第六章 「血と技」(115)
「……そっか……」
そう答えたテンの声は、荒野の予想に反して、笑いを含んでいた。
バイザーの色が濃くなっているので、表情まではわからないのだが……声から予測するのなら、今、テンは、うっすらと笑っているのだろう。
「あのおじさんは……強くはないけど、読みが確かで、確実な手しか打ってこない……そういう、ことだよね?」
テンがそういう間にも、ガクが、仁木田直人の猛攻にさらされている。
仁木田直人は、反撃を受けない距離から六角を連投し、ダメージを受けたガクが怯むと、すかさず近寄ってより確実な打撃を加え、再び距離を取る……という地道な連携攻撃を行っていた。
地道で、他の五人のような派手さはないが……裏を返せば、付け入る隙もない。
『……これが……』
プロフェッショナルの戦い方か……と、テンは思った。
不安要素を最小限に押さえ、細かい攻撃を連携させることによって、反撃に必要な隙を作らない。
そうやって、本来なら自分よりも強い筈のガクを、着実に追い詰めて行く……。
荒野は、「凡庸なベテラン」という表現の仕方をしたが……。
『……手練れの、職人芸だ……』
そう、テンは思う。
仁木田のやり方に必要なのは……冷静な判断力。
ガクのように、極端に強かったり、ノリのように早かったりする必要もなく……。
『普通の素養を持つ術者になら、誰にでも真似できる……』
テンは、周囲を見渡す。
テンとガクと戦うことを諦めた一族の者も……工場内にまだ多数、残っていて戦いの趨勢を見守っている。
自分たち、新種の特別製と、仁木田のような平均的な、しぶとい術者……彼らが、どちらに感情移入しているのかは……表情をみれば、わかる。
『……だけど……まだ……』
負けるわけには、いかないのだ……。
テンは、目を閉じて、深呼吸をし、叫ぶ。
「……ガク!
立たないで、いい!
その場で、拳、用意!」
テンは、猛然と、残りの投擲武器全てを、仁木田に投げつけはじめた。仁木田は軽々と、足捌きだけで、それを避ける。
それで、いい。
仁木田を動かすことが、目的の攻撃だった。
「……ガク!」
叫びながら、仁木田に向かって跳躍。
「……三!」
仁木田が突進するテンに向かって手裏剣を放つが、テンはそれを避けない。腕でガードし、突き刺さるままにしておく。
プロテクタは随分前にパージしているから、直接、二の腕に突き刺さった。
だが……。
『……仁木田は、動いた……』
それでいい。計算通りだ……と、テンは思う。
仁木田の直前で、テンは、さらに踏み込んで、体重を乗せて、頭突きをかました。
「……二!」
打撃そのもの……というより、打撃によって、仁木田を動かす……のが、目的なのだ。
拳や蹴りよりも、体重を乗せやすい頭突きが、適している。
案の定、胸板でテンの頭突きを受け止めた仁木田は、驚愕の表情を浮かべながら、よろめいた。
頭突きの衝撃によって……というより、薬で弱っている筈のテンが、いきなりこんなハイリスクの攻撃をしだしたことに、戸惑っているようだ。
『……大丈夫。
しびれ薬も、ちゃんと効いているから……。
これが、最後の……』
テンは、にやりと笑いながら、仁木田の太もものあたりを目がけて、ハイキックをかます。
『……攻撃!』
足を取られやすいハイキックは、自分の頭部を危険にさらす頭突きと同じくらい、リスキーな攻撃方法だった。
テンも……単身であったなら、絶対に使用しなかったろう。
今のテンには……仲間が、ガクがいる。
「……一!」
叫んで、テンは、その場に膝をつく。
もはや……テンには、バイザーの外の世界を知覚する余裕がない。
最前までの激しい運動で、薬が、全身に回っている……。
『でも……計算どおり、なら……』
テンは、自分の記憶の中の情報を、もう一度確認する。
仁木田は……。
「……零!」
……ガクの正面に、蹴り飛ばされている筈……だった。
「……ガク!
