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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(120)

第六章 「血と技」(120)

『……ん?』
 荒野は、楓に近づいていく酒見姉妹の姿に気づいた。
『本当……わかりやすいやつらだなぁ……』
 荒野は、心中でひそかに嘆息する。
 酒見姉妹は、孫子に続いて茅にもいいようにあしらわれている。一族の関係者が続々と集まってきている今、自分たちの評価も気にしはじめる、というのは、理解できるのだが……。
『……だからって……』
 楓にとりいろう、という姑息さが、荒野には、好きになれない。
 確かに楓は、孫子や茅に比べれば、くみし易いのかも知れないが……。
 そう思った荒野は、そっと二人の背後に歩み寄る。
「……いいの。わかっている」
「あなた、一族の中では有名人だから……」
「あの才賀や加納の姫よりは、素直な性格らしいし……」
「わたしたちも、できれば、あなたとは仲良くしたいと思っているの……」
「「……最強の二番弟子さん……」」
 案の定、近寄ると、荒野の予想を裏付けるような二人の声が聞こえた。
 楓は、気配を忍ばせて近づいてきた荒野に気づき、二人の背後、つまり、荒野の方をしきりに気にしているのだが、酒見姉妹は、そんな楓の挙動にさえ、気づかない。
「……実に、いい心がけだ……」
 荒野は、ことさら声を大きくした。
「……強いとわかっている楓にとりいって虎の威を借りる狐というかコバンザメ的な利益を得ようとする魂胆は見え見えだが、仲良くしようとという心がけ自体は、実に、素晴らしい……」
 こういって肩をすくめると、周囲の、酒見姉妹のことを直接間接に知っている一族の者たちが、忍び笑いをしはじめる。姉妹の性格については、それなりに知れ渡っており、嫌われる所まではいってないが、揶揄の対象にはなっていた。
 その時、姉妹について予備知識のある者たちがいっせいに漏らした忍び笑いを翻訳して言語化すると「……あいつら、またやってんのか……」ないしは、「あいかわらず、強いのに媚びるのが好きだなあ」とかいうことになる。今日の一件についても、全体的な作戦立案の際、双子がかなり強硬に自分の案を採用させたことは明白であり、その二人の見通しの甘さも、作戦失敗の主要な原因になっている以上……決して、好意的な笑いでは、なかった。
 当の双子は、ビクン、と背中を硬くした後、ひきつった顔をして、そうっと荒野の方に振り向く。
 引き攣った顔をして棒立ちになっている双子に、荒野は、
「……そんなことをしている余裕があったら、お前ら、春になるまで茅の護衛をやれ……」
 と、申し渡した。
「……お前らも、少しは人の役に立てよ……。
 お前ら、他人に自慢できるのは、荒事くらいなものなんだし……放課後、茅が学校を出てから家に帰るまでの時間だけでいいから……時間的な束縛も、それほどきつくない……」
 というのが表向きの理由であり、もちろん、その理由に嘘があるわけではないのだが、ここの所負けが込んでいる姉妹に対して、いい意味での実績を作り、信用をいくらかでも回復する機会を与える……という思惑も、荒野にはあった。
 それから、
『……どうせなら……』
 楓のお披露目も、やってしまうか……と、荒野は、急に思い立つ。
 養成所から、一度もまともな現場につかないまま、ここに派遣された楓については……さまざまな風評ばかりが先行して、一族の中で、実態が知れ渡っていない面がある。
 ちょうど、まとまった人数がいるこの場は、楓の実力を実際に見せるのに、うってつけの舞台でも、あった。
 そこまで考えて、荒野は、酒見姉妹だけではなく、楓までが、何故か顔色を失っていることに、気づいた。
「……楓にも、茅にも……そろそろ、自由に動ける時間を作ってやりたいんだ……。
 楓……しばらく、お前は……自分の思うように、動いて見ろ……」
 楓の様子を訝しがりながらも、補足するつもりで、荒野はそう付け加えた。
 事実、荒野は以前から、余裕ができれば、楓にももっと普通の学生生活を楽しんでもらいたいと思っていたし……手持ちの戦力が大幅に増えつつある今は、以前から思っていたことを実行するいい機会に、思えた。
 の、だが……楓は、どうも、そのことを喜んでいないらしい……と、荒野は、ようやく気づいた。
 何故かは、わからない。その辺は、後で、楓本人に聞いてみるしかないのだが……。
 とりあえず、今は……。
「……そうか、この二人の実力が、不安か……。
 これでも、荒事に限定すれば、それなりにいけるんだけどな、この二人……」
 一人頷きながら、そう続ける。
 実際……近接戦闘だけに限定すれば、酒見姉妹は、それなりの使い手である。
 楓を相手にしても……一分……は、持たないだろうが、数秒から数十秒は、保てる筈で、また、素養がある者が見れば、短時間の決闘でも、楓と酒見姉妹の実力のほどは、推し量れる筈だった。
 楓を、茅の護衛から、一時的に外す……という件については、今の楓の様子をみると、場合によっては前言を撤回することも考えなくてはならなかったが……楓と酒見姉妹の実力を、この場で明示する……ということについては、特に問題になるとも、思えない……。
 だから、荒野は、先を続ける。
「……どうだ?
 楓はこういっているけど、お前ら……自分の実力、この場で、証明してみたくはないか?」
 酒見姉妹は、お互いの顔を見合わせただけで、すぐに「「やります!」」と声を揃え、頷いた。
 この二人については……予想通りの反応だ……と、荒野は思った。
 予想通り、姉妹は……自分たちの評価を挽回する機会を、欲しているのだった。
「と……いうことだ。
 楓、こいつらの相手をしてやれ。しばらく、お前の代わり勤めるのだから、お前自身が直に腕を確かめた方がいいだろ……。
 ……いいか、楓……。
 これは、この場にいる全員に、お前の実力を見せるいい機会でも、ある。
 お前が何者であるのか……ここにいる人たちに、教えてやれ……」
 荒野は、楓の目を見据えて、諄々と言葉をつむいだ。
 楓が……何を躊躇しているのか、いってくれない以上……荒野としては、自分が思うところを語るより他、やりようがない。
「……はい……」
 ようやく反応した楓は、しかし、相変わらず顔面蒼白で、その声も、抑揚がなく、うつろに響く。
「加納様が……そう、いうのであれば……」






[つづき]
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