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第六章 「血と技」(119)
玉木は、それまでの収録した動画を液晶でディスプレイに表示しながら、その映像が実際にはどのような状況下で撮影されたものなのか、淀みない口調で説明しはじめている。編集、加工作業が済んだものは、「シルバーガールズ」シリーズとしてから順次、商店街やネットで放送されていたが、今、この場で表示されている映像は、加工前の素材を編集したもの、であり、いわば、ドキュメンタリー・フィルムを解説つきで鑑賞しているようなものだ。
その土地が、今、どういう状況下にあるのか、ということを知るには、恰好の判断材料となるもので、だから、荒野がどういうつもりで「公然と、一般人と共存する」という、従来の一族の規範から出てこない選択をしたのか……知りたいと、と思い、自分の意思で集まってきた層にとっては、重要な情報源となる……と、判断されたのか、玉木の周囲に集まった一族の者は存外に数が多く、また、その表情も真剣だった。
孫子は、玉木とは別に、なにやら一族の者に紙を配って説明をはじめている。
例の、人材派遣会社の勧誘だろう、と、その様子を目撃した荒野はあたりをつけた。この場に集まった一族の者は、十代二十代の若者が多く、それでもこの土地への転入を考えている、ということは、表向きの職業を持たない者、あるいは、転入前の身分を整理してくる予定の者も多いはずで、そうした層にとっては、孫子が用意する受け皿は、それなりに魅力的なものになる筈だった。
孫子が立ち上げようとしているのは、人材派遣、それも、特殊技能を特に必要としない単純作業を想定しているようなので、ギャラはさほど高額とは思えない。が、それでも物価が安いこの田舎町でひっそりと暮らすだけならさほど困ることはない。
それに、転入組の何割かは、少なくとも、一般人社会に完全に溶け込める、という見通しが立つまでは、一族としての仕事を請け負いながら、この土地での表向きの身分を求める……という者が大半の筈である……と、荒野は、予測している。そうした者は、なおさら、経済的に困窮することはないだろうし、場合によっては、いざという時のための相互扶助制度も、考えておくべきかな……とも、荒野は思いはじめている。
そんな荒野の想念を裏付けるように、孫子の説明に耳を傾けている者の表情も、それなりに真剣だった。
彼らは彼らなりの事情や思惑があって、それまでの生活をなげうって、ここに来る……という選択をしたのであろうが、そうした選択は、やはり甘いものではなく……成り行きとはいえ、根本のきっかけを作った荒野としても、そうした流入組には、できるだけのことをしなければならない……と、考える。
この場にいる、あるいは、この後に、この土地に流れ込んでくる一族の者を、この先、「戦力」として当てにしなければならない局面も、十分に想定できる訳で……そうなると、荒野の指示で動いた結果、負傷した、などという時の保障も、あらかじめ考えておかなければならないのであった。
『……人を使う、というのも……』
これで、気苦労が、多いもんだな……と、荒野は、心中でこっそりため息をつく。
徳川と孫子の口ぶりだと、近い将来には、経済的な心配はしなくてもいいようになる……ということだったが、その予測についても、そうした方面の知識や経験を持たない荒野は、どこまで信じていいいのか、判断がつかない。
あの二人には、相応の知識や経験がある筈で、その意味ではそれなりに確かな観測、なのであろうが、いわば出資者にあたる荒野を安心させるためのリップサービスがどれほどの割合で入っているのか、荒野にはよくわからないのであった。
それ以外に、せっせと料理を準備するグループがあった。
これは、やはり女性が多く、一族の者と学校の制服を着た少女とが入り混じって、手を動かしながら、笑いざわめいている。三島や羽生、楓や樋口明日樹、飯島舞花、柏あんななども、このグループに含まれている。
そうしている様子は一族も一般人も大した差はなく、その周辺だけ、荒野の位置からは、会話の内容までは聞こえなかったが、遠目からみていると、そこだけ少し華やいでみえた。
華やいだ、といえば……茅と野呂静流の周囲も、なんか一種異様な空間を作っていた。
野呂静流は、繊毛と茶釜を持ち込んで、お湯と火だけ借りて、即席の茶会を開いていた。茶会、とはいっても、本式のものではない……と、思う。少なくとも、静流自身は、相手に対して作法を求めていない。
静流は、普段着姿で繊毛の上に正座し、慣れた手つきで、用意した真空パックの封を切り、やはり持ち込んだ湯のみに中身をあけ、その上にひしゃくで茶釜からお湯を注ぎ、しゃこしゃこと茶せんでかき回し、対面した相手の前に置く。
流れるような……というより、いっそ、無造作に見えるほど、自然な挙動だった。
静流と対面した相手……学生か、一族の者、なわけだが……は、別に強制されたわけではないのだろうが、静流に合わせて正座をしている。
そして、差し出された湯呑みを手に取り、顔の前に持ってくる……所で、ぴくん、と、眉を上げるか目を見開くか、する。
香り……が、それまでに知っていた「お茶」と、まず段違いであることに気づくのだろう……と、昨夜の経験から、荒野は予測する。そして、いよいよ口をつけ、一口、口に入れる。途端、口腔から鼻腔に、また、がっと香りが充満し、その濃厚さに驚いて、それ以上、お茶を口にいれたくなくなる。数秒、凍り付いて、ようやく口の中のお茶を飲み下した後、やはり続きも、ちびちびと飲み下すことになる……。
そうして、たった一杯のお茶を数分かけてようやく飲み下した後、行列を作って待っている者に、座を明け渡す……という光景が、展開されていた。
お客が立つ際、静流は、「……こ、今度、ここに、お、お店を出しますので、よ、よろしければ、遊びに……」とかいいながら、一枚の紙を渡す。
静流なりの、挨拶と営業を兼ねた行動、ということ、らしかった。
少なくとも、そこに行列を作っているのは……静流が、「二宮の直系」だから並んでいるわけではなく、静流いれるお茶が飲みたいから並んでいるわけで……。
『……おれには……。
今の所、そういうの……ないな……』
そうした光景を目の当たりにした荒野は、少し考えこんでしまった。
現在の荒野は……体質にせよ、体術にせよ、あるいは、荒事の経験にせよ……とりあえず、自分の意思によらず、最初から誰かに用意されたり、選択の余地もなく仕込まれたものだけで、構成されている。
当面は、この土地でうまくやるための努力と、それに例の悪餓鬼どもの対策とで余裕がないが……それらの問題が少し落ち着いてきたら……自分自身の行く末についても、いよいよ本格的に、考えなくてはならないだろう……。
そうも、荒野は思った。
一族の……加納本家を継ぐのか。
それとも、完全に一般人として暮らすのか……。
そんなことが、果たして荒野に可能なのか……。
当面の問題を一つや二つ解決したところで……荒野自身の人生は、まだまだ続いて行くのだった。
[
つづき]
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