第六章 「血と技」(100)
『……無事で済ますもんかぁ!』
純は、二の腕を揃えて顔面の前にかざして、ガードしながら、突進する。
散弾相手にはなんとも心もとないが、得物は、すでに投擲していたから、武器は自分の五体のみ。
……衝撃!
『……あれ?』
しかし、それは、純が予想していたよりは……ずっと、軽い。
『……これ……』
純の優れた動態視力は、その狙撃手がライアットガンから打ち出したものの正体を見極めている。
金属、ではなく……白い、粒……。
純の肉をえぐり、ひき肉に変える筈の散弾は……たんに、服越しに肉にめり込んだだけで終わった。
『……塩……岩、塩?』
腕と股、などに受けた衝撃も、その予測を裏付けている。
衝撃は……確かに、多大なものだったが……着弾の瞬間に、筋肉を収縮していたので、思ったよりもダメージは、少ない……。
それでも、一般人のやわな体なら、これだけの衝撃を受ければ、もんどり打って倒れ、そのまましばらく動けなかったのだろうが……。
なにより……。
『……鉛球や、鉄玉が装填されていたら……』
例え、自分であっても、無事では済まなかったのだろうが……。
『……これなら……』
酒見純は、笑う。
純の視界の中には既に狙撃手に攻撃をかけるモーションに入っている酒見粋の姿が、映っていた。
そして自分も……。
『まだ……動ける!』
ほんの数瞬、遅滞していた純が、再び狙撃者……孫子に向かって、動き出す。
しかし、次の瞬間、狙撃者が行った行動が……純を驚愕させることになる。
純と粋に、前後から挟撃されていた孫子は……振り返りもせず、ライフルの銃身を肩にかつぎ、身をかがめ……自分の背後に向け、立て続けに引き金を引いた。
孫子に躍りかかろうとしていた粋の頭部から体にかけて、何発か、スタン弾が命中し、十字型の花が開いていた。
完全に不意をつかれた粋は、そのまま後ろに倒れ込む。
「……粋!」
純が、思わず声をあげた。
電線の上を走っていた粋が倒れれば、そのまま数メートル落下して、地上に激突する。
純の叫びを耳にしたためか、それとも、危うい所で意識が飛んでいなかったのか、落下しかけた粋は、なんとか中指と人指し指を電線に引っかけけてぶら下がり、落下することを防いだ。
……しかし……。
「……他人のことを気にかけている余裕が、ありますか……」
はじめて、純は、狙撃者の声を聞いた。
凜とした……それでいて、優しく諭している口調で……。
「……game over……」
……囁いて、引き金を引いた。
純が粋に気を取られている、ごく短時間の間に、狙撃者は、弾薬を再装填し終えていた。
純が気を失う前に見たのは、目前に突き付けられた、ライフルとライアットガンの銃口だった。
「……ああ……お姉様……」
粋は、電線にぶら下がりながら、スタン弾と塩散弾の直撃を受けた姉の純が、吹っ飛んでいく姿を認めた。
とはいえ、粋自身も、ようやく意識を止めているような状態だったから、助けに行こうにも、思うように体が動かない……。
「……なんだ……。
才賀が勝っちまったか……」
絶望した粋の耳に、気の抜けた声が聞こえる。
「……よっと……」
地上に視線を落とすと、加納荒野が、落下して来た酒見純を、抱きとめていた所だった。
「……才賀! 気は済んだか!」
荒野は、狙撃手に向かって、そう声をかけた。
『……才賀……衆?』
その声に、粋の意識が、のろのろと反応する。
『そっか……一族ではないけど……道理で、戦いなれしていると……』
「……ええ。
たとえ、一族相手でも……人知を尽くし、地の利を利用し、準備を怠らなければ……なんとかやりあえる、ということが、実証できました……」
才賀……と、荒野に呼ばれた狙撃手が、あでやかな笑顔を見せる。
そして、かろうじてぶら下がっている粋に向かって、手を伸ばした。
「……実験台にして、ごめんなさいね……。
でも、この件に関しては、完全に不意をつかなくては、意味がありませんの……」
そういいながら……その才賀、という少女は、粋の体を軽々と引き上げた。
『……そんな、軽く、謝られても……』
その時のあくびれない才賀孫子の様子をみて、粋の脳裏に、初めて「……負けた……」という認識が、刻み込まれた。
不意をつかれたとはいえ……自分たちが、二人掛かりで、本気でかかっても……この少女に、いいように翻弄されったのは、事実だ……。
「……なんで……こんなこと、したんですか……」
その狙撃手に……孫子に引き上げられた酒見粋が、あえぎながら、尋ねる。
「……うーん、とぉ……」
才賀、と荒野に呼ばれた少女は、頤に人差し指をあてて、考え込む表情をつくって見せた。
「端的にいうと……わたくしが、一族の皆さんに対抗できるかどうか、知りたかったからですわ……」
つまり……この少女の一方的な都合で、自分たちはいいように振り回された……という、ことらしい……。
「……そ! そんなことで、こんな!」
粋は、かっと逆上しかける。
「……善悪は、問題ではありません」
その少女は、やんわりとした口調でそういって、肩をすくめた。
「そうすることが、必要だと思えば……どんな犠牲を払おうとも、わたくしは、自身の思う所を行います……」
「……才賀は、そういうやつなんだ……」
地上で、酒見純の体を肩に抱え直した荒野が、そう声をかけてくる。
「野良犬か毒蛇にでも噛まれた……とでも、思うんだな……。
いらずらに反発するよりは……なんか、賠償させた方が、利口だぞ……こいつ、金持ちだから……」
「……確かに、お金は持っていますが、今は、ほとんどの資産を凍結されている状態です……」
孫子が、むっとした顔をして答える。
その少女にとって、あまり触れて欲しくない話題であるらしい。
それから、才賀という少女は、粋にほほ笑みかけた。
「……ご自分で、歩けますか?
スタン弾をあれだけ食らって、自分の足で立っていられるのも、凄いと思いますけど……よろしかったら、わたくしが、かついで下に降ろしますけど……」
その邪気のない笑顔をみて、粋は、再度、「……負けた……」と、思った。
悔しいことに、地上に降りても自分の意志で体が思うように動かない状態だったので、結局、その才賀、という少女に担がれたまま、運ばれることになった。
酒見純も、粋が孫子に運ばれているように、荒野の肩の上でぐったりしている。
荒野の話によると、「よく世話になっているご近所」で、「同い年くらいの、似たような境遇の女の子がいっぱいいる」家に、とりあえず、運ばれている……らしい。
そう聞かされても、酒見粋としては、とりたてて反対する理由はなかった。それ以上に、抗弁するだけの気力も、残されてなかったわけだが……。
「……ま、後でまた、マンドゴドラのケーキ、持って行ってやるから……」
荒野は、「それで機嫌を直せ」とでもいいたげな口調で、粋に向かって語りかける。
粋は、そんなことで機嫌を直すほど、単純ではない……と、本人は、頑なに信じ込んでいたが……今は、どこでもいいから、安心できる場所で、体を休めたかった……。
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