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彼女はくノ一! 第五話 (185)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(185)

 野呂静流や酒見姉妹がいても、楓や茅、孫子たちは特にいつもと変わった態度をとるということもなく、普段どおりの打ち合わせを続けて行く。時折、静流なり酒見姉妹なりが、質問を挟むが、何度か質疑応答を繰り返すうちに荒野たちがこの土地で行っていることの、構想の大まかな輪郭を掴んでいく。
 静流にせよ、酒見姉妹にせよ、決して、理解力に劣る訳ではない。しかし、特に酒見姉妹は、理解が深くなるにつれ、関心を通り越して呆れ返って来たようだ。
「……それって……この地域を、丸ごと作り替えちゃうようなもんじゃないですか……」
 そういったのは、姉妹のうちどちらか……俄かには、判断できない。
「それはそう……なんだけどな……」
 荒野は、眉間のあたりを指で揉んだ。
「どちらかというと……おれたちの方が、引っ張られているような感じで……おれたちをネタにして、周囲のやつらが騒いでいるうちに、こうなってしまったんだ……」
 以上は、もちろん、荒野の感想である。
「……あら?
 少なくともわたくしは、自分の意志で、基本方針を選択していますけど……」
 孫子が、荒野に異を唱える。
「他の方に命令されて動く趣味はありませんので……」
「……そうかも、知れないけど……。
 それでも才賀だって、徳川とか玉木とかがいなかったら、今とは違ったことをやってだろうし、結構……引きずられている……という言い方が悪ければ、影響を受けている所も、あるんじゃないのか?」
 例えば、出会った頃の孫子なら……こうして、みなと談笑していられるだろうか?
 ……と、荒野は思った。
 しかし、孫子には、自分の変化に対する自覚はあまりないらしく、怪訝な顔をしている。
「……で、でも……皆さん、若い方ばかりなのに……、こ、ここまで自分たちで、やってしまうのは……す、すごいと思います……」
 静流が、さりげなく話題を変えた。
「……あー」
 羽生譲も、頷く。
「……たしかに、身近にいすぎると、それが当たり前になって驚きがないけど……確かに……こーちゃんたちの年頃って……普通に考えれば……保護者の承諾なしには、なんもできない年齢なんだよなぁ……。
 それに……仮に保護者の承諾とか監督があっても……自力で何かできるほどの知識とか能力、持っている子って、少なかろうし……。
 徳川君とかタマちゃんとか……ここにる子たちばかり見ていると……普通の感覚、忘れそうになる……」
「……そんな、もの……ですか?」
 今度は、楓が首を捻る。
 学校の同級生たち……例えば、柏あんなや堺雅史、牧本さんなどの同級生を思い返してみて、養成所で仕込まれたような「特殊な技能」を除いて、精神的な成熟度という点では、楓自身と、さほど変わらないような気がする……。
「……いっちゃあなんだが、わたしが君たちの年頃の時っていったら……。
 世間知らずで何にもできない、単なるヲタだったぞ……」
 羽生は、周囲を見渡して、頷いてみせる。
「……世間知らずっていうか……」
 テンが、背を丸めながら、呟く。
「この世界のこと自体……ボクらは、よく知らないんだけどね……」
「おれ……まだ、日本のこと、よくわからなくなること、ある……」
 荒野も片手をあげる。
「……わ、わたし……目が見える方にとっての、この世界のこと……」
 野呂静流が、おずおずとそういいだした。
「……よ、よく想像できないのです……」
「……んー……。
 ぼくも、絵のこと以外は、全然知らないし……この町の外に出たことも、数えるほどしかないけど……」
 香也が、のほほんとした口調で言った。
「今の所……それで特に、困ること、ない……」
「……そもそも、最近まで人里にいなかった茅ちゃんとかテンちゃん、ガクちゃんたちは極端な例ですけど……」
 楓は、考え考え、「世間知らず」論についての自説を述べる。
「真理さんとか、羽生さんとか……この家の人たちも、学校の方々も……皆さん、親切ですから……それで、かなり助かっていると、思います……」
「……また……」
 茅が、その先を続けた。
「そういう人たちでなければ……荒野も、無理して残ろうとは、思わなかった筈なの……」
 そんなことを話している間に、香也が、
「……んー……。
 そろそろ、いいかな?
 ほかに用がなければ、プレハブに、帰りたいんだけど……」
 いい時間になり、その夜はお開きということになった。
 荒野と茅、それに野呂静流が帰っていき、風呂にまで入った酒見姉妹は、結局、そのまま泊まることになった。
 羽生が、「夕食まだなら、ありあわせで何か作るけど……」と申し出たが、酒見姉妹は、「ケーキを食べたし、夜遅くに食べすぎると太るから……」といって、断る。
 しかし、どう見ても……姉妹は、背も低いし痩せすぎで、実年齢より軽く三歳は下に見えた。

「……何なの、ここ……加納や才賀、最強の二弟子……」
 与えられた空き部屋に案内され、二人きりになると、途端に酒見粋が、姉にこぼしはじめる。
「最速と、最強……それに、得体の知れない、子供たちまで……」
 酒見純が、続ける。
「……何から何まで、気に食わないけど……」
「でも……一般人ははじめっから除外、としても……」
「今日、いた中では……」
「……あの、子供たちが……」
「でも……得体が知れない……実力の、見極めが……」
「それは……一度、手合わせしてみれば……」
 二人は、顔を寄せ合って、小声でぼそぼそと囁き合う。
「わたしたちが、一番下っ端、と、いうのも……」
「……何か、口実をもうけて……」
 二人きりになると、こうして、他人には聞き取れないないような小声で、その時々に考えていることを述べ合うのが、この双子の習性となっている。
 話し合いをしている……という、自覚はない。ただ、そうしていると、どこまでが純の考えで、どこからが粋の意見なのか……その境界が、判然としなくなってくる。
 独り言をいっている、という自覚も、意見を交換している、という意識もなく……二人で、思考をシャフルし、価値観を平準化しているようなものだった。
 二人の挙動や表情が非常に似通っているのは、遺伝的な要因もさることながら、こうした「ブレイン・ストーミング」を、物心ついた頃から頻繁に繰り返しているせいでも、あった。

「……おねーちゃんたち! 今、ちょっといい?
 お布団、持ってきたんだけど……」
 二人がぼそぼそと話し合っているところで、布団を抱えたテンとガクが、襖をあけて入ってきた。
 話し合いに夢中になっていた双子は、ぎくり、とした顔をして、入ってきたテンとガクの方を振り返った。




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