第六章 「血と技」(108)
調理実習室にいた生徒たちもまとめてパソコン実習室に誘導した茅は、周囲の生徒たちに気づかれないように、そっと立ち上がる。
『……後は……』
後顧の憂いを……断つ。
茅は、今回の敵の動きの動きに対し、大きな疑問を持っていた。
テンとガク、孫子を個別に狙うのなら……何故、学校を放置しているのだろう?
脅威、ということでは、決して無視できない戦力である、荒野と楓が、いるというのに?
『……それは……』
パソコン実習室を出た茅は、ゆっくりとした足取りで一度教室に戻り、自分の鞄の中から、「あるもの」を取り出す。
そして、美術室へと向かった。
『学校から……荒野と楓を、遠ざけたかった……から……』
何故、故意に学校を手薄にして、荒野と楓をおびき出したのか?
『……それは……』
茅は、美術室の前で、入念に、ある作業をしてから、ガラリと引き戸を開けて、中に入る。
引き戸を開けた瞬間、こちらを見た樋口明日樹と目があう。香也は、顔もあげずに、絵に没頭している。
「……どう、したの?」
樋口明日樹は、少し驚いているようだ。
茅が、楓と一緒に美術室を訪れたことは何度かあった。が、茅単独で、放課後、ここに来るのは、初めてのことである。
まだ、無事だったか……と、茅は思った。
「気にしないで。
部活を、続けていていいの……」
茅はそういって、素早く周囲に視線を這わせる。
大丈夫。まだ、「手出し」は、されていない。
茅は、携帯を取り出し、メーラーを起動し、素早く短い文面をタイプし、同報メールとして発信する。
そして、持ってきた荷物を取り出し、引き戸の前で行った作業を、今度は、少し大規模にして、行いはじめる。
「……気にしないで……って、いきなり来て、何をしているの、茅ちゃん……」
茅が、美術室中をはいずり回りはじめると、樋口明日樹は、とたんに狼狽しはじめる。
「……保険。
役に立つことがなければ、その方が、いいの……」
茅は、淡々と答えた。
「……いやぁああぁっ!」
ガクが、暴れていた。
「あれで……バーサク・モードじゃあ、ないんだよなぁ……」
テンは、ぼやきながら、六節棍をふるう。
「……みなさーん!
今のガクには、近寄らない方がいいですよー!」
そのように注意を呼びかける声も、半ば投げやりだった。
テンが注意をするまでもなく、一族の者は、両腕を戒められたままでも見境い体当たりをかまし続けるガクから、逃げ惑っている。
『……確かに、こんなので怪我をするのは、馬鹿らしいけど……』
それにしても……これだけ人数が、いる割りには……。
『……やる気が……ない?』
士気が、低い……と、テンは観測する。
『……ひょっとすると……』
自分は、ひどい勘違いを……していたのではないか……。
今、大勢の一族の者がくれば……それは、自分たちが目当てだ……という、思い込みがあった。
『この人たちの目的が、ボクらそのもの、ではない……という可能性は……』
テンやガクの実力を知るため……では、なく……テンやガクを、他に行かせないため……ここに、釘づけにするのが目的……だとすると……。
『……素直に、工場に入って来たことも、撮影することを、いやがらなかったことも……』
合点が、いく。
『……だと、すれば……』
本当に、危ないのは……。
テンは、幾人かの術者の胴を、擦り抜けぎわに棍で払いながら、工場の出口に向かう。
すると……。
わらわらと、ガクに痛めつけられて、倒れていた者までもが跳ね起きて、テンに殺到し、テンの行く手を塞ごうとする。
「……ガク!」
テンは叫んだ。
「こいつらの目的は、ボクらの足止めをすることだ!」
荒野と別れた後、楓はすぐに足を止め、孫子に電話をする。孫子にゴルフバッグを届けるにせよ、現在位置が分からないのでは、話しにならない。
『……あら? 楓なの?』
孫子は、コール一回で電話をとった。
『どうしたというの? こんな時間に?』
声に、必要以上に余裕があった。
番号は交換しているが、同じ家に同居している関係である。いわれずとも、電話で連絡をすること自体が、珍しい。
「無事……なんですか?」
「……無事?
