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彼女はくノ一! 第五話 (201)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(201)

 そのすぐ後に、孫子や徳川、荒野なども合流してきて、「電子的な監視網設置の可能性」を議論するような流れになった。
 テンとガクは「理論的には可能だが、実現させるために乗り越えるべきハードルが多すぎる」という慎重論を述べれば、孫子と徳川が「それらのハードルは、十分に乗り越えることができる」という楽観論をそれぞれに展開する。
 この土地の事情にも、徳川、テン、ガクといった「特殊な人々」についても詳しくない仁木田が、時折初歩的な質問を差し挟んだりしているうちに、ぞろぞろと他の一族も周囲に集まってくる。
 外見的にみれば、「渋いおっさん」である仁木田と、制服姿の孫子や白衣を羽織って黒猫を頭にのせた徳川、それに、子供そのもののテンやガクなどと、真面目な顔で実務的な打ち合わせをしている……というのは、少し客観的に考えて見ると、かなりシュールな図であったが、そのことを不審に思う者は、この場にはいなかった。
 何故ならば、その動機においては千差満別ではあるものの、「この土地の平静を保つ」という目的においては、この場にいる全員が一致するところであり、そのために必要な施策についての詳細が話し合われている、ということも、ほぼ全員が理解していたからである。
 この点についての例外は、徳川の頭上に乗って目を閉じて丸まっている太った黒猫くらいなものだろう。
 孫子と徳川は、テンとガクが開発した、外見から特定個人を照合するシステムは、高度な技術を含み、商業的な意味合いからいっても、利用価値が高い。内部の細かなプログラム類のパテントなども含めると、将来的にかなりの重要な資金源になるうる、という予測を語る。
「……当座、必要な資金は、徳川が負担する約束になっていますが、これは、場当たり的な寄付ではなく、そう遠くはない将来、十分に回収できる見込みのある、投資です……」
「……うちの会社の技術力の宣伝にも、なるのだ……」
 孫子の言葉に、徳川も頷く。
「当座は、試作品のテストとして監視カメラをばらまいて、回線も繋いで、認証プログラムも実際に走らせて見るのだ。もちろん、名目だけではなく、このシステムがどれほど使えるのか、テストも行う……」
「……同時に、才賀系列のセキュリティサービスでも、試用を開始します。そして、一月ほど様子を見て、性能が実証されれば、正式に採用します。させます……」
「……才賀の系列で正式採用されれば、クオリティは、世界レベルで保証されたも同然なのだ。
 そうなれば、マーケット的にも世界を土俵にした勝負ができるし、ハードの方も、様々な使用環境を考慮し、専用のカメラ保護ケースや防犯装置も同時に開発しているし、通信も、無線や有線を選べる。メモリーを組み込めば、録画も可能。電源も、充電式、ケーブルつき、果ては、自家発電式まで選択できるようになっているのだ……」
「……いや。
 その……カメラが資金源になりうる、ということは、十分に、理解できた……」
 仁木田が、どんどん口調に熱が籠もってくる孫子と徳川を手のひらで制する。
「……だが……この工場内をくまなく撮影している……っていうのは……一体、どうしてなんだ?
 ここ……いっちゃあぁなんだが、単なる廃材置き場にしか見えないのだが……」
「……はいはいはい!」
 玉木玉美がよく通る声でそういって、人垣を割って姿を現した。
「……それについては、わたしの担当です!
 説明させていただきます。是非、説明させてください!
 はい! 放送部! きりきり運んでくる!」
 何か、とみれば、放送部の男子が二人掛かりで、えっちらおっちらと液晶モニターを抱えて、その背後にノートパソコンを持った女子生徒がやってきた。モニターからは伸びたケーブルは、女子の持ったノートパソコンと接続されている。
「……これだけの人数いると、それこそプロジェクタが欲しくなるな……」
 玉木は、放送部員たちが液晶モニターとノートパソコンを地面に直置きし、セッティングをする間だそんなことを呟く。
「……はい。再生準備できた? じゃあ、いよいいくか……。
 おほん!
 ぷっちなっ!」
 玉木が合図を送ると、ノートパソコンの上に屈み込んでいた女生徒が、キーボードを叩く。
 工場内に、ロック調の景気のよい音楽が大音量で流れはじめた。
「……はい。
 まだボーカルは収録してませんが、これが、シルバーガールズの、テーマソング。
 それで……」
 玉木が、液晶モニターの中の勇士を、指さした。
「これこそ……我らが正義の味方、シルバーガールズです!
 愛と期待の資金源、兼、マスコットにして、ご近所の守り神!
 行け、行くのだ、シルバーガールズ!
 行って、ご近所の平和を守って、ついでにお客を呼んで来い!」

