第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(191)
学校を出てしばらくしてから、孫子は尾行に気づいた。それも、前後に人員を配置し、複数の人間がチームを組んで、孫子を取り囲んでいる。偶然、とうことは考えられない。
孫子は、いくつかの可能性を考慮した。
最初に思いついたのは、実家絡みのテロか誘拐。しかし、この可能性は、思いつくなり、すぐに否定する。
これみよがしに、孫子に尾行を気づかせる……という手口は、どうみてもプロのやり口ではない。
今、孫子を取りかんでいる連中は、もっと巧妙に孫子を追尾する技量を持ちながら、あえて自分たちの存在を、孫子に気づかせている……という雰囲気を、感じた。
本当のプロフェッショナルは……もっとドライに仕事を完遂する。
孫子は、今、孫子を取り囲んでいる連中から、もっと何か、芝居がかった雰囲気を感じ取っていた。
『……と、するとこちらの動揺を誘うのが、目的……』
この可能性も、低い。
この人数を動員している以上、まさか、孫子のことを普通の学生だとは、思っていまい……。
孫子が、「才賀孫子」であることを知りつつ、大掛かりな尾行を敢行し、挑発するような存在……と、なると……。
『……昨夜、双子を相手に……少々、やり過ぎましたかしら……』
ようやく孫子は、自分が、一族の自尊心と威信を揺るがした……ということに、思い当たった。
叔父から、そして、荒野からも、一族の術者には、各々の技量に自負を抱く、職人気質の持ち主が多い……と、聞かされている。
昨夜、孫子が双子相手に行った行為は……確かに、その自負を粉々に砕いてしまった訳で……。
『……あの子たちと同様……腕試しの材料として認識された可能性も……』
ここでいう「あの子たち」とは、茅、テン、ガク、ノリなど、荒野が以前、「姫」と呼称していた存在を指す。
昨夜、双子たちを完膚無きまでに叩きのめしてしまったことで、孫子までがテンやガクと同様に、一族に付け狙われるようになったのだとしたら……。
『……それは、それで……』
楽しみですわ……と、思ってしまう。
自分の今の力量で、一族を相手にして、どこまで行けるのか、試してみるのも、また一興……。
孫子とは、素直にこんな状況を「面白い」と断言してしまえる、少女だった。
『……そうね……せっかく、尾行してくださるのだから……』
もっといろいろな所を引きずり回さなくては、つけて来る方も、面白みがないだろう……と、考えた孫子は、急遽予定を変更して、一時間前後、寄り道をしてから徳川の工場に向かうことにした。
そのことを伝えるために、孫子は、携帯電話を取り出す。
「……なんか、お客さん、多くなってない?」
「なっている。お客さん、いっぱいいっぱい……」
「面倒だから、全員、一遍に相手にしようか……」
「向こうも、そのつもりなんじゃないかな……これだけ、あかるさまにつけて来るってことは……」
「……呼んだら、ちゃんと工場に入ってくれるかな?」
「それは、大丈夫だよ。向こうも、人目は気になるだろうし……それよりも、撮影に協力してくれるか、の方が、問題だと思うな、ボクは……」
ガクとテンが、そんなことを話しながら徳川の工場に向かっている所で、テンの携帯が鳴った。
「……あれ?
孫子おねーちゃんからだ……」
路肩に自転車を寄せ、液晶を確認しながら、テンは、通話ボタンを押す。
「……はい、テンですが……。
はい? そっちも?
うん。実は、こっちも同じような感じで……」
ここでテンは、ガクに顔を向けて、「孫子おねーちゃんも囲まれているって」と一言、断りを入れてから、また携帯に向き直った。
「……こっちは、かなり大勢なんだけど……確認できただけで、十人以上。二十人は、いかないかな?
そっちも……そう。十人前後……。
あ。そっか。ゴルフバッグね。
協力したいのは、やまやまだけど……お客さんたちが、ボクたちを、素直に行かせてはくれないと思うな……。
こっち? もうすぐ、徳川さんの工場に着くところ。うん。うん。そうだね。先に片付けた方が、残りに駆けつけるっていうことで……。
あ。茅さんか、楓おねーちゃんに連絡は……そう。そうだね。町中にいる間は、おそらく襲ってはこないと思う……。
うん。わかった。気をつけて……」
テンが通話を切ると、すかさず、ガクが声をかけてくるる。
「やっぱり、また、戦力分断の、個別撃破?」
「個別撃破、はいいけど……戦力分断、の方は、どうかなぁ……。
孫子おねーちゃんの方も、つけてくるだけで、まだ手出しをしてくる様子はない、っていうし……。
孫子おねーちゃんは、滅多にできない経験だから、あちこち回って尾行している人達を引きずり回してから、工場にくるって……。
あっ。学校の方も、手が回っているかどうか、確認しないと……」
テンが、手にしていた携帯をそのまま操作し、登録してあった楓の番号にかけた。
「あ。茅さん?
そっちは、学校の方は、今の所、何ともない?
こっちと孫子おねーちゃんの方は、なんか変なお客さんが大勢来ているだけど……。
そう。今のところ、大丈夫……。
あ。茅さん、そばにいたら、代わってくれる……」
話し相手が茅に交代すると、テンが手早く茅に現状を報告し、
「……ボクたちの方は、このまま徳川さんの工場に誘いこんで見るつもりだけど……孫子おねーちゃんは、今、一人だし、何も持っていないから……うん。
そっちで、確認して、できればフォローして欲しい……」
といって、通話を切った。
「……今の所、動きがない、っていうことは……やはり、工場内に入るのを、待ってくれているのかな……」
通話が終わったのを見計らって、ガクが、呟く。
「……実際に、工場内に入ってみればわかるよ。もう、すぐそこだし……。
それに……」
「……せめてこれぐらいの人数がいないと、ボクたちも、手ごたえがないしね……」
テンとガクは、幼い容貌に似つかわしくない、不敵な笑みをかわし合う。
「……楓!」
携帯を置いた茅は、珍しく鋭い声を出した。
「才賀のフォローに向かって!
多人数にストーキングされている。
今の才賀、何も持ってない!」
「……はい!」
楓は反射的に立ち上がり、直立不動の姿勢をとった。
それから……。
「あの……才賀さん、今、どこにいるんです?」
「学校から、直接徳川の工場に向かった、という話しだけど……尾行に気づいたから、あちこち引きずり回してから時間を稼ぐといっているの……」
茅からそう伝えられた楓は、軽い目眩を感じた。
興味本位で、なんて危ない真似を……。
「荒野もすぐに向かわせるから、早く……才賀にゴルフバッグを届けて!」
楓は頷き、即座に廊下に向かう。
ゴルフバッグなしの、武装をしていない孫子では、多人数の一族を相手にして、無事でいられる公算は、かなり低い……。
「……楓! 走って!」
楓に少し遅れて、廊下に飛び出した茅が、楓に背中に向けて、叫んだ。
そして、廊下を全力疾走して、調理実習室の方に向かう。
『……そうだ……なりふりを構っている場合では……』
次の瞬間、楓は、疾風となった。
[
つづき]
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