ああ。あの、ストーカーどものこと?
全然、問題はありませんわ。
付きまとうだけで、何も仕掛けてこないし……。
最近忙しかったから、ちょうどいい機会と思いまして、今、ショッピング・センターに来て、息抜きいるのですけど……」
リラックスしきった孫子の声を聞くうちに……楓はだんだん腹が立ってきた。
「……命令、なので……」
楓は、「命令」という単語にアクセントをおいて、孫子の言葉を遮る。
「……才賀さんに、例のゴルフバッグを届けたいと思うのですけど……。
ショッピング・センターの、どの辺にいますか?」
『……そう。
命令……なの……』
孫子の語調も、すっとテンションが低くなる。
『……命令、なら、しかたありませんわね……。
いいわ。ゴルフバッグを、もっていらっしゃい……。
もうしばらくはこの辺にいますから、ショッピング・センターについたら、また連絡をいれなさい。
どこかで待ち合わせをして、合流しましょう……』
「……ガク!
こいつらの目的は、ボクらの足止めをすることだ!」
荒野が工場内部に足を踏み入れたのとほぼ同時に、奥の方から、テンの声が響いて来た。
かなり距離があるのにもかかわらず、ここまで聞こえて来るということは……かなり、大きな声で叫んでいるのだろう。
ガクだけではなく、その場で、自分たちを取り囲んでいる術者たちに、聞かせるために……。
『……そういう、ことか……』
荒野は、納得する。
テンやガクが目的でない、とすると……。
『……おれ、楓、才賀……』
荒野は、心当たりをひとつひとつ数え上げていき、途中ではっとなった。
『……茅!』
今……学校には、戦力外の人間しか、いない。
『……あれ? 今の子……』
居残って下級生の自主勉強会に付き合っていた佐久間沙織は、教室から教室へと移動する時、ふとすれ違った女生徒に違和感を覚え、立ち止まった。
何故、あんな、一見して普通そうな、制服姿の女生徒に違和感を覚えたのか……。
『……あっ!』
すぐに、理由に思い当たった。
今の生徒の顔は……沙織の記憶になかった。佐久間沙織は、全校生徒の顔と名前を記憶している。
慌ててその女生徒を追いかけようとすると、胸ポケットにしまっていた携帯が振動した。
「……あっ……さく……」
自主勉強会で一年生の勉強をみていた飯島舞花は、教室の外を通りかかった佐久間沙織に気づき、声をかけようとしたところで、机の上に置いていた、自分の携帯が振動していることに気づいた。
あわてて携帯に手を延ばし、同じように携帯を取り出した、柏あんなと、目が合う。
『……同じ、タイミングで……』
不自然……というよりは、不穏なものを感じた。
舞花とあんなは、手にした自分の携帯を、あわててチェックする。
メールが、着信していた。
「……美術室!」
「……美術室!」
メールの文面を確認した二人は、叫んで、やはり同時に立ち上がる。
そして、顔を見合わせて、教室から足早に出て行った。
二人とも、心中では急いでいたが、茅からのメールには、「目立たないように来て」と書いてあったので、早足、程度になる。
途中で、同じ方向に向かう佐久間沙織に追いついた。
「……先輩」
飯島舞花が、後ろから声をかける。
「先輩も……やはり、メールで、茅ちゃんに呼ばれて?」
「……ええ」
沙織は、頷く。
「それもありますが……たった今、不審な人を見ました。この学校の生徒ではないのに、この学校の制服を着て……あっ!」
不意に、沙織が足を止め、左右にいた舞花とあんなが、不審な顔をして、沙織を振り返る。
「……あの子と、まったく同じ顔をしていました……。
ついさっきは……制服姿だったのに……」
沙織は声をひそめて、前を歩いて行くジャージ姿の女生徒を、指さす。
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つづき]
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