 しばらく、誰も、何も言わなかった。

「……あー……」
 かなり時間が経ってから、仁木田が、いった。
 完全に毒気を抜かれた表情で、「質問をした以上、なんかしらコメントをしなければ……」と思っているのが、ありありと見て取れる。
「……シルバー……ガールズ?」
 仁木田の横に座り込んでいるテンとガクが、コクコクと首を縦に振った。
「……正義の……味方?」
 テンとガクは、さらに勢いよくかぶりを振った。
「シルバーガールズ、一号!」
 テンが、名乗る。
「同じく、二号!」
 ガクも、名乗る。
「……ええっと……ポーズもつけた方が、いい?」
 名乗った後、硬直している仁木田に向かって、ガクが、おずおずと尋ねた。
「……いや……いい。
 遠慮して、おこう……。
 あ。ここ、煙草はいいのか?」
 仁木田は、誰にともなくそう呟いて、ポケットから煙草の箱とライターを取り出し、そのうちの一本に火をつけて、深々と紫煙を吸い込んだ。
「……いや……ちょっと待て……今、気分を落ち着けている……」
 それから、仁木田は、ゆっくりと大量の煙を地面に向かって、吐き出す。
「……お前らは、ご近所の平和を守る、正義の味方だ……。
 少なくとも、そうであろうとしている……そこまでは、理解した……」
 顔を俯かせたまま、仁木田は、ゆっくりと話はじめた。
「おれはお前らの保護者でもなんでもないから、そのことの是非は、ここでは問わない。
 また……お前らなら、確かに、大概の悪者なら、実力行使で排除できるだろう……」
 仁木田の言葉に、周囲で人垣を作っていた一族関係の者たちが、いっせいにうんうんと頷く。
「……だけど……よぉ……。
 なんだって……正義の味方、なんだ?」
 顔を上げた仁木田は、絞り出すような口調で、そういった。
「その理由は……いろいろあって、話せば長くなるけど……」
 玉木が、仁木田の問いに答える。
「……まず、第一に、今後、悪者退治が本格化すると予測され……そうなると、目撃者も、少なからず現れる筈。
 そのための、予防線……として、前以て、この子たちに、いいイメージを持ってもらう……。
 いわばイメージ戦略なんだけど、これが、一番の目的……」
 玉木が、意外に冷静な声で、人差し指をおる。
「……次に、関連コンテンツ自体を、商品化して、今後のボランティア活動の資金源に、あてる……。
 実際、ボランティア活動にもかなりお金がかかりそうだし、正義の味方の活躍を売って、いいことに使うのはイメージ的にも、いい……。
 ボランティアについては、必要とあれば、また後で別の子が説明します。
 これが、第二……」
 玉木が、中指を折る。
「……さらに、シルバーガールズの姿で、ボランティア活動もやってもらうし、そっちの人集めにも、役立ってもらう……。
 このボランティア活動は、地元住人と溶け込むための方便として、この子たちのみならず、これから、この土地に定住しようとする一族の方々すべてにとって、とても都合がよい場となりうる……。
 そうした方々が知人を増やす、ということだけではなく、地元に役に立つことをしている……という意味でも、重要な意味を持つ。
 これが、第三……」
 玉木が、薬指を折る。
「……それから……」
「もう、いい!
 ……分かった。
 見かけほど酔狂なわけではなく……すべて、計算づくだとうことが、よく分かった……」
 まだまだ続けようとする玉木を、仁木田が制する。
「……よう、加納よぉ……。
 お前、ここでとんでもないガキどもとつるんでいるな……」
 仁木田は、そういって荒野の方に苦笑いを浮かべた顔を向ける。
「実に……面白そうだ。
 しばらくここにいれば、少なくとも退屈だけは、しないな……」
「……ええ」
 荒野も、真面目な顔で頷いた。
「保証します。
 退屈だけは、絶対に、しません……」
 実に実感が籠もった、声であり表情だった。




[つづき]
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