第六章 「血と技」(112)
「……何、ごたくを、並べてやがる……」
仁木田直人が、うっそりと、笑った。
年齢は、かろうじて二十代。だが、どっしりと落ち着いた物腰は、実年齢よりも十は確実に上に見せていた。
「この場に立った時から、はじまっているんだよ……。
それが、おれたちの……忍の、戦いってもんじゃねぇのか……」
そういった仁木田直人は、しかし、棒立ちになったまま、動かない。
代わりに、いつの間にか、何人かの姿が消え、人数が減っている。
「気をつけろ、テン! ガク!」
荒野が、叫ぶ。
「こいつらの半分は、隠形の上手だ!」
「……姿を隠しても……」
不意に、ガクが動く。
いつの間にか、先程まで自分を戒めていた鎖を手にして、素早くそれを振るう。
「……無駄ぁ!」
匂いを頼りに、ガクが振り回した鎖は、確かに幾つかの標的を捉えた……かに、ガクには、思えたのだが……。
「……あれ?」
ガクの手には、鎖が標的に届いた感触を伝えなかった。
「……気をつけろよ……ガク……」
荒野が、ガクに告げる。
「この中の敷島丁児は……幻術を得意とするそうだ。どういう原理か知らんが、他人の五感を惑わす……。
安心しろ……お前らが破れても、骨は拾ってやるし、仇もとってやる……」
荒野は、他人事のような口調で、うそぶく。
つい先程までの迷いが、嘘のように晴れていた。
とりあえず……テンとガクに、やらせて見せればいい。初めて遭遇する、力押しが通用しないタイプの相手に……奴らが、どう対応するのか……。
荒野が動くのは、それを見極めてからで、いい……。
「……そういうこと……か」
テンは、そうした荒野の態度に、納得した顔をみせた。
「この人たち……搦め手が、得意なんだ……」
「……一族には、六主家以外の血筋も、合流して来ている。
少数派だが……だからといって、軽視していいわけではない……」
「流石は名門、加納の御曹司は、わかっていらっしゃる!」
仁木田直人が、芝居がかった口調で声をはりあげる。
相変わらず、最初の立ち位置から、動かない。一党のリーダー格なのか……あるいは……移動する必要のないなんらかの術を、すでに発動しているのか……。
「我ら軽輩、一族の中でも、虐げられた者どもへも篤き同情心、痛み入ります……」
「軽口も、たいがいにしておけよ……」
荒野の口は、微笑の形に歪んでいる。
「こいつらも、おれも……そうやすやすとは、やられないから……油断は、しないほうが、いいよ……」
「……わっ!」
突然、テンが大声をあげる。
「今! 踵の所にちくっと来た!」
「……はっ……はっ……はっ……」
テンの足元から、くぐもった声が聞こえた。
「い……今……し、新種に……し、しびれ薬を塗った針を……さ、刺したんだな……。
く、黒とき、金のは……あと、動けて、五分……」
「丸居遠野……身体中の骨を自分の意志で自在に柔らかくし、肌の色も、自由に変えることができる。
幅五センチほどの隙間があれば、どこにでも潜入することが可能、という、特異な体質を持つ術者だ……」
荒野が、リストにあった情報を開示する。
いわれて、慌てて地面に目をやると……かすかに色味が異なった箇所が、テンの足元から数平方メートル、確かに広がっている。
「……へっ、へっ、へっ……」
くぐもった笑い声を上げながら、その、色味の異なる部分が、徐々に高くせり上がって行く。
どんどん高く盛り上がり、ついには数十秒ほどで、床のリノリウムと同色の、うづくまった小男の姿となった。
小柄で、腹がぽこんと突き出ている。
「こ、この子たち……かわいい……。
か、勝ったら、好きにしていいかな?」
異形の、床色の小男が、そううめいた。
座り込んだ股間から、陽物がいきり立っているのが、確認できる。さして大きな代物でもなかったが、肌色をしていないのと、男性を見慣れていないテンとガクにとっては、形状自体がとてもグロテスクに思える。
「ガキを嬲るのが趣味か! 好きにしろ!」
吠えるように、仁木田直人が、丸居遠野に応じた。
「……か、勝手に決めるな!」
そう反駁するガクの声は、恐怖と嫌悪に引攣れていた。
「なに……」
テンが、意外に冷静な声でいう。
「五分もかけずに、全員を片付ければ、いいことじゃないか……」
ガクが動揺を隠せなかったことで、かえって落ち着きを取り戻したようだ。
「……大きな口を叩くじゃないか、小娘……」
そのテンのすぐ後ろ、うなじのあたりで、不意に声がした。
テンは、裏拳を背後に叩きこみながら、振り返る。
が……テンのこぶしは、空しく宙を切った。
「……ほっ、ほっ、ほっ……。
どこを見てるのよ……。
あたいは、ここでありんす……」
その声と同時に、すらりとした人影が、テンとガクを取り囲むようにして、一ダースほど、出現した。
下半身は、ジーンズ。上半身には、真っ赤な襦袢を素肌に直に羽織っている。胸元を大きくはだけているので、上半身に襦袢以外のものを身につけていない、ということが分かった。
薄化粧をした顔は細面で、中性的。男女どちらといわれても、納得してしまう顔立ちだった。
「敷島丁児……性別不明。幻術の達人」
荒野が、その術者のプロフィールを簡潔に述べる。
それ以上、なにも言わないのは、その術者について荒野が握っている情報は、それで全てだったからだ。
敷島丁児「たち」に囲まれたテンとガクは、狼狽を隠せず、おろおろと周囲を見渡すばかりである。
「……どっちだったっけ?
