせよ、周囲の電線の上を伝って行くにせよ……。
『……火器を持っていれば、確実に、撃破できる……』
 ロケーション、だった……。
 狙撃者は……実に、「自分を優位に置く方法」を心得ている。
 容易に近寄れる場所なら……酒見姉妹を同時に相手にして無事でいられる者は、一族の中でも、かなり数が絞られてくる。
『……随分と、場慣れしているようだけど……』
 本当に、一族の関係者ではないのだろうか……と、粋は、狙撃者のことを推量する。
 確かに、あのようなライフル使いの噂は聞いたことがないのだが……外見上では、酒見姉妹より少し上にみえた。
 実際には、孫子の方が年下で、酒見姉妹が一学年上になるのだが、痩せていて背も低い酒見姉妹は実年齢よりも下に見られることが多く、大人びた孫子は、初対面の人間には、いくつか上に見られることが多い。
 だから、この年齢についての見当に関してだけは、酒見粋の予測が外れていても、決しておかしくはない。
 また、酒見姉妹は、荒事には秀でいていても、細かい調べ物は不得手とする。だから、「狩野家にたむろしている、幾人かの要監視対象者」についても、小耳に挟んだことはあっても、さして気にも止めず、その内実も詳しく知ろうとしなかった。
 酒見姉妹は、これで、物事を深く考えるのを、億劫に思い性向がある。問題があれば力ずくで解決しようとする傾向が強い。いわゆる、DQNというやつである。
 荒野が内心で警戒するのも、決して、根拠のないことではなかった。
 理性よりも本能で行動する酒見姉妹が、二人して、すぐそばまで近づきながら……最後の数メートルの距離を詰めることを、躊躇させる相手……それが、才賀孫子である。

 その頃、酒見粋の姉である酒見純は、思慮も策もなく、孫子の方に向け、前進し続けていた。
 もちろん、孫子は、相手が無防備だからといって、手加減をする性格ではない。容赦なく、スタン弾を、至近距離から純に浴びせかけた。
 十メートルにも足らない距離から、連射されるスタン弾の全てを、手にした山刀で捌ける訳もなく……逃げ場のない電線の上、ということもあって、足や腹に何発かのスタン弾を受けながら、純は、それでも前に進もうとする。
 狙撃者に取り付きさえすれば……何とでも、なる……と、純は思っている。
 一般人が相手なら……例え、相手が戦うことに慣れている人間であっても……自分たちの相手ではない、という、自信を持っている。
 あと数メートルの距離さえ、詰めることができれば……武器を取り上げるのも、身動きを封じることも……もし、抵抗が激しいようなら、抱きすくめて、そのまま地上に投げ出すことも、可能だ……と、酒見純は、思っている。
 そう思いつつ、体中にダメージを蓄積しながら……純は、じりじりと孫子のほうに近寄っていった。

『やっぱり、お姉様……』
 物陰からそっと頭上を……真っ正面から狙撃手に向かって歩いている純の姿を……見ながら、粋は、納得した。
 有効な作戦、なにも思いつかなかったんだな……と。
 力押し、一本槍、というのも、時には……というか、大抵の、並の相手なら……それでも十分に、用が足りるのだが……。
『……そもそも……それで対処できる相手なら……』
 ここまで、てこずってないし……と、粋は思う。
 例え、武装していたとしても……自分たちの二人の相手にして、ここまで長持ちさせている時点で、相手はただ者ではない……と、見なさねばならないのではないか……。
 姉は、酒見純は……警戒心が、足りなすぎる……と、酒見粋は、思う。
『……あれ、まだまだ……』
 奥の手の一つや二つ、隠していても、不思議ではないぞ……と、粋は、狙撃手……孫子について、予測をつけている。
 とか、思っていた矢先に……。
『……あっ!』
 粋は、心中で叫んだ。
「……お姉様……飛び越えて!」
 同時に、声に出しては、こういっていた。
 粋の角度からは……ゴルフバッグに入った狙撃手の片手が、弾倉ではないものを引き出したのを、認めたからだ。

「……お姉様……飛び越えて!」
 どこからか聞こえて来た粋の叫びを耳にした時、純は、反射的に、全身のバネを使って真上に跳躍している。
 粋が、それだけ逼迫した声を出すのは、よほどのこと……というのは、後からつけた理屈であって……この時は、ただ……。
『……危ない!』
 とだけ、思った。
 本能的に跳躍しながら、純は、狙撃者が、ゴルフバッグの中から取り出した無骨な物体を、視認する。
 散弾銃……それも、銃身を詰めた、ライアットガン……に、みえた。
 ライフルとは違い、近距離でしか効果は望めないが……代りに、近距離なら、比類ないストッピングパワーを持つ。
 あんなもの、まともに食らったら……身体の何割かが、間違いなく、ミンチになるだろう……。
 散弾が相手では、ライフル弾のように、一発一発視認して、弾丸を弾く……ということも、不可能だった。
 しかし、狙撃者は、その剣呑な武器を、粋の声がした方向に向け、跳躍した純には、ライフルを向け、同時に、引き金を絞った。
 狙いをつけて……というよりは、明らかに、威嚇であろう。
『……このっ!』
 しかし、殺傷能力が高いライアットガンの銃口を妹に向けられ、純は、瞬時に頭に血を昇らせる。
 おそらく何も考えずに、手持ちの武器を、片っ端から、狙撃者に向け、投げ付けた。
 山刀、手裏剣、六角が、立て続けに狙撃者に向け、飛んでいく。しかし、今まで、狙撃者の銃弾をさんざん弾いてきた衝撃で、純の方ももいい加減、まともな握力もない状態だったので……当然、勢いは、ほとんどなかった。
 狙撃者は、純が放った投擲武器の数々を、冷静に避けたり手にした銃器で弾いたりする。
『……それでも!』
 酒見純は、無事、着地した。
 ほとんどの武器を失い、両手はほとんど力が入らず、足や胴体にも、数え切れないほどのダメージを受けている。
 もはや純は、客観的にいって、「戦力外」といっても、いいすぎではない……。
『……それでも!』
 純は、粋がいった通り、狙撃者の頭上を飛び越え、こうして無事、立っている。
 狙撃者との距離は、二メートル前後。
 一気の飛びつける距離であり……。
 純は、自分の頬が緩むのを、懸命に自制しなければならなかった。
 狙撃者のすぐ後ろには……酒見純が注意を逸らした隙にはい上がってきた、酒見粋が、立っている。
 狙撃者は、まだ背後に出現した人影に気づいた様子はないし……粋は、純とは違い、無傷のままだった。
『……酒見姉妹とやりあって……』
 純は、何の目算もなく、狙撃者に突進した。
 狙撃者がライアットガンの銃口を純に向けるが、避けようともしない。
 いや、むしろ……粋に銃口をむけられるよりは、こっちに銃口を向けられた方が、都合が、いい。
 狙撃者は、躊躇せず、ライアットガンの引き金を引いた。

[つづき]
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