立たないで、いい!
その場で、拳、用意!」
テンの言葉が聞こえた時、仁木田の執拗な攻撃により、消耗したガクは、膝をついたまま、反射的に身構えていた。
……拳……ナックルガード、用意……。
のろのろと思考しながら、ガクは、左手で、右手首のテンキーを操作する。
二の腕の周囲から、いくつかの複雑な歪曲を持つ金属板が迫り上ってきて、ガクの拳を包む。
「……三!」
どこか遠いところから、テンの声が聞こえてくる。
これを使用すれば……ガクが、全力で拳を振るっても、ガクの拳は壊れない……と、いっていた……。
……ガクの力は強いから……そのまま、全力で叩きつけたりするると、骨の方が持たないんだ……これは、その弱点をフォローするための仕掛けだよ……と。
「……二!」
テンのカウントが続いていることを悟って、ガクは回想から意識を現在に引き戻す。
そして……拳に、意識を集中し、呼吸を整えはじめた。
ダメージが、身体のあちこちに蓄積されている。
全力で拳を繰り出せるのは……あと一回が、限度だろう……。
「……一!」
ガクは、いつでも拳を、満足のいく形で繰り出せるように、身構える。
ガクは……テンを、信じきっている。
「……零!」
ガクは、全力を、右の拳に乗せ……正面に向けて、振り切った。
感触。
『……成功……かな?』
成果を確かめる余裕もなく、ガクはその場に倒れこむ。
「……ああっ!」
失望の声が、工場内のそこここから沸き上がった。
この戦いを見守っていた、一族の者たちが、思わず漏らした声だった。
一瞬前まで優勢だった仁木田が、宙を飛んでいる。
新種に……仁木田が、負けた……。
それは……仁木田の戦い方を範とする、自分たちの敗北のようにも、感じられた……。
「……よっと……」
仁木田の体が地面に落ちる前に、荒野が仁木田の体を受け止める。
「……って、気を失っているか……。
ガクの馬鹿力で思いっきりぶん殴られれば、無理ないな……」
そんなことをいいながら、荒野は、仁木田の体をそっと地面に横たえた。
「……ダブル……いや、トリプル・ノックアウトだな……」
荒野がそういって、テンとガクを、指さす。
二人とも、地面に突っ伏していた。
「あえて判定をくだせば……勝者なし……ってところかな……」
「甘い……。
……甘いな、加納の……」
六人の中で唯一、意識を失っていない刀根畝傍が、前に進み出る。
「それでも、忍びか……」
「それをいうのなら……刀根さんに止めをささなかったテンも、テンに至死性の毒を使わなかった丸居さんも……他の人たちと連携しようとしなかった皆さんも……等しく、甘いんですよ……」
特に、敷島丁児の幻術や丸居遠野の電撃などは、他の術者との連携により、初めて「生きて」くる。
単独で使ったところで、いたずらに威かせるだけの代物だった。
それが、それぞれ個別に、二人に相対した。
「……殺す気でなければ……戦いも、単なるじゃれあいですよ……。
テンもガクも、それに皆さんも、大いに健闘した……今は、それでいいじゃないですか……」
荒野がそういうと、戦いを見守っていた一族の術者の中から、パラパラと拍手が沸きはじめる。
「……加納は、口がうまい……」
刀根畝傍が、複雑な表情をして、顔をそらした。
テンに手加減されたことを指摘されて、拗ねているのかも知れない。
「口がうまいのは、加納の御家芸ですから……」
にこやかにそう答えながら、荒野は、
『……どっちも勝たなかった……というのは、ある意味、一番いい結果だよな……』
とか、思っている。
テンやガク、新種たちと、他の一族との、本格的な交流の最初としては……まずは、上々のスタートになったのではないか……。
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つづき]
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