君らのうち片方は、鼻が効く、と聞いたけど……敷島丁児の幻術は、五感全てを狂わせるからな……。
おれも、未だに、あれをやられると、立ち往生しちゃうけど……」
ガクの目の間に、突如、ぬっ、と出現した毛むくじゃらの顔が、フランクに話しかけ、挨拶と自己紹介をする。
ガクはおろか、テンでさえ、その異相の男の接近に、気づかなかった……。
「あ。おれ、駿河早瀬。
こんな顔だから、仕方なく術者してるけど、ほかやつらとは違って、君らには特に思い入れは、ない……。
ただ、君らの中におれと同じ、ひどく鼻が効くのがいるって聞いてね……。
それで、興味を持って出向いて来たって訳……」
そう話しかけて来たからには……声の調子からすると、若い男なのだろう。
しかし、外見からは、男の年齢は、判断できない。
何となれば、その男の首から下は、服装も含めて、何の変哲もない常人の物だったが……首から上は、一面、剛毛に覆われている。
そして……鼻から口にかけての形が、犬科のものに、あまりにも酷似していた。
獣人……という言葉が、テンとガクの脳裏に浮かび上がる。
「駿河早瀬……。
にこやかな態度にごまかされるな。身体能力は、この中でも一、二を競う。荒事の、エキスパートだ……」
「……加納の直系にお褒めいただくとは……恐悦、しごく……」
荒野に駿河早瀬、と紹介された若者は、大仰な動作で一礼して見せた。
「……ふん……つまらん。
何が新種だ。わざわざ出向いてくるまでもなかったわい……」
いきなり涸れた声を背中から浴びせられて、ガクはぞっとしながら背後を振り返った。
干からびたような、小柄な老人が、いつの間にかガクの背後に立っている。
「問題外じゃな。
……お前ら……もうわしに、優に二十回ずつ、殺されておるところだぞ……。
その様子では、殺されたことにさえ、気づかなんだろう……」
「刀根畝傍……。
気配断ちの達人。この道数十年のベテラン。暗殺専門」
荒野は淡々と老人を紹介する。
「……いやぁぁぁぁあ!……」
突如、睦美左近の背後から前に躍り出た若者が、その場に膝をついて、両腕を大きく広げ、喉をのけぞらせて奇声を発した。
「……はっ、はっぁっ!
愛しているかい、ベイビィー! 愛しているよ、ベイビィー!
殺したいくらいに愛しているよ、ベイビィー!
さあ、このぼくに、抱き締めさせおくれ……」
ボロボロの革ジャケットを羽織った長髪の若者は、焦点の合わない目でテンとガクの方を見据えながら、よろよろと、二人の方ににじり寄ってくる。
「このイカかれたのは、睦美左近。
見ての通り、頭が弱く、理屈が通じる相手ではない。身体的には一族の平均的な能力を持っている。それに加え、ある特殊な体質の保持者だ。
単独ではどうということもないが、何人かとコンビネーションを組まれると……これで、やっかいな相手となる……。
この男に抱き締められると……かなり、後悔するぞ……」
例によって荒野は、静かな口調でとんでもない設定を披露する。
「こいつの体内には……どうした加減か、発電器官があるらしい……。
こいつに気に入られ、抱き締められると……痺れて、そのままあの世に行ける……そしてこいつは、気に入った者を自分の腕の中で感電死させることを、最上の愛情表現だと思い込んでいる節がある……。
仁木田直人の子飼いで、仁木田直人のいうことなら、大抵のことなら聞くそうだ……」
荒野がそう説明する間も、睦美左近は、意味不明のことを喚きながら、両腕を広げた、よろよろとテンとガクの方に歩みよって行く。
[
つづき]
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